前夜
『誰かに愛されたいと、私はずっと思っていた。
それは誰かを愛したいという気持ちと同じなのだと、気付いたのはいつからでしょう。
だってそうでしょう?
愛していれば、相手も自分を愛しているのだと思いこむ。同じことを感じると思いこむ。
そんな人ばかりだったわ。私の周りは。
だからね、私はたくさんの人を愛することにした。
そうすれば、寂しくない。生まれた時から抱える渇望が、癒える日も来る。
そう信じて、笑っていたの。
それは、実現したと思っている。
たくさんの人を愛して、たくさんの人に愛された、そう思っている。
けどね、ふと思ったの。
それが『永遠』じゃないなら、なんの意味があるかしら。
いずれ儚く消えゆくものに、なんの意味があるかしら。
そんなもの、あってもなくても同じではないか、とそう思った時、私が本当に欲しかったものが、分かってしまった。
私は永遠が欲しいの。
決して消えない絆が欲しいの。
愛する人の一生が、命が欲しいの。
だから刻んで見せましょう。
決して消え得ぬ傷痕を。
生涯を狂わす後悔を。
永久に冷めぬ夢を。
だから命をささげましょう。
悲劇を作るだけの種をまいて、それをそうっと育てて。蕾が花になったと思えたならば。
私は私を殺しましょう。
誰かの中で、永遠になるために。
それだけが、この乾きを癒す。
生まれた時から感じる空虚を、埋めてくれる。
幸せになって、自分のためだけに、笑える。』
前夜
ある屋敷の一室で、少女は机にしまわれていた封筒を取り出し、その中身をじっと眺める。
そうして、静かにごちた。
結局、この手紙を託そうと思える相手には、会えなかった。と。
世の中は、ひどくつまらない。味気ない。簡単すぎる。
そう気付いた時、したためた遺書。
誰か―――……渡してもいいと思える相手ができたなら、渡すつもりでいた。託すつもりでいた。
けれど、いないまま、まき散らした種は芽吹いた。そろそろ、刈り時。潮時だ。
だから、少女はその羊皮紙にペンを走らせ、ほんの少し言葉を足した。
『だから私は、私を殺すの。
私を生かす、そのために。』
足した言葉も確かめ、最初から最後まで読みとおす。
何を思うでもなく読み返した後、少女はしばしじっと目を閉じて…やがてくすりと笑った。
愛しいなにかを見るように、うっとりと瞳を細めて、丁寧に封筒にしまう。
そして、蝋で封をした場所に静かに口づけた。そのまま、白い封筒を油で浸した。
くすくすと笑いながら、少女は軽やかに封筒を放る。
ふわと待った封筒は、暖炉の中に吸い込まれて、ぱちぱちと燃えた。そのひどく赤い炎に、彼女は微笑みを向け続ける。
さぁ―――始めましょう。
誰にともなく呟いて、彼女は封筒と同じところから取り出した小瓶を眺めた。つい先日、自分で手に入れた、毒を見つめる。
炎に照らされる微笑は、どこまでも美しく。幸福に輝き続けている。
いつまでも、どこまでも幸せそうに、その笑声は、止まない。
誰が彼女を殺したか?
それは私、と笑う声、一つ。
いつまでも絶えることなく、笑う少女が、一人。