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証言3:母はかく語れり

 さぁ、座ってください。うふふ、こんな風に誰かとお茶をするなんて、久しぶりね。あの子を無くしていらいだわ。

 あの子―――決まっていますわ。私の娘です。あなたの聞きたいのは、あの子のこと。そして…あの子の死んだ、原因でしょう?

 ええ、知っております。お話しましょう。…退屈な話かも、しれませんよ?


母はかく語れり


 あの子は良くできた子でした。不満も不平も言ったことはない。いえ、それを口にしても、次の瞬間はいつも明るく笑っている。見ている方が明るくなるような、笑顔で。

 私は、そんなあの子が誇らしかった。愛おしかった。どんな時も、あの子の幸せを思っていたし、そのために動いたつもりよ。

 あの時も、そうだったの。あの子に婚約者を決めた、あの時も。

 けれど―――それが、全ての間違いだったのね。

 その家の息子がどんな人間か、調べたつもりよ? 確かめも、したわ。

 けどね、実際に付き合ってみたら、肝心の長男はものを言わない人間だった。いいえ、それだけならいいけれど、己以外に興味がないとでも言いたげな、独善的な人だった。あなたも、会ったのだから分かるでしょう?

 娘のことを、嫌ってもいないようだけれど。好いてもいなかったようで。あの子がなにをしても、まるで当然とでも言うように、受け取った。

 そんなこと、珍しくないことも知っている。けれど。一度そのことについて私が口を出した時の、あの子の顔が忘れられないの。

「お母様は、そのようなこと、気にしなくてもいいのです」

 ほんの少し悲しげな声で、それでも健気なまでに真っ直ぐに背を伸ばして、あの子は言った。

 でも、と言葉を継ぐわたしを制するように頭をふって、そっと言った。

「わたし、幸せになろうと、思っています」

 その姿は、我が娘ながら、凛々しかった。

 凛とした女とはこのことでしょう、と私は誇らしくなった。

 そうして、思うことにしたの。

 あの子は、幸せになる、って。

 けれどね、しばらくして、もうひとつ知ってしまったの。

 その家の次男が、あの子につきまとっている、って。

 ことあるごとにやかましくついて回る姿は、まるで兄と正反対。でも、一緒だわ。どちらも自分勝手。

 そんなところに、あの子をおくりこんでしまったの。

 それは、どうしよもないこと。でも、尽きない後悔。

 けれど、あの子の立場が悪くなることは、不思議となかった。…不思議と、なかったから。その話を破棄するわけにも、いかなかった。

 これでいいのか、悪いのか。

 悩んでるうちに、それはおこったの。

  あの子が、死んだの。

 …自殺、だったわ。


「お母様。お茶に致しませんか?」

 そう言って、お盆を差し出してきたあの子は、いつも通りだった。

 いつもそうしていたように、あの子自らお茶を淹れて、二人だけのティータイム。

 けれどいつもと違ったのは、あの子がそのカップを傾けて、一口のみこんだ、その瞬間。

 ふらり、と傾いだあの子は、まるで、眠るかのように目を閉じていて。

 なにがおこったのか、しばらく分からなかったわ。

 眠り込んでしまったのかしら、なんて思って、声をかけて。本当は、すぐ気付いていたのよ。人と向かい合う途中に、眠り込む子なんかじゃ、ないって。

 そっと、あの子に触れた。まだ温かかった。けれど、その身体が生きることを止めたことを、不思議と悟ってしまった。

 それからのことは、よく、覚えていないわ。

 夫が怒ったり、泣いたりしていたけど…ご存じでしょう? あの人、あの子の後を追うように、一月後に亡くなったの。…羨ましいこと。

 喪服から袖を抜く間もなく泣き暮らした私は、今、あなたの目の前にいるように、生家に戻ってきた。

 私一人だけ、生き残ってしまった。

 とても悲しくて、だからこそ思うのよ。私がこんなに悲しいのに、あの子が来ない。そういうことを真っ先に悟るのは、あの子だったのに、もう、いない。

 私はあの子の死んだことを何度も忘れるそうになるのよ、いつだって、見守っていたもの。でも、その不在でようやく確かめるの。あの子は自ら死んでしまった、と。


 あら、あなたは納得していないの? では、あの子を殺した人間がいると思うかしら?

 いいえ、いないの。いるはずがないわ。そのくらい、あの子は愛されていたもの。

 私やメイド。あの兄弟だって、恐らくは、…本人達はあの子を『愛してる』と思っているでしょうね。町中の人間が、あの子の葬儀には集まった。空さえも、雨と言う涙を降らせた。そんな子なの。

 でもね、あえて誰が殺したのか、と言うなら、それは私だわ。

 あんな男達のところへやることになったばかりに。やると決めてしまったばかりに。あの子は、死んだの。

 いいえ……いいえ、それさえ嘘ね。あなたには、本当のことを言おうと、思っているの。

 私は…あの子に、毒を与えていたのよ。もし嫁ぎ先が、どうしよもないような場所だったなら、これで伴侶を無きものに―――そう言って、ある毒を保管した隠し部屋を、教えてしまった。我が家の女に代々伝わるそれを、あの子にも継がせてしまったの。

 そして、その毒は、あの子の部屋の棚にしまわれて―――あの日、あの子の命を奪った。

 ああ、きっと。あの子は、そのすべてに絶望して。その原因になった私の与えた毒で、死んだのよ。あんな身勝手な人間が二人もいる場所は、どうしよもない場所以外のなにものでもない。けれど、逃げることもできない。できるとしたら、帰れるとしたら、死をもってしかない、と、そう思ってしまったのね。

 私があんなものをあげなければ、良かったのよね。そうすれば―――死にたい、と思っても、叶うことは、なかったかもしれないのに。いえ―――死にたい、と、思ったきっかけは、もしかしたら。

 やはり、私があの子を殺してしまったのね。

 どう償えばいいかしら。償いようなんて、ないわよね。もう、死ぬしか、ないのよね。

 私は死ぬまであの子を思う。そうしてあの子の元へ行ったら―――あの子は、許してくれるかしら。

 ああ、考えるまでもないわ、きっと、許してくれるわね。優しい子だもの。


 でも、ね、あなた。

 あの子を殺したのは、私なの。ひどい親だと、思うでしょう?


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