葬送
「天使とヒトはこの街から出られない。ウマやトリは外から来て出て行くのに。誰も、この矛盾を説明できない。彼らには、この街と外を仕切る壁が見えて、門が見えて、実際に出て行ける。俺たちには、壁が見えないし、門に辿り着けない。なんでかはわからない。ただ、事実として存在してる」
白道は、〈モグラ〉が残したシャベルで庭に穴を掘っている。夢幻が棒切れで掘るより遥かに深くて大きい。深さはすでに白道の腰よりもある。
体も小さく腕も頼りないが、白道に疲れた様子はない。天使の〈奇跡〉のひとつ――念動の助けを借りているせいだろう。
「――こんなもんでいいだろ」
白道はそう言って穴からひょいと身を持ち上げる。そして自分の体とは入れ違いに、傍らに安置していた〈モグラ〉の死体を投げ入れた。乱暴でもないが、丁寧でもない。
二人の背後で、居間の窓が開いて、カミコが顔を出した。
「ちょっと!庭にそんなでかい死体を埋めるって?!」
「なんだよ。死体処理しろって言うから。夢幻に付き合うってことはこういうことじゃねーのか」
「葬儀屋に引き渡せばいいだろう。死体の上にコインの一枚でも置いておけばすぐに片付けてくれるって言うのに」
「うるせーやつ。おててが大事で俺に丸投げしたくせに」
「犬猫の死骸とわけが違うぞ。大きいし、腐臭がそのうちただよってくるんだ」
「お前の仕事場も腐った臭いするけどな」
「ジ地区のそれは生ゴミの臭い。死体とは大きく違うよ」
「大差ねぇよ」
白道はそれ以上問答を続けようとはせず、穴埋めの作業に入った。
カミコが窓から直接外へ出てきた。靴下が汚れるが、それに構う様子はない。
「なんだ。喧嘩で死んだんじゃないのか」
カミコがすでに半分土に隠れた死体を覗き込んで言う。――彼の言うとおり、〈モグラ〉の死体には暴力を思わせる傷跡がない。
「なんで死んだかな。飢えてたわけでもなさそうだし、・・・病気?」
「間違ってない。この街の、病気だろ」
「ああ。なるほど」
白道は淡々と土を戻す作業を続け、カミコは腕組みして穴を見下ろしている。彼らの中には、なんの感慨も見当たらない。不思議だったから、夢幻は訊ねた。
「悲しい?」
「夢幻。僕らはこれを悲しめるようには出来ていないんだよ」
「・・・?」
「むしろ、うらやむところだね」
やがて土はすべて戻され、小山が出来た。シャベルで叩いて均し、さらに踏んで固めていく。
夢幻は改めて摘んできた花を小山の上に置いた。
「ねえ」
「なんだ?」
「モグラ、なんで死ぬの?」
「〈モグラ〉じゃないから」
「・・・・・・?」
カミコがその場に背を向けた。夢幻に説明をする気はないと態度で言っている。
白道も、夢幻を促してカミコに続いた。
二人が家の中に入っても、夢幻はしばらく出来たばかりの墓の前に立っていた。何をするわけでもない。ただ、傍にいたほうがいいと思ったから。
ピアノが響いてくる。
曲は、いつもどおりの短調だ。
いつか聞いた歌曲。それのピアノアレンジだ。触れた瞬間に弾けて散り落ちる花びらのように、音があでやかに舞う。
途中まで歌ったけれど、アレンジがオリジナルと大きく離れはじめたので止めた。
代わりに風が庭を吹き抜けて歌った。