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フンボルトペンギンは境界に其の身を置く

 とても良い夢を見て、その夢からとても悪い形で目覚めると言うのは、はたして、夢見が良いと言うのか悪いと言うのか。

 小生は、目下、動物園と呼ぶには少し小振りな、どちらかと言えば公園に近いような、そんな所のペンギン舎でそんな事を考えながら、柵の向こうの往来する人々を眺めている。

 天気も良く、それなりに人の入りも多くにぎやかだ。

 しかし、小生の気持ちはあまり晴れない。

 大量のイカを前にしながらも、ついぞ、それをついばむことを許されなかった夢を見た後の朝ごはん。

 何匹かの仲間たちがケンシンに行っているのか、朝から見かけなかったおかげで、大きめのイワシを獲得する事は出来たのだが、イカを目の前にした後では、素直に喜べない。

 かなわぬ希望は毒である。

 それが小生の本日の学びだ。

 常に昨日とは違う知見に目覚める小生。超魅力あふれ、賢さまで兼ね備えたギュゥヴェーなのである。

「ギュギュギュウェ」

 ふふふふふ。

 そう考えると、なんだか楽しくなってきた。

 そうか、小生可愛いばかりではなく、賢くもあったのか。

 そうであった。そうであった。

 ちなみに、超魅力あふれ、賢さまで兼ね備えたギュゥヴェーと言うのは小生の真の名前なのである。

 なぜ真のと付くかと言えば、小生の本来の名前は超魅力あふれ、賢さまで兼ね備えたギュゥヴェーであるのにも拘わらず、小生を、超魅力あふれ、賢さまで兼ね備えたギュゥヴェーと呼ばず、ピー太と呼ぶものが居るからだ。

 確かに、我らフンボルトペンギンの中に、普段から「ピー」と鳴くものは多い。しかし、それだからと言って小生にピー太などと名付けた者の浅慮さよ。

「ギュヴェッ」

 腹立たしい。

 そう考えると、なんだか腹が立ってきた。

 百歩譲るとしよう。ピーと鳴くのならばピー太だったとして、それが安易であることは否めないが、まぁ、良いとしよう。ピーと鳴くのであればだ。

 しかし、小生はピーとは鳴かない。しかるに、ピー太と名付けられる謂れはないのだ。小生のどこにピーなる要素があると言うのだ。

 良いだろう、聴くがよい、これが小生の鳴き声である。

「ギュゥヴェーッッッッ!!」

「Waoh!!」

「ギッ」

 なんだ!?

 小生が気持ちの丈を込め、雄たけびを上げたとたんに聞きなれぬ声を聴いた。

 あわてて、声のほうを振り返る。 

 すると、そこには驚いた様な顔を浮かべた女性の姿があった。どうやら、小生が驚かしてしまった様だ。

 これは、申し訳ないことをした。一言謝るべきだろうか。

「This penguin quacked suddenly!」

「ギュェヴェ?」

 ペン、クァドゥン?

 謝るべきかと言う小生の逡巡は、耳慣れぬ響きによってかき消された。

「Hey! Satoshi! come here. I'd like for this penguin living very much!」

 この、生き物はなんだ。

 小生は得も言われぬ恐怖が全身を包むのを感じた。

 よくよく見れば、頭部は金色。眼の色は碧。そして、口から出るは、謎の音。

 人の形をした人ならざる物。そんな存在が小生の前に立ちふさがっていた。

「どうかした? キンバリー」

 不意に横から掛けられた声に、小生我に返る。

 見上げれば、そこには頭部も瞳も黒。どうかした、と知っている言葉を話す人が居た。

 見慣れた存在に、つかの間の安堵を覚える。

 ケンブィーは何のことだかわからぬ、小生の知らぬ言葉だ。

「あぁ、ペンギンか。わぁ、すごいね、こっち見てる」

「Yes! It's so cute. Would you think so, too? Satoshi」

「It's of course, Kimberley」

「ギュヴェッ!!」

 む? なんだ?

 サトシやケンブィーと言うのはこやつらの名前だろうか。

 にしても、なんなのだこやつらは。

 黒い方は先ほど、人の言葉を話したと思ったが、また得体のしれぬ鳴き声を上げた。

 カラスはカラスの言葉しか話さぬ。同じ鳥と聞かされても、奴らにペンギン語は話せぬし、小生もカラス語はわからん。

 奴らなど、阿呆のようにカァーカァーと鳴くだけだ。

 阿呆のようではないが、鳩も同様だ。奴らもグゥクルクルと呻くだけである。

「What name is this penguin? Satoshi」

「えぇっと、ちょっと待ってね。This,This penguin seems to be the kind called an...... Humboldt penguin」

「ギュヴェッ!?」

 と、途中から鳴き声に変わった!?

 しかし、心なしか、フンボルトペンギンと聞こえた様な。

 さっきから、何度か聞こえているプェングインと言うのは、もしやペンギンの事であろうか。

 数日前にも、半分以上何を言っているのかわからない、いけ好かぬアベック共を見かけたばかりだが、それとはまた趣が違う。

 黒い方はタカハシと似ている。

 金と青の方も、まぁ、タカハシや黒い方と、似ていると言えなくもない。

 しかし、鳩は鳩語を。カラスはカラス語を話す。知性迸る小生ですら、人の言葉は解するのに精一杯で話すことは能わぬ。

 人ならざる言葉を使う金色。

 人の言葉と人ならざる言葉を使う黒色。

 まぁ、小生を前にし、なにやら喜んでいる風でもあるし、小生の魅力に気付ける程度の存在ではあるらしいが。

 それにしても、人の形をしながらも、人と違う言葉を話すと言う存在が、こんなにも面妖で不器用に見えるとは。

 小生は、なにやら小生には聞こえぬ音量で二人だけの会話をする目の前の存在を観察する。

 そして、小生はふと気づく。

 小生も、話せ事能わぬと言えど、ペンギンの身でありながら人の言葉を解する。

 目の前の二人から、視線をペンギン舎へと移す。

 そこには小生の仲間たちが、それぞれ気ままに、身を寄せ合い、日向で寝転がり、プールで泳いでいる。

 この者らは、人の言葉を解さぬ。

 もしかして解しているかもしれぬが、少なくとも、小生はそんな話を聞いたことがない。

 小生も小生で、こないだタカハシが何を言っていただとか、という話を仲間たちにしたことはないのだが、それでも、こうして人の言葉に耳を傾けている様子は仲間たちの多くが知る所だろう。

 もしかして、小生も、仲間たちからは、面妖で不気味な、ペンギンでありながらペンギンならざる者であるかの様に見えているのだろうか。

 柵の脇に立つ小生と、プールを隔て、皆が居る広場が、なにやら遠く離れているような錯覚を覚えた。

「Try seeing this, Kimberley. It's said that they call the name of that penguin Piita according to this sign」

「ギッ?」

 ピー太?

 小生を呼んだか?

 黒色の声が、小生の意識を柵の向こう側へと呼び戻した。

 人語を話しながら、人ならざる語も話す黒色よ。もしやペンギン語も操れはせぬだろうな。

 操れるのならば、小生がピー太など、なんの縁もない呼び名で呼ばれる事は不当で、正しくは超魅力あふれ、賢さまで兼ね備えたギュゥヴェーであるかという事を、滔々と、切々と、語ってやりたいのだが。

「Piita? Why is he the name called Piita」

 だから、ピー太じゃねぇって言ってんだろう、この金色め。いくら小生が可愛いからって侮ってると承知せぬぞ。

「Why is his name called Piita?」

「うーん、なんで、かなぁ」

「This penguin doesn't quack Pii!! so but quacked GYUUVVEEEE!!」

「ははは、確かに! うーん、…………わかった! I understood」

「Realy? Satoshi」

「Yeah. Piita has P that is derived from Penguin」

「Oh! P is Penguin's P!!」

「It's so surely」

 こやつら何を笑っている。ピー、ピー、馬鹿の一つ覚えの様に。小生はピーとは鳴かぬと言っておろう。小生に言葉が分からぬのを良いことに、好き放題小生を馬鹿にしおって。

「ギュゥヴェー!!! ギュゥヴェー!!!」

 聴くが良い! これが小生の鳴き声だ! ペンギン舎に轟く、渾身の一鳴きだ。

 良いか、小生はフンボルトペンギンである。それもただのフンボルトペンギンではない。超魅力あふれ賢さまで兼ね備える、唯一無二のギュゥヴェーである。

 そう、小生は唯一無二なのだ。

 人であるとか、人ならざるとか、ペンギンであるとか、ペンギンならざるとか、そういったもの以前に小生はただ単に小生なのである。それ以上でも以下でもないのだ。

 ……以下でもない。

 …………イカ。

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