フンボルトペンギンは薄明に夢の跡を追う ~幕間~
イカ、イカ、イカ、イカである。
「ギュヴェヴェエッッッッ!!!!」
小生、咆哮を禁じ得ない。かつてこれ程までに小生の魂が猛り、打ち震えたことがあったろうか。いや、無い。断言しよう。無い。
小生の前にはイカが溢れている。
イカの山。いや、イカの海である。いや、桃源郷ならぬイカ源郷である。イカトピアである。
脂の乗った大きめのイワシですら、これを前にすると霞む、その白いまばゆさ。
これを自由に出来ると言うのか。なんだ。この幸福は。小生に何が起きたのか。超魅力溢れるフンボルトペンギンである所の、小生の、その魅力が遂に報われたのか。
そうに違ない。
なんだかよくわからないが、そうに違いない。世界が、小生に語り掛けている。イカを食せ、と。
「ギュウヴェヴェヴェッ!!」
いただきますっっっ!!
小生は、ありったけの力で跳び上がり、イカトピアへと飛び込んだ。
そして、そして、イカは……消えた。
世界は暗転した。
「……………………キュヴェ」
…………夢、か。
四方八方がイカで満たされ白く輝いていた空間から暗転をし、暗闇に包まれていたと思った視界に、ぼんやりと影が浮かび上がる。
右にはフンボルトペンギン。左にもフンボルトペンギン。そして、小生も、フンボルトペンギン。
当然である。ここはペンギン舎なのだから。
皆眠っている様子だ。
ペンギンだかりから遠く、目をやると、薄らと明るい。ペンギン舎の窓には薄明の光が差し込んでいた。
「ギュベィ」
くそう。
イカを食べ損ねた。
小生は、夢で何であれ構わなかった。なんでもいいから、イカが食いたいのだ。夢だろうがイカを食したことに変わりはない。夢など目が覚めるまで夢だと気付かぬのだし、であれば、そのイカは本物ではないか。
今、この瞬間こそが夢で、本当の小生はイカに埋もれて幸せの呻きを漏らしているのかもしれない。
夢が現実でなく、現実が夢でない事など、目が覚めるその瞬間までわからぬのだから、小生はただただイカ福に溺れていたかった。
なぜ、あんないい所で、目が覚めてしまったのか。
暗がりにガチャリと言う音が響く。
小生の至福の時を妨げた者か!
急ぎ、音のした方を振り返るとそこにはタカハシが居た。
「ギュヴェッ!」
タカハシか!
やはりタカハシか。どこまでも、この、超魅力あふれるギュヴェーに仇なすか。
タカハシはいくつかのケージを抱えていた。何匹か、ケージの中に仲間が見える。
ケージに入ってどこか行くということは、ケンシンだろうか。小生はこの間受けたので、呼ばれることは無かろうが、それにしたって、なんでこんな朝早い時間に出かける準備をしているのか。
「ギュッ!」
も、もしや!
タカハシの奴、小生のイカトピアを察知し、それを邪魔しに来たのではなかろうか。
ありえない事も無い。
ガチャリガチャリ、と耳障りなケージの音を立て、小生の中に広がるイカトピア破壊せしめんとする、イカ源郷の悪魔。タカハシ。
小生負けぬ!
寝る!
イカトピア源郷へと旅立つ!
まだ陽はそこまで高くない。夢はまだそこにある。
小生はイカに溺れるのだ。
それは超魅力あふれるギュゥヴェーにこそ許される至福。いざ、その恩恵を浴す。
ちょっとボリューム控えめですいません。
幕間劇的な感じで。まぁ、もとより本筋と言う程のものも無いんですけど。