フンボルトペンギンは春に背を向けて啼く
ご無沙汰をしてしまい申し訳ないです。
今後もペースは落ちるかと思いますが、もう少しだけピー太を描いていくつもりです。
嘆かわしい。実に嘆かわしい。
由々しきことである。そう、実に由々しきことなのである。
由々しすぎて、イワシも喉を、まぁ通らないと言っては、あの、言い過ぎな気もしないでもあるが、まぁ、若干。そう若干は、喉を通りづらい事もない。
何も、小生は腹を立てているとか、そういう事ではない。
憂いている。そう憂いているのである。心配しているのである。良からぬことなのではないかと言う、そんな優しきペンギン心なのである。
なんと、ピー助に、その、なんだ。なんというか、まぁ、特定のやんごとなきメスが居ると言うではないか。
今朝、小生がペンギン舎に出て、開演前に掃除をしているタカハシをぼんやり眺めつつ、今日はイカ食べれるであろうか、とか考えていたら。脇にピー助が立っていたのである。そして、その脇にはヒカリと言うメスのフンボルトペンギンが。
ピー助は、小生が超魅力あふれるフンボルトペンギンであるのに対し、まぁまぁ、フンボルトペンギンであればこれくらいの魅力は最低でも無ければね、って言われるくらいの魅力を備えているフンボルトペンギンである。小生見立てでは。
小生と年が近く、タカハシにちょっかいを出したり、ギンジが食べそこねた大きめのアジを取り合ったり、なにかと行動を共にしているのである。
そのピー助が、急に、「俺たちさ、付き合うことになったんだ。お前には一番に言っておこうと思って」とか言ってきたのである。
小生、言ったよ。マジであるかって。
つい見てしまったよ、ピー助を。三度。で、もう一回マジであるかって言ったよ。
そしたら、ヒカリの奴がピー助に耳打ちするようにして、それで、ピー助がなんか窘めて、「じゃ、まぁ、そういうことだから」とか言って、二匹でどっかに行ったのである。
小生には聞こえていた。
ヒカリのやつが「ねぇピーくん、なに? であるって?」って言ったのを。
「ギュヴェェエッッ!!」
その時、小生、なぜかよくわからないが、叫ばずには居られなかった。
そんな顛末が今朝のことである。
そんな一件があってから半日、小生は、なにやら、何処にぶつけるべきかを図りかねた感情を持て余したままに、ひたすらに柵の向こうに視線を向けていた。
そこには、人の番、タカハシがカップルと呼び、トミタがアベックと呼ぶ者達が居る。タカハシとトミタでなぜ呼称が違うのかは、小生にはよくわからない。番にも種類があるのかもしれない。
とにかくその違いを学ぶことも含め、知るのである。ピー助はなにやら、不可思議なよくわからぬ存在に成り果ててしまったのであるのであって、小生はそれに立ち向かわねばならないのである。
なんだかわからないがそうなのである。そうでなければ、小生の腹の底でグラグラと沸き立っている気持ちが説明つかないのである。
さて、カップルないしアベックである。
この者達、長々とベンチに座り、ペンギン舎に来てるのに、小生の方を見ることもなく、始終しゃべっている。
理解しかねる。
ペンギン舎に来て、ペンギンを見ずに何をするのか。いや、この施設に足を運んでおいて、超魅力あふれるギュゥヴェーこと小生を始めとするフンボルトペンギンを愛でずして何をするものか。
そんな基本的なこともわからぬほど愚かなのである、この者達は。
「えぇ、でも可愛くない?って言ったの」
「うんうん」
「そしたら、そんなこと無いよ~、とか言ってさ、絶対あの子解ってるくせに」
「マジかー、ちょっと痛いわぁ、それ」
「でっしょー」
「うんうん、わかる。まぁ、でもそれはケイちゃん。あれっしょ、そいつもちょっとかわいそうっしょ」
「えー、なんで? リョーくん、その後輩の肩持つわけ?」
「は? そうじゃねぇって。アルセンの中でケイちゃんに可愛いって言われても、ぶっちゃけイヤミっしょ」
「えっ、まぁ、そーゆー見方もあるー、かな」
「ケイちゃんより可愛いとかありえねぇしさぁ。アルセンのクランでコーカとメサン、ケイちゃんマックスっしょ? ほら前聞いたリサさんだっけ? あの人もカゴエのマシクラがトッピンって言ってたじゃん」
「えー、そんなこと無いってー。リサさんはトッピンだけど、ミッキとシーヤンはカオリの方が良いって言うし、社員のミレオもツーカルのクンダな時あるし」
「ラッカスは?」
「それはー、まー、あたしか、シーヤン?」
「でっしょー?」
「でもでも、リサさんだってケンジェの時とかもあるし、カイセだよ?」
「でもケイちゃんテッピンもでしょ」
「うん、まぁ、そーだけどー」
「ほらやっぱケイちゃんだよー!」
「もー、リューくんたらー」
「…………キュゥ」
…………さっぱりわからん。
小生は確かに、巧く言葉を解せているわけではない。
いつだったか記憶もうろ覚えだが、ある日、気づいたら人の話す言葉がわかった。
それから、色々、ペンギン舎を訪れる人や、センセイや、色々な人の話を聞いて少しずつ言葉を覚えた身である。小生、日々ペンギン舎住まいであるので、あまり多くのこと知らない。
であるが、にしても、目の前のカップルないしアベックの会話は意味不明度が高い。なんでそんなに語尾を伸ばすのであろうか。
もしかして、噂に聞く外国語というものなのだろうか。
意味はわからぬが、なにやらひたすらに喋って、笑い合って、二人だけの世界で完結している様な風である。
オスのほうがメスのほうを可愛いと言って褒めている様な事は辛うじて聞き取れたのであるが、そんなものは小生の方が可愛いに決まっているのであるので、間違いだ。
こっちを見よ。愚か者め。
見れば見るほど、聞けば聞くほど、なにやら腹が立ってくるのは気のせいなのであろうか。
ふと、群れの番も皆、こうであっただろうかと思うと、そうでなかったような気もした。
もしかしたら、その辺がカップルとアベックの違いなのではないだろうか。
なにやら、見てる者の気分をザワつかせるものが、どちらであろう、アベック、であろうか。そして、そうでない番がカップル、なのかもしれない。
目の前の者らはアベックだ。
「でもー、リューくんも超カッコイイしー!」
「そんなことー、まぁー、あるけどー」
「……ギギュッ」
間違いない。
つい、声が漏れてしまった程に間違いない。
「ん? なんか、あのペンギンこっち見てね?」
小生の呻きを耳ざとく聞き取ったのか、オスの方がこちらを見た。髪が長く、髭がボウボウと伸びている。モジャモジャと呼ぶことにする。リューくんなどとは決して呼ばない。
「えー、なにー? ペンギン?」
そして、メスの方もこちらを向いた。こやつはモジャモジャではない。モジャモジャではないので、モジャモジャジャナイと呼ぶことにする。ケイちゃんでもないし、可愛くもない。
見てる者の気分をザワつかせる方の番であるところのアベックが揃って小生を見ている。
よし、やっとか。やっと、今ここで何をすべきかわかったのか。
そう、モジャモジャとモジャモジャジャナイらがすべきなのは、小生を見る事である。われらペンギンを愛でる事である。なぜなら、ここはペンギン舎なのであるから。
小生は、かなりの出血大サービスとして、翼を羽ばたかせて見せた。
小生の魅力が分かるものであれば、小生は差別をすることはない。確かに、先程までは、なぜだかわからないが心がザワついていたが、態度を改めて、小生の魅力に気づいたのであれば、見込みはある。
よし、ではいっちょ、小生の華麗な泳ぎを見せてしんぜよう。見るであろう? 当然。
「あいつ、ずっとこっちみてんぜ」
「そーなの? えっ? リューくん、気づいてたんだ?」
「あぁ、なんか一匹こっちみてんの居んなぁ、って思ってた
あのペンギンさ、ずっと独りなんだぜ、そんで、ボーっとこっち見てんの、ちょっとくちばし開けたまま、ほら、あんな感じで」
「うっわー、ウケる!! マジ、口空いてるー、しかも、独りっ!! とか、せつなっ!! ぼっちじゃん、ぼっち」
「ギュゥヴェーッッ!! ギュゥヴェーッッ!!」
なんであろう。またしても、小生は叫ばずに居られない。
ペンギン舎に来て、小生並びに可愛いペンギンを愛でぬ、こやつらへの怒りはもちろんある。
しかし、それ以上に、小生の内側から叫びが漏れ出てくるのである。
「うわ、なんだこいつっ! 急にうるせぇぞ!」
「リューくん、なんか怖いよ、こいつっ」
えぇい、貴様らどこかへ行ってしまえ。
そう祈りを込めて、小生は声の限りを尽くす。
ふと、ピー助とヒカリの並んだ姿が浮かんだ。
あの時、ヒカリが小生に向けた視線の意味はわからぬ。わからぬといったらわからぬ。わかるはずもない。
「ギュゥヴェーッッ!!」
メスと番う事が何だと言うのか。それが小生に何の意味をもたらすと言うのか。それはイカより素晴らしいのか。
「ギュゥヴェーッッ!!」
出来ぬのではない。小生はぼっちではない。必要がないから、意味を見いだせぬからそれをしないだけである。
そんな事よりも、小生は日々元気に餌を食べ、この魅力を余すことなく振りまくのだ。
そう、なぜなら、小生は愛くるしいフンボルトペンギン。小生の魅力は皆のものでなければいけないのである。
小生は皆のピー太なのである。
もとい、小生は皆の超魅力あふれるギュゥヴェーなのである。