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フンボルトペンギンは愚かに笑い恥を晒す

ご無沙汰しております。

安心して下さいエタってませんよ。

 この間、タカハシとトミタの立ち話を小耳に挟んだ。

 タカハシ曰く、

「いやぁ、結構な人出っすねえ、トミタさん」

 トミタ曰く、

「あぁ、当たったな。園長の夏休みの自由研究フリーパスってアイディア」 

 と言う会話である。

 そんな事をのんびり話しながら、大きな白い箱から、青いバケツへとアジやイワシを移していた。

 美味そうな匂いを感じ取った、類まれなる嗅覚の持ち主こと、魅力あふれるフンボルトペンギンであるところの小生が、ペンギン舎の裏手へ回った時に見かけた光景だ。

「忙しいっすけど、やっぱ、ありがたいっすね。こんな時だからこそ」

「……そうだな」

 そう言って、二人は手を止め、ペンギン舎越し遠くを見渡す。園を一望する様に。

 その目が何を見ているのか、小生にはわからなかったが、二人の手が止まっているのは容易にわかる。

「ギュべヴェヴェ!!」

 二人とも、何をサボっている!!

 小生が、怒りに雄叫びを上げると、二人は、こちらを振り向き、小生の姿を見つける。

 猛然と抗議をする小生。餌を前に、お預けを食らっている身にもなってみろと言うものである。

 これ以上、作業の手が遅々と進まぬようであれば、温厚な小生とて怒りの嘴を抑えることが出来ぬやもしれぬ。 

 立ち上る憤懣を持って睨むと、二人は互いに見合って、突如笑い出した。

「ギュヴェエッ!」

 何を笑っているのか!

 小生にお預けを食らわしていることがそんなに面白いのか。

「そう、毎日お前たちは精いっぱい生きてる。腹も減る。そうだな、ピー太」

 突如、タカハシが笑顔でそう語りかけてきた。

 いきなり笑顔を向けてくる意味も分からぬし、当然小生、日々を全力で生きているのであって腹は減るし、だからこそ、さっさと餌を寄越せと言う訴えを先ほどから続けているのであるし、何より小生はピー太ではないし、つまり、早く餌を寄越せと言う事である。

 小生の発奮によって、ようやく二人は餌の準備を再開した。のろのろと。そして笑みを浮かべながら。

 結局、その時は、ようやく餌の準備を始めた二人を見て、小生の溜飲もいささか下がったのではあるが、しかし顔は笑っているのに、まったく楽しそうな雰囲気は伝わってこない二人の様子に、若干の疑問を覚えたのであった。

 それから幾日。

「ギュギュウェ」

 そういえば、タカハシとトミタのあの不可思議な振る舞いは、いったいなんであったのだろう。

 ふと、餌の準備をサボった二人への怒りとともに、先日のそんな会話が思い起こされた。

 それもこれも、目の前の賑わいゆえだった。

 この所、人出が多いと、二人が話していた。

 確かに、動物園と呼ぶには少し小振りな、どちらかと言えば公園に近いようなこの園は、たくさんの来園者に恵まれていた。

 キーキー、キャーキャー、と甲高い声が鳴り響く。四つ隣の獣舎からたまに届く猿の鳴き声とも違う。

 人の子らの声だ。

 恵まれた来園者と言うのは、その多くが人の子らであった。

 来園者が増え始めた当初、小生も、ギュベワッと意気込んだものだ。華麗に羽ばたき、優雅に泳ぎ、ペンギン舎でもっとも魅力あふれる小生の存在で、来園者を魅了すべく奔走した。

 しかしである。それも最初だけであった。ぶっちゃけ。

 飽きたと言うと、語弊があろう。疲れたと言うのも違う。めんどくさくなったと言うのは、大いに誤解を招こうと言う物だ。

 まぁ、なんというか。うむ。そう言う、その、なんかあれである。

 小生の拙い言葉遣いで表すのには確かに限界があるのではあるが、いや、そんな蔑む様な目で見るのは待っていただきたい。全力を維持できなかったのには、致し方無き理由があるのだ。

 来る日も来る日も、魅力を振りまき続けた健気な小生は、四日目あたりで気づいたのだ。

「………………ギュヴィっ?」

 こいつら、おんなじ奴らなんじゃね? と。

 小生の脳裏に電撃が走った瞬間であった。ビビビと。

 その日から、小生の綿密な観察が始まった。

 日々、賑わいをみせる園内。ペンギン舎の前に集まり、楽しそうにこちらを眺めている人間の子ら。その様子を。

 すると、それから何日もせずに気づいた。小生の賢しさは伊達ではない。

「ギュベ」

 その点、褒めても良い。

 さて、小生の気づきである。

 人の顔、それも人の子らの顔を識別することをあまり得意としない小生ではあったが、持ち前の鋭き観察眼は見逃さなかった。

 よくよく見れば、ペンギン舎に訪れる人の子ら、それらは、同じ帽子を被るもの。同じ靴を履くもの。同じ鞄を背負うものだった。

 それらが小生を真実へ導いた。

 そしてもう一つ気づいたことがある。

 なんだか知らぬが、皆、その手に手に、ノートとペンを携えているのである。

 とかく、おんなじ奴らなのだ。日々、同じ子らが、飽きもせず、園に来て居る様なのだ。

 迎える方も、それは、毎日毎日全力で愛想を振り向く気も削がれると言うものだ。

 しかも、そんなやる気の削がれた小生を、輪を掛けてウンザリさせるようなことがある。

「おーーーーいっっっ!! ぴぃぃーーーーーたぁーーーーっっ」

 一際甲高い声が、賑わっている園内の喧噪を破って、小生の耳に届いた。

 元凶である。ここ数日の小生の憂鬱の元凶である。

 何匹か、小生の仲間たちがその声に反応して、声の主の方を振り向く。

 が、小生は見ない。

「ぴぃぃーーーーーたぁーーーーってばあーーー!!」

 五月蠅い。とても五月蠅いが、小生は鋼鉄の意志を貫く。振り向かぬ。

「おぉーーい! 聞こえてるんだろう!!」

 聞こえてません。小生は今、空を見上げています。雲が風を受けて流れていく。あぁ、空は青い。イカは美味い。世は事もなし。小生は素敵。

 遂には、カンカンと耳障りな音が響いた。奴が柵を叩く音であろう。

 我慢できず、仕方なしに少しだけ目線を向ける。

 どこに居ても目立つような真っ赤な帽子を被った人の子がそこにいた。

「あっ!! こっち向いた!! やっぱ、あいつ、自分の名前わかってんだ!! 絶対言葉わかってるよ!!」

 赤帽子は、興奮しながら、他の子らと同じように持っていたノートに、なにやら書きつけている。

 小生は目を付けられているのだ。何日か前に現れてからと言うもの、しつこくペンギン舎に足を運んできては、この様に小生に声を駆けては、なにやら小生の事を勝手に記録しているらしい。面白くない。

「なぁ! ピー太! 今日もいい天気だな!?」

 確かに、小生はペンギンであるが、同時に、人の言葉を解す、賢き存在でもある。

 小生の仲間達の中に、小生と同じように言葉を解すものは居ないので、多少は珍しい存在なのではあろう。

 小生、この柵に囲まれた我が家と、ここから見える世界しか知らぬゆえ、フンボルトペンギン界の全容を知らないのではあるが、まぁ、それにしても、人の言葉を解すペンギンが小生しか居らぬと言う事もあるまい。

 とは言え、小生ほどの賢さと魅力を兼ね備えているフンボルトペンギンは、小生を置いては居らぬであろう。

 つまりである。そこなのである。

「うーん、なかなか反応しないなぁ」

 赤帽子の落胆する声が聞こえた。

 ふふふ。せいぜいがっかりすると良い。

 奴は、まだわかっていない。小生の素晴らしさは賢さと溢れる魅力が高い水準で融合している所にあるのである。ただ単に、人の言葉がわかるペンギン位の珍しさ程度の理解で、小生を捉えはしゃいでる人の子に振りまく愛想など持ち合わせていないのだ。

 まったく、これだから人の子らは愚かしいのだ。見るべき所を誤っている。

 愚かなものは、その愚かさ故に、自らの愚かさに気づかず、その愚かさを加速させるものだ。

「ギュベヴュ」

 人の子よ、もっと世界を知ると良い。

 うわぁ、人の言葉がわかるペンギンだ!! すげぇ!! 世紀の大発見だ!! とか思ってるのでないか?

「ギュッギュッギュッギュ」

 ふっふっふっふっふ。

「ギュッギュ」

 そんな訳はなかろうて。

 小生はフンボルトペンギンである。

 そこそこ珍しい、人の言葉を解すと言う能力と、そこそこ珍しい、魅力あふれると言う能力を兼ね備えた、唯一無二のフンボルトペンギン。

 そう、その名も。

「ギュゥヴェー!!」

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