放課後の喫茶店にて
学校の帰りに彼女と喫茶店で話をする。うん、中々青春らしい行動だと思う。別に青春らしさなんて求めてないけど、いい感じ。制服のままっていうのもポイント高いよね。
「善也くん的に私には何が足りないと思いますか?」
同い年の彼氏に対して使うには少々お堅すぎるような気もする喋り方で、そんなことを尋ねてくるのは僕の彼女であり、クラスメートな朝倉美夜湖ちゃんだ。ちゃん、なんて付けると子供っぽいような気もするけど彼女がそうしないと怒ってしまうので渋々そう呼んでいる。僕的には呼び捨てとかいいなーなんて思っているんだけどね。
それにしても、美夜湖ちゃんに足りないところか……どうだろう、一目見て胸とか足りてない感じはするけど、そんなことを少しでも口にしたら殴られることは確実だし。
「化粧っ気とか?」
美夜湖ちゃんは同年代の女子たちに比べてそういったことに対する興味があまりないらしい。まあ、もともと僕らの通う学校の中でもダントツ美人さんなので、そんなモノは必要ないと言えばそうなんだけどね。
「違います! そういうことじゃありません! 私が神様になるために何が足りないかっていう話です!」
ああ、その話か……。
美夜湖ちゃんの夢、というか目標は神様になることだ。正直、美夜湖ちゃんは既に僕にとって神様みたいなものだけど、どうやら彼女がなりたいのはそういうではなく、この世界そのものを作って、預言者に神託を授けたりする唯一神なんだそうだ。
まあ一言で言ってしまえば、美夜湖ちゃんは不思議ちゃんなのだ。どうしてそうなってしまったのかはわからないけど、出会った時から一貫してこの主張を繰り返している。
まあ僕はそんな美夜湖ちゃんが大好きだし、その夢のついても精一杯応援しようと思ってるんだけどね。
「それで、善也くんはどう思いますか?」
そう言われてもなぁ。人間が神様になる方法を僕は知らないから、今の美夜湖ちゃんに何を追加すればいいのかわかんないんだよね。
「えっと……もっと一杯勉強して賢くなるとか?」
まあ、神様にっていうぐらいだし頭が悪くちゃだめだろう。神様が全知全能って言うのが前提だけど。
しかし、この答えは彼女の希望のものとは違ったらしい。
「そんな答えじゃつまんないです!」
面白い、つまらないの問題なのか……。もし美夜湖ちゃんが本当に神様になったら、この世界が面白いものだけにされそうで怖いな。まあ、僕はそんな世界でもいいけど、困る人は沢山でるだろう。
というか、わかってたけど美夜湖ちゃんは何か僕に言いたいことがあって、そのための布石としてこんな質問をしているみたいだ。そんな迂遠なことをしなくても、美夜湖ちゃんのお願いくらいなら幾らでも聞いてあげるのに。
「私はまだ世界を知らなすぎると思うんです!」
なるほど、思ったよりまともな答えが返ってきたな。仮にも神様を目指すって子が世界を知らなかったら笑いものだもんね。それに視点を僕たちの住む、こんな片田舎から世界に広げるっていうのは一人の高校生としてもとても有益なことだと思う。
もし美夜湖ちゃんが神様っぽい不思議パワーが足りないなんて言い出したらどうしようかと内心ハラハラしてたんんだよね。公園で超能力とか必殺技の練習をして奇異な目で見られないのは小学生までだし。
「なるほどね。美夜湖ちゃんの言いたいことはわかったけど、世界を知るって具体的にどうするの? 図書館にでも言って勉強する?」
でも、図書館遠いんだよな。駅の反対側だから時間的にも今日行くのはちょっと……。というか、美夜湖ちゃんの歴史の成績はどれくらいだったかな? 間違いなく僕よりは下だと思うけど。
「違うんです! そういう知識的なことではなくて、経験としてと言うか」
「経験ねぇ……」
まあ確かに知識だけ獲得したとしても世界を知ったとは言わないよな。
でもこんなの片田舎の私立高校に通う一介の高校生に過ぎない僕たちが、体験として知ることができる世界にはもちろん限界がある。
例えば、地元の駅から私鉄に乗って一時間も行けば日本でも三番目くらいに大きいと評される大都市に行くこともできるし、東海道本線で逆側に一時間も揺られていれば、また違う都会に辿りつく。多分、この位が今の僕たちにとっての世界だ。
これ以上世界を広げる為にはお金や時間が必要で、高校生という制約がある僕と美夜湖ちゃんには中々難しい。
世界を広げるっていうのは、自分の中の日常を広げるってことでもあるから旅行とかでどこか遠くへ行ったとしてもあくまでそれは非日常でしかなく、世界を広げたことにはならないんだろうなぁ。
「そういえば、うちの学校って二年生の一年間海外に留学できるんじゃなかったっけ?」
まあ、それでも世界を知りたいと言うなら実際行ってみる他ない。しかも、それが自分にとっての日常になる程の長期間。
「え、えっと……そ、それは大変魅力的なことですし。神様になる為の貴重な経験にはなると思うんですけど。今はもう少し身近でいいというか……」
何だ……別に留学に行きたい訳じゃないのか。でもよかった、もしそうなったら僕もそれに着いて行かなきゃいけなくなる所だった。もう美夜湖ちゃんは僕の世界の一部だからね。日本から九州がなくなる位大変だ。と言うか、美夜湖ちゃん英語の成績は壊滅的だからまず選考に通らないか。
それにしても美夜湖ちゃんは僕に一体なにを伝えたいんだろう。いくら僕が彼女を溺愛していると言っても考えを読むことまではできない。残念なことにこの世界では気持ちは言葉にしないと伝わらないんだ。そうだ、もし美夜湖ちゃんが神様になったら、言葉に頼らない意思疎通ができるように世界を変えて貰おう。ナイスなアイデアだ。
それにしても、世界を知りたいと自分で言っておきながら身近なところがいいのか。そうだな、自分の周りの身近をずっと行けばいつか遠くにも辿り着くもんね。何事も堅実が一番。
「身近なところって例えば?」
「そ、そうですね……あ、あくまで例えなんですけど……善也くんが前に行きたいって言ってた温泉……とか?」
そんなことを言う美夜湖ちゃんの顔は耳の端まで真っ赤に染まっている。
確かに僕は三日くらい前、偶には温泉でも出かけてのんびりしたいよね、なんて言ったけどさ。温泉に行ったところで神様には一歩たりとも近づけないと思うよ? もしかして世界を知る云々は口実で美夜湖ちゃんは僕を気遣ってくれたのかな?
やさしーなー。そうだよね! そういう隣人に対する愛を積み重ねていくことこそ神様への近道だよね。世界を知ることよりその方がずっと大事だ、僕が間違ってたよ。
「それじゃあ、今度の連休に行こうか」
「!!」
言葉の代わりに美夜湖ちゃんはブンブンと首を縦に振っている。
「あっ……でも高校生の男女が二人で泊まりはまずいかな? 美夜湖ちゃんの家って結構厳しいし」
「だ、大丈夫です! お母さんもお父さんも善也くんのこと気に入ってるし。無理そうだったら女の子と行くって言いますから!」
ちなみに僕と彼女の関係は親公認だったりする。僕の何処がいいのかは分からないけど、初めて美夜湖ちゃんの家に遊びに行った時から娘を頼むと言われてしまった。もしかして、高校生にもなって、まだ小学生みたいなことを言ってる美夜湖ちゃんの将来を実は心配していて。やっと貰い手が現れたことにホッとしていたのかも。
「嘘はダメだよ。反対されたら僕が何とか説得するからさ」
「善也くん……」
そういうと美夜湖ちゃんは目をウルウルさせながらこちらを見つめている。ああ、なんて愛らしいんだろ。こんな可愛い子が神様になりたいなんて痛いことを言ってるだなんて奇跡だ。神様、この子と僕を出会わせてくれたことに感謝します。
とまあ、こんな感じで僕と美夜湖ちゃんは旅行に行くことになりました。