第九十六話 ヒーローの如く
少女が国を出てどこに向かうのか後をつけていると、一人で国の近くにある森へと入っていった。鬱蒼と茂ったその森は少し薄暗く、昼間でも一人で入るには不気味な場所である。
「何でこんなトコに?」
そう思ったが、その答えはすぐに見つかった。彼女の後を黙って追っかけていくと、一面が花畑で広がっている場所へと出た。
その中心に彼女はいた。そしてよく観察すると、彼女だけではなく何か小さな物体が動いているのを確認できた。
それは小さな猫のような生物であり、見れば右足に包帯が巻かれてあった。
(確かあれは……フラワーキャットだったっけ?)
フラワーキャットの特徴として、面白いことに身体の模様が花の形になっているのでそう呼ばれているらしい。とても大人しく賢い生物だと知識にはあった。
「ほら、エサを持ってきてやったぞニャンゴロ」
どうやら彼女はその生物の介抱をしているようだった。恐らくどこかで怪我をしたフラワーキャットを城では匿えないからここで介抱しているのだろうと推測した。
(それにしてもニャンゴロって凄い名前だよなぁ)
どうやら彼女にネームセンスは無いことが分かる。しかしそんな彼女に頭や喉を撫でられて嬉しそうにゴロゴロと鳴いている姿は、見ていてとても和む。
下手に警戒させるのも何だからと、ソージはそのまま去ろうとしたその時、ピリリッとした感覚を覚える。この感覚は明らかな敵意だった。
何故ソージがそのようなものを感じることができるのかというと、旅に出てまず最初にバルムンクが教えたのが危機感知能力について。
相手の殺気や敵意を敏感に感じ取ることこそ、ヨヨを守るためには必要だと教えられた。だからこそ、ほぼ毎日バルムンクの規格外の敵意や殺気を受け続ける修業をこなしてきたせいか、明らかな敵意なら何となく分かるようになってきていた。
ソージは目を凝らしどこから敵意を感じるのかキョロキョロと木の陰に隠れながら探す。少女は気づいていないが、ニャンゴロは何かに気づいたように警戒し始めている。さすがは野生の獣だ。鋭敏な感覚である。
「む? どうしたのだニャンゴロ?」
少女はニャンゴロの態度に不思議そうに首を傾げている。そしてほぼ同時くらいに、ソージとニャンゴロは、その敵意の正体を視界に収めることに成功した。
(……アイツは!?)
ソージがいる場所とはちょうど反対側の森の中。そこから大きな物体がのっそりのっそりと花畑へと足を踏み出してきていた。
見た目はトカゲを巨大化させたような姿。いかつい表情に鋭い牙。そして何よりもその獰猛さで知られている生物だった。
(確かテイルリザードだったか?)
その名の通り、特徴はその尻尾の長さである。長ければ長いほどテイルリザードの中で上位に位置するという。
(推定……三……いや、四メートルはあるか?)
恐らく全長六メートル以上はあるだろう。人にとってはまさに巨大生物であり、恐怖の対象に選ばれても不思議ではない。
それにソージの知識でも、友好関係を結べる性格を有している生物ではなかった。少女もテイルリザードの存在に気づき、ニャンゴロを抱えて後ずさりを始める。
(ダメだっ!)
ソージは心の中で叫ぶ。何故ならテイルリザードは鈍そうに見えるが、実際に獲物を捕らえる時の速さは別格なのだ。そして決して背中を見せてはいけない相手でもある。見せれば一気に襲い掛かってくるのだ。
「く、来るなバカモノ! わ、わわわ私を誰だと心得ているのだ!」
そんなことを言ったところで獲物を見つめた捕食者にとって何の意味も成さない。そしてテイルリザードの迫力に押されてしまい、少女は背中を見せながら逃亡を図った。
しかしその瞬間、サササササッと物凄い速さで地面を走るテイルリザード。少女の顔は恐怖に慄き、そしてあまりの恐ろしさで足元が覚束なくなり転倒してしまった。舞い上がる花びらの中、大きな口を開けたテイルリザードが今まさに少女を食べようと突進した刹那、
「想いを像れ! 橙炎!」
少女の目の前にオレンジ色の壁が出現して、テイルリザードはその壁に激突してしまった。
「やれやれ、幼気な少女を襲うとは頂けませんよ、トカゲさん?」
ゆっくりと花畑を進み少女に近づいていくソージ。左手から噴出している橙炎がユラユラと揺らめいている。
ソージは橙炎で創り出した壁を消して、テイルリザードと対面する。だがここで少し問題が発生する。
(う~ん、バルさんからは常に魔法を使い続けろって言われてたから、あまり魔力がないかな?)
ずっと頭を橙炎で覆い、オレンジ色の髪にしていたので、その間ずっと魔力は消費し続けていた。そのせいで魔力残量に不安が残る。
しかも身体にはバル特性の重りが課せられているので動き辛い。
(さて、どうしたものか……)
とりあえず目を逸らさなければテイルリザードは下手に襲っては来ない。しかしこのまま逃げても追ってはくる。もし、背後からも同じような生物が現れたらさすがに危険過ぎる。
「仕方無い。さっさと退場願いますか」
ソージは左手から出し続けている橙炎の形を剣へと変化させていく。本来なら白炎や赤炎で一気に勝負をつけたいが、そんなことをすればせっかくの花畑が見るも無残なことになってしまう。
ソージは素早く間を詰めると剣を横薙ぎに振る。しかしテイルリザードの反応もなかなかであり咄嗟に後ろへと下がって回避した。
「……素早いな」
次の瞬間、テイルリザードがお尻を向けて尻尾で攻撃してきた。
「あ、危ないっ!?」
少女の叫びが届くが、ソージはそれを待っていたのだ。
ブシュゥゥッとテイルリザードの尻尾が寸断される。悲痛な叫びを上げるテイルリザードは、怒り狂ったかのように突進してくる。
「我を忘れたなら、勝負ありですよ?」
ソージはニコッと笑うと、跳び上がり突進してきたテイルリザードを紙一重でかわして、胴体に向けて力一杯剣を振り下ろした。バシュゥゥゥッと真っ二つに分かれる胴体。
凄まじい断末魔の声を上げて息絶えていくテイルリザード。ソージは相手が死んだのを確認してから炎を消してふぅっと息をついた。
腰を抜かしたようで少女はニャンゴロを抱えながら唖然とソージを見つめていた。そしてソージは彼女に手を差し伸べて、
「ご無事ですか、お姫様?」
よくもまあそんな臭いセリフを言えたものだと自身でも思ったが、少女は真っ赤な顔をしながらもその手を掴んでくれた。
「す、すすすすまない! れ、礼を言うぞ!」
「あはは、別に構いませんよ。それよりもここはどうやら危険なようなので街へと戻りましょう」
「え? だ、だが……」
困惑気味に眉をひそめる少女。だがソージはニッコリを笑い、
「大丈夫です。怪我が治るまで私が泊まっている宿でお世話しますから」
国には一週間はいる。その間で怪我は治るだろうと判断した。
「……ほ、本当にいいのか?」
「ええ、これも何かの縁ですから」
では行きましょうと言って歩き出そうとすると、クイッと服を引っ張られた。振り向くと、恥ずかしそうにモジモジとした少女がいた。
「何です?」
「そ、そのだな……あ、あの…………あ、ありがとう……」
どうやらきちんと礼を言いたかったみたいだ。
(この子供の可愛らしさは反則だよなぁ)
ソージは精神的には二十歳を越えているのでまるで妹と接しているかのような感覚を覚える。
「別にお礼なんていいですよ。行きましょう」
「わ、分かった! だ、だが勘違いはするなよ! あ、あれくらいの敵なら私だって何とかできた……はずだ……多分……きっと」
どうやら自尊心の強いタイプのようだ。ソージは逆なでしないように努める。
「はい。差し出がましいことをしてしまい申し訳ありませんでした」
頭を下げると、少女は逆にどうしていいか分からないような表情を浮かべて、それを誤魔化すように「つ、ついてこい!」と言って歩き出した。