第九十四話 過去との再会
今長卓に大勢が座り顔を突き合わせている。上座にはヨヨが座り、皆を見渡せる位置に座って、一番近くにソージとバルムンクが座っている。
卓にはメイドが用意してくれたハーブティが置かれてある。まだ夜中なので、メイドたちには就寝するように言いつけておいた。
カイナやシーは話を聞きたいということでこの場には残ったが、他のメイドたちは自分たちの部屋へと帰っていった。
そして一呼吸置いたあと、ヨヨが口を開いた。
「さて、いろいろ聞きたいことがあるのだけれど、まずはバルから事情を聞こうかしら」
「畏まりましたヨヨ様。しかしそれにはまず、彼女たちのご紹介が必要不可欠でございます」
そうしてバルムンクが真雪とセイラの対面に座っている薄桃色の髪を持つ女性と、黄色い髪をツインテールにしている少女に視線を向けた。
バルムンクが紹介しようとしたところ、薄桃色の女性がサッと手を上げる。
「バルムンク殿、ここは私が直接名乗るのが筋であろう」
「ふむ、ではお任せ致します」
彼女が何故かソージの方をチラリと見て、すぐに目を逸らす。
(……何だ?)
何か言いたそうな感じだが、ソージに対しては、まだ彼女が何者なのか分からず、過去に会ったことがあるのかまだ実際に体感できていない。
するとガタッと椅子を引いて立ち上がった彼女がバンと自らの胸に手を当てて、
「私の名前はコーラン・ハイオット・シューニッヒだ! ここへやって来た理由は、ある人物に会うためであり、バルムンク殿には案内して頂いたのだ!」
真雪とセイラは彼女のことを知っていたようで笑みを浮かべていただけだが、ソージとヨヨは目を見開いて驚きを得ていた。
「え……あ、あなたが【シューニッヒ王国】の第三王女ですか?」
ヨヨがいまだ信じられないといった様子で聞き返すが、コーランが自らの剣を皆に見せつけるように掲げて言う。
「これを見よ! 我が国剣ヴィオレット!」
見れば確かに【シューニッヒ王国】の国紋である花の形を模した紋章が剣に刻まれてあった。
「お嬢様、確かに【シューニッヒ王国】の国紋のようです」
「ええ、そのようね。それにバルが連れてきたのだから……本物なのでしょ?」
ヨヨがバルムンクに視線を向けると、彼は穏やかな笑みを浮かべながら小さく顎を引いた。
「うむ! 認知されたようで喜ばしいぞ! なら今度は我が従者であるオルルを紹介しよう!」
すると彼女の隣に座っているオルルが静かに立て上がると頭を下げて、
「このようなお時間にお訪ねしてしまい申し訳ございませんでした。只今ご紹介に預かりましたオルル・チェインです。どうぞ、オルルとお呼び下さい」
小さな顔に収まっているクリッとした大きな目と、頬に見えるそばかすが印象的で可愛らしい。大きなリボンが胸元についているワンピース姿だが、彼女にとてもよく似合っている。
「ではこちらも自己紹介します」
ヨヨが立ち上がり、一人一人紹介していく。そして残りはソージとヨヨの紹介を残した時、次にソージが自分で紹介をすることにした。
「私は生まれた頃からこの屋敷でお世話になっております。先程ご紹介させて頂いたカイナ・アルカーサの息子でもあります。こちらにおられるヨヨお嬢様にお仕えさせて頂いております執事長のソージ・アルカーサと申します」
ソージの目には確かにコーランの目がキラキラと光っているのを確認する。その眼の光は何か感動しているような気がするが、やはりどうもソージも彼女とはどこかで会った覚えがする。
しかしなかなか思い出せない。
「最後はこのクロウテイルの屋敷の当主。私がヨヨ・八継・クロウテイルです。どうぞよろしくお願いします」
しかしヨヨの紹介というのにコーランはジッとソージを見つめている。その視線にヨヨも気づいたようで、彼女を一瞥してソージに視線を向けた後、バルムンクを見つめる。
「どうやら彼女たちが探している人物は……ソージのようだけれど?」
さすがの観察力だとソージは舌を巻く。まあ、コーランの言動を考慮すれば分かる者には分かるだろうが。
「ホホ、さすがはヨヨ様。相変わらずのご慧眼でございます。その通り、彼女たちはソージ殿を求めてこちらへやって来られたのでございます」
「やはりね。その理由をお聞きしてもよろしいのでしょうか?」
ヨヨはコーランに聞くが、言葉が届いていないのかずっとソージを見つめているので、慌ててオルルが助け舟を出す。
「ひ、姫様!」
「あっ!? そ、そうだな! うむ、いいぞ! 私の好きなタイプはだな……」
「ちょ、姫様! 誰もそのようなお話はされていませんよ!」
「何!? ソージは私のタイプを聞きたくないというのか!」
「え……私ですか?」
突然の質問に戸惑いを隠せないソージ。何故急にとんでもない爆撃を与えられたのか分からずキョトンとしてしまう。
何故なら皆からの視線が物凄き刺さっているからだ……視線が物体なら間違いなく今頃ソージは血塗れだろう。
「ひ、姫様! とにかく私がお話しますのでお静かになさっていて下さいませ!」
「し、しかしオルル! 私はあの者に会うためにここまでやってきていて!」
「それは重々承知しております! ですが姫様がお口を出されるとお話が脱線します。だからシャラップです!」
「し、しかしオルル……」
「お静かに!」
「う……オルルゥ……」
涙目になりシュンとなるコーランを見て、ソージは何となく力関係を悟る。
(なるほど、あの子の方が発言力がありそうだな)
コーランがどうやら暴走しがちな王女だと考えた。そしてその手綱をしっかりと握っているのがオルルなのだろう。真雪たちを見ると、呆れたように苦笑を浮かべているので、彼女たちもコーランたちの関係を把握しているに違いないと思えた。
「えと……我が姫の代わりに不肖このオルル・チェインがご説明させて頂きます」
オルルが発言を止められて落ち込んでいるコーランを見て溜め息を吐くと、ソージとヨヨの方に顔を向けた。
「私どものの旅の目的。それは先程クロウテイル様がご指摘頂いた通り、そちらにおられるソージ・アルカーサ様を探し求めることでした」
「……理由を聞いてもいいですか?」
ソージにしてもその理由は是非聞きたい。これで先程から感じる既視感の正体が判明するはずだ。
「もちろんです。しかしまず、ソージ様にお一つお聞かせ願いたいことがあります」
「何ですか?」
「今から約七年ほど前、ソージ様は【シューニッヒ王国】に滞在されていた時期がありませんでしたか?」
「七年前ですか? …………そう言えばその頃は」
ソージは対面に座っているバルムンクと視線を交わす。彼が首肯するので、再びソージはオルルに顔を向ける。
「確かに、その頃は世界各地を回り修行の旅をしていたので、【シューニッヒ王国】にも行ったはずです」
七年前と言えばソージが十歳の頃である。その頃はまだこの【ドルキア大陸】を見回っていた。その最中に【シューニッヒ王国】にもしばらく滞在していた時期もあった。
「あの頃はまだ修業を始めたばかりで、バルさんが旅支度を整え、情報屋にも用事があるというので【シューニッヒ王国】に宿屋を借りて一週間ほど滞在していました」
ソージの言葉を聞いて「やはり!」とコーランが叫ぶように言うが、オルルの睨み一つで再び大人しくなった。
「バルムンク様にお聞きしたのですが、その時のソージ様は今のお姿を偽っていたと言うのは真実ですか?」
「え? あ……そうですね、確かにあれは偽りでしたね」
「どういうことかしらソージ?」
「そうそう、偽りってどういうこと? それに本当にコーラン様の探してる人が想くんなの?」
ヨヨと真雪が矢継ぎ早に聞いてくる。
「え、えっとですね……つまりは」
ソージは右手から橙炎を創り出す。突然の所業に皆がハッと目を見開くが、ソージはその炎で自分の髪の毛を覆っていく。
そしてその姿を見てコーランが立ち上がり嬉しそうに顔を綻ばせている。そしてようやく会えた喜びを表すように、
「やはりお前だったのだな……オレンジ髪の少年!」
そう声を張る彼女の笑顔を見て、ソージは記憶の底に眠っている細い記憶が呼び起されていく。