第八十九話 月夜の戦闘
「これは俺が作った《負業の蕾》。この花びら一枚で、その者の憎しみや悲しみを極限にまで膨らませ力に変えるマジックアイテムの一つだ」
そんなものを作り出せるとは、さすがにかつて《神童》と呼ばれただけはある。
「それがトランテさんを……」
ならトランテの胸の中に見えた赤黒い靄の正体はあれだったわけだ。
「だがまだ改良の余地はありそうだな。不完全は醜い。やはり作り上げるなら完璧を目指さなければな……そうは思わないか赤髪?」
「そうですか? 完璧なんてものは作れないかもしれませんし、作っても案外つまらないものかもしれませんよ?」
「なら完璧のさらに上を行くまでだ」
どうやら言葉だけで納得を得られる相手ではなさそうだ。だがソージにはまだ気になることがあった。
「……フェムさんにお聞きしました。死んだはずのあなたが何故生きているのかと」
「そんなことか」
つまらなさそうに言葉を吐くネオス。
「あんなもの自分そっくりの人形を作れば事足りる」
「……しかしあなたのお父上や医者たちも念入りに調べたと言っていましたが?」
「凡人に俺の造形を判別できるものか」
どうやらただならぬ才能のもとにこの世に生まれ出たようだ。それがまだ幼い頃だというのだから空恐ろしく思う。
「……まさか、まさかだと思いますが、その時に起こった《人形師殺害事件》で殺された人形師の方々は……あなたが?」
犯人は別にいて、襲われそうになった時に、咄嗟に彼が造っていた人形でカモフラージュしたということも考えられたが、それにしてはその後に姿を見せなかったのはおかしい。
ということはその事件に何かしら関わっていたと見るのが当然であり、今までの会話の流れから関わっていたというよりは……。
「ああそうだ。よく分かったじゃないか。その事件は俺が実験体を補給するために起こしたものだ」
やはりそうだった。彼は自らの計画のために、罪もない人形師を次々と犠牲にしたのだ。
「ずいぶん身勝手ですね。自らの計画のためにどれだけの命を奪ったのですか?」
「それは多くの魔族の命を奪ったお前とどう違うというのだ?」
「……どうやら私のことも調べているようですね」
確かにソージも綺麗な道ばかりを歩んできたわけではない。その手を血で汚しもしてきている。つい最近では魔族の統率者やその部下である多くの魔族の命も奪っている。
「それは違うわ!」
ソージが反論せずに黙っていると、街人を避難させていたヨヨがいつの間にかここへ戻ってきていた。ネオスは鬱陶しそうに眉をひそめてヨヨを睨みつける。
「女……お前には聞いていないが?」
「ソージはあなたみたいに私利私欲のためだけに殺しはしないわ。その全ては誰かを守るためだもの!」
「……女、お前は赤髪の何だ?」
「私はヨヨ・八継・クロウテイル。ソージ・アルカーサの主よ!」
「……八継? ……そうか、お前はあの女の娘か?」
「!? 母を知っていると言うの?」
「希姫・八継の娘だろう?」
「…………その通りよ」
ソージももちろん知っている。会ったことは数度くらいしかないが、今ヨヨの母親である希姫は【日ノ国】に住んでいるのだ。
「アレも俺の実験の糧にしたかったが、どうも一筋縄ではいかなくてな」
「当然よ。母はああ見えて、このソージに武術を教えた師匠にも勝利する存在なのだから」
それは本当だ。ソージの師匠は先代の執事長のバルムンク。ご存じの通りソージすら引いてしまうほどの規格外な化け物である。その化け物に勝利するのだから、希姫の実力はソージすらもお手上げ状態である。
何度かソージも手合せをしてもらったことがあるが、彼女の立ち位置を五ミリほどずらすだけが関の山だった。もちろん魔法を使えばそれなりに戦えただろうが、純粋な肉弾戦では足元にも及ばない。
そしてどうやら目の前のネオスも一度希姫とやりあったことがあるのか、過去を思い出し嫌そうな表情をしている。もしかしたら相当ボロボロにやられてしまったのかもしれない。
「いつか奴も俺の計画に役立たせてやるがな」
「そんなことはさせませんよ。あなたはここで、私がぶち消します」
ソージから殺気が放たれる。敏感に感じ取ったネオスは《負業の蕾》を懐へと収め、そのまま片手を上空へと向ける。すると彼の身体から空気をビリビリと震わせるほどの魔力が放出される。
(……何て膨大な魔力量だ!)
ソージは表情には出さないがその魔力量の多寡に驚きを得ていた。それと同時にまるでこの世の憎しみを凝縮したような見ているだけで気分が悪くなる気質を魔力から感じた。
ネオスの上空の空間にピキィッと亀裂が走り、音とともに亀裂が無数に広がっていく。そしてガラスを割ったような乾いた音が響き、空間に大きな穴ができあがる。
「お嬢様、お下がり下さい!」
ソージはあの穴を見てヤバイと判断した。幸いヨヨのお蔭で、ここ周辺の街人は避難しているが、ヨヨがまだそこにいるので早く避難してほしかった。
欲を言えば地面で横たわっているトランテも何とかしたい。だがヨヨ一人ではトランテを運ぶことはできないし、そんなことをしていると、戦いに巻き込まれてしまう可能性が高いのだ。
するとそうこうしているうちに、上空にできた巨大な虚空から、次々と【シンジュ霊山】で見たことのある巨大生物が落とされてきた。
「何て数だ……!?」
地面にボタボタと落ちてくる巨大生物たち。その数はゆうに十体以上は軽く越えている。
「これが全て彼が造った《自動人形》だと言うの?」
ヨヨの驚きは尤もである。フェムも言っていたが、本来《自動人形》というのは一人一体使役するのが精一杯なのだ。それは天才と呼ばれたフェムもまた同じ。それが常識だと言われている。
だがネオスはその常識を鼻で笑うかのごとく覆している。
「なるほど……確かに自らを超越者と呼ぶわけですね」
ソージすら身震いするほどの魔力量とその質。そして十数体の《自動人形》を苦も無く召喚し操作する技量。その全てが常人とはかけ離れ過ぎている。
「さあ、ただの肉塊にしてやろう」
ネオスが屋根の上で冷ややかに宣言すると、一斉に《自動人形》たちが動き出す。やはりどれも【シンジュ霊山】で見たような継ぎ接ぎだらけの気持ちの悪い人形ばかり。
だがその力は強く、容易に一撃で地面を割るほどのものだ。無防備で一撃でもくらえば相当のダメージを受けることになる。
(お嬢様を守りつつコイツらを片づけるには骨が折れるな!)
ソージは両手を広げると、高らかに宣言する。
「喰らい尽くせ! 白炎!」
ソージの両手から二つの白炎が生まれ、まるで二匹の蛇となって人形たちに襲い掛かる。バキバキバキィッと向かってくる人形を喰らっていく白炎。
「ふむ、やはりその魔法は驚愕だな」
ネオスが他人事のように感心している。
「ならその威力、自分で確かめてはどうですか!」
ネオスに向かって放たれる白炎。しかし物怖じすることなくネオスはフッと鼻で笑う。すると彼に向かっていた白炎が横から人形に殴られ吹き飛ばされる。
「くっ!」
「食べるということは実態があるということだ。殴って吹き飛ばすことができるのも必然」
その通りだ。白炎は普通の炎と違って燃やす性質もなければ気体でもない。しっかりした固体なのだ。故に触ることも不可能ではない。
「これで炎だというのだから笑わせてくれる」
「ならば! これならどうですか!」
ソージは左手から出している白炎を一旦消して、
「燃え焦がせ! 赤炎!」
「っ!?」
初めてネオスの目が大きく見開き驚愕したことが伝わった。ソージの左手から生まれる紅蓮の炎。それは周囲にいる人形や大地を燃やしながらドラゴンが吐く業炎のごとくネオスへと向かっていく。
するとネオスは再び上空へと手をかざす。まだ上には巨大な穴が広がっている。そしてそこから驚いたことに水の波動が放たれた。
「なっ!?」
ジュゥゥゥゥゥゥゥッとソージの赤炎が大量の放水により勢いを止められてしまっていた。ソージは一旦赤炎を解除し場の状況を把握する。
その時、穴から地面にいる人形たちよりも一際大きな水色の物体が姿を現す。
「まさかコイツまで使うことになるとはな」
そう言うネオスの表情はどことなく楽しそうだ。さらに穴が徐々に小さくなっていき、水色の物体の全容が明らかになったと同時に空間に生まれた穴が閉じた。
その物体は身体が水で構成されているのは外見で判断できた。赤々とした真紅の瞳に全てを呑み込むような巨大な口。立派な力強そうな体躯を見て、明らかにソージの目にはこう映っている。
「……まさに恐竜ですね」
そうそれは恐竜そのもの。睨みつけてくる威圧感は、とても人間が出せるようなものではない。常人なら腰が抜け震え上がっていることだろう。
「俺の一つの傑作、アクアラプトルだ。堪能するがいい」
するとアクアラプトルの口から大量の水が吐き出される。
「まずい!」
ソージはヨヨのもとへ駆けつけ、彼女を抱えて上空に跳び上がり、
「想いを像れ! 橙炎!」
咄嗟にオレンジ色の炎を左手から創り出し、空飛ぶ雲のような物体を造形し、それを足場にする。
「益々面白い。赤髪、お前はどこまで興味深い奴なんだ」
ネオスはソージの橙炎を見て楽しそうに笑みを浮かべている。