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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第四章 闇の人形師編
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第八十八話 闇夜のネオス

 トランテの動きは素早いものだった。身体が大きくなっているのにもかかわらず、凡そ素人では考えられないほどの動きを見せている。

 だが戦闘訓練を死ぬほど経験したソージにとっては何て事のないスピードではある。彼の振り下ろす拳を軽やかにかわすと、すぐに背後へと回る。

 そのままトランテが後ろ回し蹴りを加えてくるが、それもソージには掠りもしない。



(このまま隙を見て緑炎で彼を!)



 ソージは右手からボボッと緑色の炎を創り出し、相手の動きをジッと観察して隙を窺う。トランテは動き自体は常人のそれより速いが、対処できないほどでは決してない。



 少し厄介なのは彼の反射神経である。後ろへ回ってもすぐにソージの存在に気づいて連撃を放ってくる。



「仕方ないな。少し我慢してもらうか」



 ソージは左拳をギッと握り締めると、大地を蹴り上げ瞬時にトランテの懐に詰める。そしてそのまま彼の腹に拳を突き出す。



「オガアッ!?」



 トランテはそのまま後方へと吹き飛び地面に転がる。ソージは今が好機だと考え彼に向けて、



「癒しを施せ! 緑炎!」



 右手をかざし緑炎を噴出する。真っ直ぐ向かった炎は優しくトランテを包んでいく。地面に倒れながらもトランテは炎を払いのけるように全身を動かすが炎は纏わりついて離れない。

 しばらくその状態が続くがソージは顔をしかめてしまう事実に気づく。



「……何だこの感じ?」



 それは今放っている緑炎の効果が全く効いていない予感。事実トランテは鬱陶しそうに身体を先程から動かしているだけだ。一向に元に戻る気配すらない。



「どういうことだ……?」



 ソージは一度緑炎を解除して、トランテを解放して確かめることにする。だがやはり中から出てきたのはさっきと何も変わらない変わり果てたトランテである。

 トランテはバキッと地面を苛立ちながら蹴ると、そのままソージへと突進していく。ソージは彼の攻撃を回避しながら、何故治せないのか思案している。

 そこへ騒ぎに気づいた街人たちが姿を現す。



(まずいな! オレ一人ならともかく、街人を狙われたら……)



 そう思い、ヨヨに街人を必要以上に近づけないように頼もうとすると、彼女はすでに動いており、その場から避難させていた。



「はは、さすがはヨヨお嬢様」



 仕事が早いと思いつつ、もう一度左拳をトランテの腹に入れて悶絶させる。



「何度もすみませんトランテさん。ですがあなたのためでもあるのです」



 もし彼が暴走し過ぎて罪もない人を殺してでもしたら、きっと彼は耐えられないほどの罪を背負うことになってしまう。



(だけどこの変わり様……一体トランテさんに何が……)



 地面に倒れているトランテを観察しているが、やはり彼がこうなった原因が分からない。気になるのは彼の胸に見える赤黒い靄ではあるが……。



「《魔核》……じゃないな。あんな光は放たないし……ならアレは何だ?」



 これまでの経験の中から似たような現象を思い出そうとするが検索に引っ掛からない。



「やはりまずは意識を奪ってから調べる方が良いか……」



 トランテは殺したくはない。緑炎で戻せないのであれば、殺傷能力の高い他の炎は使えない。肉弾戦で彼の意識を奪わなければならない。

 しかし彼は元々戦闘などできないひ弱な人物。手加減を間違えられないなと戒めを背負い全身に力を込め始める。



「トランテさん、かなり痛いと思いますが我慢を」



 シュッとソージがその場から消える。いや、トランテには感知できないほどの動きで間を詰めた。そして彼の足を両手で持ってジャイアントスイングばりに彼の身体を振り回す。

 そしてそのまま上空へと放り投げて、ソージも同じように跳び上がる。



「グアアッ!」



 下から突き上げるようにしてやって来るソージにトランテは拳を突き出すが、ソージは手を添えて上手く力の方向をずらし、そのまま彼の懐へと忍び込む。



「ガッ!?」

「これで大人しくして下さいね! はあっ!」



 ソージは右拳をまたも彼の腹にめり込ませ、凄まじい勢いで地面へと落下させた。体重も身体の大きさと比例して重くなっていることもあり、地面が陥没してしまった。

 少しやり過ぎたかなと思いつつも、上空から彼が身体をピクピクと動かしているのを確認してホッとする。



 そのままソージは地面へと着地し、ゆっくりとトランテのもとへ向かう。どうやら意識を失っているようで何とか狙い通り気絶させることができたようだ。

 だがその時、背中に寒気が走り、耳にはまるで氷のように冷たい声音が響いた。



 ―――――――――――――やはりこの程度か。



 ソージは声の方向へすぐさま全身を向ける。そこは近くにある建物の屋根だった。



「……あ、あなたは!?」



 ボロボロの赤茶色のローブを身に纏い、顔だけを出した姿。それは以前にもソージが見た記憶そのままだった。



「…………ネオス・D・ドレスオージェ……」



 月明かりに美しく映える銀髪を夜風で微かに揺らしながら、以前と同じようなナイフのような見るものを全て斬殺してしまう恐れを抱かせる冷たい瞳。額には血のように真っ赤なバンダナを巻いている。間違いなかった。彼はフェムの兄であるネオスである。



「ほう、俺の名を……なるほど、あの愚妹にでも聞いたか」

「おやおや、フェムさんは優秀ですよ? それに妹と認めているのであれば、もう少し優しく振る舞ったらいかがですか?」

「面白いことを言う。アレは確かに俺と血は繋がっているが、ただそれだけだ」



 ソージの眉が不愉快さを感じてピクリと上がる。



「俺の足元はおろか、影さえも踏めない愚かで矮小な肉の塊だ」

「白炎!」



 ソージの右手から刹那の如く繰り出される白い炎。大口を開けた炎が、ネオスを呑み込もうとするが、その場から一瞬にして別の建物の屋根へと移動する。



(速いっ!?)



 ハッキリ言って見えなかった。ソージは警戒度を最大限に高めていく。



(動いた……? いや、移動したというよりは消えたって感じだった……何をした?)



 ネオスを睨みつけながら彼が今行った行為を分析し始める。しかし当人のネオスは興味深く白炎を見つめている。



「ほう、何とも興味のそそる魔法だ。白い炎……しかも燃えない。その性質は消失か……実に面白い」

「それはそれは、楽しんで頂けて光栄ですが……なるほど、トランテさんをこんなふうにしたのもあなただというわけですか?」

「だとしたら何だ?」



 刃悟と善慈から聞いたトランテの連れ。それが銀髪であることからも、ネオスで間違いなかった。



「トランテさんに何をしたのですか?」

「実験だ」

「実験?」

「赤髪、俺のためにその力を使え」

「……は?」



 突然の勧誘に怪訝な表情を向けるソージ。



「俺が今まで実験してきた中で、お前ほど興味がそそる魔法の持ち主は久しぶりだ。その力、俺のために使え。そうすればお前に永遠の時と絶大な力を与えてやる」

「興味がないですね」

「何? 不死の身体、全てを壊せる力が持てるんだぞ?」

「……人というのはいつか必ず死ぬ。だからこそ皆は精一杯日々を生きるのですよ。それに私が得たい力は壊す力ではありません。大切な家族を守る力です」

「家族? 笑わせるな。家族に何の意味がある?」



 冷笑を浮かべながら、馬鹿にするようにソージを見下ろしてくる。



「一つだけ教えてやろうか。他人は他人だ。他人とは永遠に分かり合うことはない」

「そんなことはありません。他人でも、そこに強い信頼関係が生まれれば、私にとってその人物は家族に成り得ます。大切な人たち。守りたい人たち。そう思える人たちのことを私は家族と呼びます」



 それはヨヨの教えでもあった。そして家族なら一緒に生きたいと願うのは当然。幸せを願うのは必然。だからこそ、誰にもそれを奪わせないために守るのだ。



「つまらない口上はよせ。家族などただの言葉だ。人は簡単に人を見捨てるし裏切る」

「…………」

「信頼関係? 詭弁だな。そんなもの、きっかけ一つですぐにでも破綻する脆いものだ。痛み、悲しみ、憎しみ、妬み、あらゆる負の感情によって、強い信頼関係など、ただの殺意へと成り変わっていくだけだ」



 淡々と言葉を連ねる彼の表情は、何かを諦めているかのように感じた。



「人が皆平等に持ってるものは生と死だけ。だが、人の中にも選ばれた存在は確実に存在する。それが俺だ」

「ずいぶん傲慢ですね」

「違うな、純然たる事実だ。俺のような選ばれた存在は、他人と同格であるべき必要などない。他人が持つ生と死など不必要。超越者として、俺は高位の存在なのだ」

「嫌ですね、あなたがそこにそうしている。それが生に他なりませんが?」

「ああ、だからこそ怖気が走る。いまだにゴミクズのような他人と同じ生を感じていることが腹立たしい。だからこそ、俺は求めている。最高の存在になるために俺は、その間の生を我慢してやってるだけだ」

「……トランテさんに対してやったことも、あなたのそのくだらない計画の一端を担っていると?」

「無論だ。今俺は憎しみや痛みを越える実験をしている。ちょうどそいつは実験体に相応しい憎しみを持っていた。だから声をかけてやったのだ」



 実際にトランテは祖父であるナリオス卿の仇をとるために犯人を捜していたのだという。しかしある街で彼の存在を聞きつけたネオスが、彼をちょうどいい材料として彼の憎しみを利用したらしい。



「コイツを見ろ」



 そう言って懐から取り出したのは赤黒い花びらにつつまれた蕾のようなものだった。




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