第八十七話 トランテ来襲
倉庫の整理をしている時に、ヨヨから至急執務室へ来るようにと命を受けて、ソージは一旦倉庫整理を中断することにした。
セイラもちょうど休憩時間が終わりだったので、感謝を述べてからソージは執務室へと向かった。
「来たわねソージ」
部屋に入るとそこには刃悟と善慈もいた。ソファに座って用意された茶を飲んでいる。彼らには【アカトール】についての事件を調べてもらっていた。というよりは、行方を眩ませていたトランテを探してもらっていたのだ。
彼らが戻ってきたということは、何かしらの情報を得たということかもしれない。
「朗報よソージ。トランテの消息が判明したわ」
「どこです?」
「【バッスル】だ」
そう答えたのは刃悟だ。
「【バッスル】というと、ここから近いですね」
小さな町であるが、活気がありソージもたまに買い出しに向かう場所でもある。
「そこにトランテさんが?」
「あくまでもトランテのような青年がいたという情報だけれどね」
善慈がそう言うと、お茶を飲み「ああ、美味しいわ~」とほんわかしている。
「だけれど少し気になることがあるようなのよ」
「そうなんですか?」
ソージはヨヨの言葉を受けて刃悟と善慈に顔を向ける。するとめんどくさそうに刃悟が喋る。
「何でもよ、トランテには連れがいるようなんだ」
「連れ?」
「ああ、分かってんのはその連れが銀髪だってことだ。何でも酒場に二人で現れたらしい」
「銀髪……?」
ソージの頭の中に銀髪の人物が次々と浮かんでくるが、どの人物もトランテと縁がない人物である。
「ただ妙なのは、そのトランテだっけか、そいつが突然血相を変えて酒場から飛び出していったらしいぜ」
「飛び出した? どうしてでしょうか?」
「さあな、ただその時のトランテの顔は恐怖に歪んでたって話だ。その連れがトランテを追いかけていったが、しばらくして妙な悲鳴が聞こえて、酒場にたむろしてた連中が様子を見に行ったが、何も見つからなかったらしいぜ」
「しかもさっきまでいたトランテとその連れの姿はもうどこにもいなくなってたってことらしいわ~。まあ、町から出ていったのは間違いないわよね~」
なら問題はトランテらしいその青年がどこに行ったかということだ。そしてその連れとは何者なのか……。
ただ一つ気になるのは、【アカトール】に【バッスル】と、徐々にソージが住む【モリアート】に近づいていることだが、もし本当にトランテなら、ソージたちに助けを求めるために向かってきているのかもしれない。
まだ彼が【アカトール】の事件を起こしたのかどうか判明していないが、もし彼がやったとしたら、罪の意識に苛まれて助けを求めにきてもおかしくはない。
トランテとはあまり親しくしてはいなかったが、それでも話しているとその人柄は良く分かる。とても屋敷を全焼させるような人物には見えなかった。
臆病そうで人の好さそうな印象があった。だからこそ、ソージはどこかで彼が起こした事件ではないことを願っている。
二人には引き続き情報収集を頼んだ。刃悟は面倒だと愚痴を溢しながらも、その報酬としてソージと戦えるので、仕方無く力を貸してくれている。思った通り、彼らは身軽なのでソージが実際に動くよりスムーズに情報を集めてくれる。
いずれにせよ、普段の仕事がある以上、ソージはなかなか情報収集には動けないので、彼らの存在は助かっている。無論情報収集にかかる資金などはヨヨが用意している。
数日後の夜、【モリアート】から伸びている街道に《セグランサの橋》ではローブで身を隠した一人の人物が歩いていた。その橋を渡り切り、もう少しで【モリアート】に辿り着くといったその時、突然その人物を挟み込むように二人の人物が姿を現す。刃悟と善慈である。
「ちょっと待ちな」
刃悟が前に立ち塞がると、ローブの人物はピタリと足を止める。
「悪いが、こっちも仕事なんでね、その顔、拝ませてもらうぜ」
そう言いながら近づき、フードを脱がせて顔を確認する刃悟。
「やっぱな、あのクソ生意気な赤髪に言われた通り、ここで張ってて正解だったようだぜ」
実はソージから、もしかしたら件の人物がこの街道を通るかもしれないという話を聞かされていた。半信半疑な刃悟だったが、依頼主の言うことなので素直に聞いた。
「アンタ、トランテ・ナリオスだな?」
フードから露わになった顔は、ソージから説明を受けた通りの面相をしている。ただかなりやつれているようで、頬もこけて目の下の隈がかなり目立つ。
「一緒に来てもらうぜ?」
そう言って刃悟が彼の肩に触れようとした瞬間、
「刃悟、上よっ!」
突然善慈が叫ぶので刃悟もハッとなって上を見上げる。するとそこには鳥のような影が真っ直ぐ降下してきていた。
「ちぃっ!」
刃悟は仕方無く後ろへと大きく跳びその影の突進から身をかわす。そして翼をバサバサとはためかせ、トランテの目の前に降り立ち血走った目で威嚇を始める。
だがその影の正体が月明かりで目視できるようになり、思わず刃悟がアッと声を漏らしてしまう。
「コイツ……何でここにコイツが!?」
刃悟にとっては初めてでない相手が目の前に立ち塞がっていた。それは初めてソージと会った時にせっかくの戦いを邪魔した憎き相手――――グランイーグルだった。
しかしこの怪鳥は【シンジュ霊山】にしか生息していないはずなのだ。それなのになぜこのような場所にいて、しかもトランテを守っているのか謎である。
ただどうも話を聞いてくれるような雰囲気でもない。まるであの時と同様に、卵を奪われて怒り狂っている時と同じような目をしている。
「おい善慈! 何だか分からねえが、コイツはぶっ飛ばしてもいいんだよな!」
「そうね、でも気を付けなさい! どうやら敵はそれだけじゃないわよ!」
「はあ!?」
善慈の言葉をきっかけにゴゴゴゴゴゴと地面が揺れ始める。
「な、何だ地震か!?」
「違うわ! この感じ! 【シンジュ霊山】と同じよ!」
すると地面が盛り上がり、その中から巨大な人型生物が姿を現す。しかも二対同時にだ。
「何だよコイツら!? あ、おいちょっと待ちやがれっ!」
刃悟の目の先には、刃悟たちを無視して【モリアート】へ向かうトランテが映った。刃悟が慌てて追いかけようとするが、巨大生物とグランイーグルに阻まれる。
「ちっ! とおせんぼってか!」
「どうやらトランテは街に用があるみたいね! 刃悟、やることは分かってるわね!」
「ああ、コイツらをぶっ飛ばせばいいんだろ!」
刃悟は楽しそうに口角を上げると身構えた。しかしまたも地面が盛り上がりさらに二対の巨大生物が追加された。
「けっ! 上等だ! テメエらまとめて【火ノ原流】の餌食にしてやらぁ!」
ベッドで静かに寝息を立てていたヨヨが、ふと何かを感じ取ったかのようにうっすらと目を開ける。そしてゆっくりと上半身を起こしてそのまま窓の方へと視線を動かせる。
その時、コンコンとドアをノックする音が室内に響く。
「……ソージかしら?」
するとドア越しにソージの声が届く。
「はい。夜遅く申し訳ありません。ですが……」
「ええ、感じたわ。何か嫌な魔力ね」
「はい。どうやら街の方から漂ってきますが、調査の必要があるかと」
「……皆は?」
「気づいたのはどうやらオレとヨヨお嬢様だけのようです」
ヨヨはベッドから立ち上がり服を着込む。そしてドアを開くと、
「私も確認しに行くわ。何か嫌な予感がするの」
「……オレとしてはここにいて下さる方が良いんですけど……」
「あら、執事長ともあろうものが、私一人守れないのかしら?」
「……畏まりました」
ヨヨとソージはできるだけ音を立てずに屋敷を出ていく。屋敷の敷地内から出て街中を歩いていると、目の前から小さな影が歩いてくる。
その影は徐々に大きくなっていき、それが人だと理解する。
「まさか……」
ソージはその人物の顔を見て目を見開く。
「……トランテさん……!?」
ピタッと足を止めたトランテ。だがそのトランテの表情に驚く。一切の光が感じられず、まるで虚無に囚われているかのような意志の感じられない瞳が印象的で言葉を失う。
するとトランテが着ているローブを剥ぎ取り、さらに驚くべき姿を見せつける。彼の胸から赤黒い靄のようなものが出現しており、細見でとても頑強そうには見えなかった彼の身体だったが、突如としてボンボンッと筋肉が膨れ上がった。
「これは……っ!?」
そしてトランテが、その膨れ上がった腕を地面に突きつけた。バキィィィッとソージとヨヨが居る場所に向かって地面に亀裂が走る。
「お嬢様危ない!」
ヨヨを抱きかかえるとその場から距離を取る。そして目を最大限まで見開き、身体も数倍にまで巨大化した変わり果てたトランテをソージは信じられない面持ちで見つめる。
「一体何が……?」
「どうやら何かの力によって、トランテの身体を異常形態化させてるようね」
冷静にヨヨが分析する。
「ならオレの緑炎で元に戻せばいいんですね?」
「…………」
だがヨヨはそれには答えない。ソージもヨヨの態度に不思議さを感じたものの、ヨヨを安全な場所へと避難させると、再びトランテと相対した。
「トランテさん、何があったかは分かりませんが、あなたは必ず元に戻してみせますよ!」




