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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第四章 闇の人形師編
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第八十六話 言えない言葉

「む~むずかしいでうすぅ~」



 机に突っ伏して頭をグリグリと動かしているのはニンテだ。



「このけいさんは、まだかんたんなほうなの」



 彼女と対面するように座っているのは頭に存在する羽衣である《燈衣》が特徴の星海月族であるユー・ソピアだ。何故ニンテが唸っているのかというと、今ユーに計算問題の解き方を教えてもらっているからだ。

 しかし暗記力や勉強に対する向上心は強いニンテだが、計算はかなり苦手のようで、ユーが作った計算問題に四苦八苦しているのだ。



「う~何でユーちゃんはこれが暗記でできるんです?」

「ん~なんとなくなの」

「天才の言葉ですぅ! わたしにはむずかしいです~」

「で、でもおにいちゃんが、これくらいできたほうがニンテのためだっていうの」

「それはわかってますけどぉ……」



 その時、コンコンとノック音が鳴る。ここはニンテの自室なのだ。ニンテが返事をしてドアを開けると、



「おや、ちゃんとやってるようですね」



 当屋敷の執事長であるソージ・アルカーサが登場した。手にはトレイを持っており、その上に茶菓子などが用意されてある。



「根詰めてもよくないですからね。少し休憩にと……お邪魔でしたか?」

「うわ~そんなことないです! ありがとうございますです!」

「おにいちゃん、こっちすわるの」



 ニンテもユーも喜んでくれているようだ。ユーが進める椅子へとソージが腰かける。だが喜びも束の間、二人の視線はソージの膝に向く。そこにはソージが持ってきた菓子を手に取り、ムシャムシャと美味しそうにリスのように齧っているシャイニーがいた。



「む~やっぱりシャイニーちゃんうらやましいです~」

「そうなの。おにいちゃんは、もっとユーたちをかまうべきなの」

「えっと……」



 二人の言葉にタジタジとなるソージ。確かにシャイニーが産まれてからは、前ほど二人と親密に話などはしていない。無論仕事が忙しいということもあるが、傍にはいつもシャイニーがいるので結局二人は遠慮してソージに近づいていないのだ。



 二人には悪いなと思いつつも、まだ産まれたばかりのシャイニーをビシッと注意できず、ソージは流れに身を任せているだけだ。



「まあでも、おにいちゃんはこうして、おかしとかつくってきてくれるから、もうすこしくらいはがまんしてあげるの」

「そ、そうです! わたしたちはお姉さんです!」



 ソージはそんな二人の言葉が嬉しくなって、つい左右に座っている二人の頭を撫でてしまう。



「ありがとうございますニンテ、ユー」

「あぅ……へへ」

「えへへなの~」



 しかしその時、ソージの胸辺りにトントンという衝撃が走る。見ればシャイニーが頭を後ろに動かしてソージの胸を叩いていた。



「ど、どうしたんですシャイニー?」

「パパ……ナデナデして」



 どうやら二人を見てヤキモチと焼いたようで、ソージは何だかその姿が可愛らしく思い、彼女の頭も撫でる。すると気持ち良さそうに目を細め、真正面を向いた彼女は、ニンテとユーを視線に入れると、自慢げにニッコリ微笑む。



「はう!? 挑戦的ですぅ!」

「むむむ! ユーだってまだまけてないの!」



 それからは大変だった。やれこっちもそれこっちもと、ナデナデのオンパレードだ。指紋が無くなるのではと本気で心配するほど、ずっとソージは彼女たちの頭を撫で続けていた。



 



 ニンテたちとの談笑、というかナデナデタイムが終わり、ソージは自分の仕事へと戻った。本日は物置になっている倉庫を整理しようと思っていたのだが、どうも一人では時間がかかると思い、助け舟を求めようとメイドたちに声をかけたが、皆自分の仕事が忙しくて時間がとれなかった。



 仕方無く一人、まあオマケにシャイニーはいるのだが、実質一人で整理するかと思っていると、そこに星守セイラがやって来た。



「あ、あのソージさん、先輩にお聞きしたのですが、倉庫を整理なさるのですよね?」

「はい、ですが皆さん忙しくて、どうやら一人ですることになりそうで」

「で、でしたらセイラが手伝います!」

「へ? いいのですか?」

「は、はい。今休憩中ですので」

「い、いや、休憩中に申し訳ないですよ?」

「いえ! そんなことありません! 是非やらせて下さい!」



 グイッと顔を近づけてくるセイラ。その紺碧の瞳は、ずっと見ていて飽きないほどの輝きを持っている。さらに整ったハーフの顔立ち。美顔には思わず頬を赤らめてしまう。



「わ、分かりました。ではお願いします」

「はい!」



 セイラも笑顔は素晴らしい。真雪が太陽なら、セイラは小さいながらもその可愛さは目を引きつけるコスモスのようである。

 シャイニーも一緒に三人で一階の西端にある部屋に向かう。中にはそれはもういろいろなものが山積みになっている。



 ソージやヨヨが仕事先で頂いたものがほとんどだが、中には絵画や骨董品などもあり、もしかしたら相当に値が張るものだってあるかもしれない。

 広さは十畳ほどだが、周りが棚で囲まれているのでもっと狭く感じてしまう。



「とにかく、まずは仕分けですね」

「どういう仕分けをしますか?」

「まあ、見たところ選別が難しいものばかりありますが、とりあえず優先すべきなのは壊れ物とそうでないものを分けることですね」

「分かりました」



 セイラはやる気を示すように腕まくりをして作業に取り掛かっていく。



「さてシャイニー、君はどうしますか? 部屋で待っていますか?」

「ん~はやくおわゆ?」

「そうですね……結構かかるかもしれません」

「やったらおへやでまってゆ」

「そうですか、それならせっかくですからヨヨお嬢様のところへ言ってお話でもしてきたらどうですか?」

「ううん、しゅこしねむいからねゆ」

「あはは、そうですか。それじゃ仕事が終わったら起こしに行きますね」

「うん! まってゆ! がんばってねパパ~!」



 ソージが彼女の頭を撫でるとシャイニーは嬉しそうに破顔してソージの部屋へと向かった。それを見ていたのかセイラは穏和な笑みを浮かべている。



「しっかりお父さんされてますね」

「え? あはは、そうですか? 父と言われても実感などないですがね」

「いいえ、だってシャイニーちゃん、とても嬉しそうですから」

「……オレは向こうの家族に迷惑をかけちゃいましたから……だからせめて、こっちの家族には幸せになってほしいんです」

「……ソージさん」



 ソージの突然死で、日本の家族がどれほど嘆いていたかは真雪に聞いた。実際に会って抱きしめることも、詫びることもできないが、せめて日本の家族の幸せを願おうと思っている。



 そして今ここにいるヨヨたち新しい家族は、自分が最後まで笑顔を守り続けようとソージは思っているのだ。



「ソ、ソージさん」

「何です?」

「……い、今はセイラのこともその……か、家族だって思って頂けていますか?」

「もちろんですよ」



 ソージの言葉にセイラはパアッと花が開いたように笑みを浮かべる。その顔は思わず見惚れてしまった。



「う、嬉しいです!」

「ですが……」

「……?」

「ですがいつか、真雪もセイラさんも自分の世界へ帰るのですよね?」

「あ……」

「そう思うと、やはり寂しい気持ちにはなりますよね」



 そう、彼女たちには自分たちの世界があるのだ。ソージはもう転生して日本に帰ることはできなくなったが、真雪とセイラは違う。地球が、日本が彼女たちの住むべき世界なのである。



「そ、その……ソージさんは……セイラたちがここに」

「な~んて!」

「え?」

「あはは! 何か暗くなっちゃいましたね! よ~し、まずはさっさと仕分けしちゃいましょうセイラさん!」

「……はい」



 セイラは何かを言いたそうな顔をしていた。ソージは彼女のそんな姿を見て見ぬフリをした。彼女が言いたいことは凡そ見当はついている。

 しかしそれを望めば彼女たちを苦しめることになるのは明白。だからソージは決して口にしない。自分と真雪たちはもう生きる場所が違うのだ。



 こうして会えただけで満足するべきであって、それ以上の奇跡を望む必要はないのだ。



(ごめんね……セイラさん)



 心の中でソージはセイラに対して謝罪するが、やはりいつまでもこうして何気無い日々を皆で過ごせたらいいなとソージは強く思わずにいられなかった。





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