第八十四話 思いがけぬ訪問者
【アカトール】の大火。情報が大陸中に広まった。死傷者多数。中には子供もいたという。
「酷いわね」
報を聞き、ヨヨは執務室で顔をしかめていた。
「一体誰が……」
ソージが眉をひそめて言葉を発したが、ヨヨはそのまま難しい表情をソージへと向ける。
「ソージ、【アカトール】についてできるだけ詳しい情報を調べなさい」
「え? まさか犯人を捜すんですか?」
確かに酷い事件ではあるが、こういう虐殺事件は、何も珍しくはない。今のご時世では、賊が腹いせに平気で街を襲ったりするのだ。
探偵でもないのに、一文の得にもならない事件をヨヨが扱うなど思ってもいなかったのだ。
「あなたが疑問に思うのは当然ね。だけれど、私の勘が正しければこの事件……」
「……お嬢様?」
「……ふぅ、とにかくまずは調べてほしいの。特に【アカトール】に住む貴族。それもナリオス卿に関わりがあるかどうかを」
「!? ……まさかお嬢様はこの事件……」
「いいえ、そうでないことは願っているわ」
ヨヨはそう言いながら立ち上がると「少し休むわ」と言って自室へと向かった。
「この事件……ただの放火じゃない?」
言い知れぬ不安が胸に過ぎるが、とにかくヨヨの言う通りソージは【アカトール】貴族を調べることにした。
街自体が完全に焼失したわけではないので、住民たちに話を聞きに【アカトール】へと向かった。もちろん傍にはシャイニーがついて離れない。
街に着くと、広場にはシートの上に多くの寝袋のようなものが寝かされてあった。その中には今回の事件で死傷した者が納められてあるのだろう。その数はかなりのもので二十ほどあった。
その周りには悲しげに包まれている住民たちがいて、横たわる黒い寝袋を見続けている。
どうやら焼失したのは街の東部分であり、そこには街を代表するような大きな屋敷があったのだろう、敷地はかなり広大であり、庭も立派な菜園が広がっている。
街のほぼ半分が屋敷の敷地らしく、敷地内には屋敷だけではなく様々な建物も立ち並んでいたようだ。
屋敷や建物があったであろう場所は見事に全焼しており、今もなお所々から煙が立ち昇っている。
「すみません、少々お聞きしたいことがあるのですが」
ソージはその屋敷の周りにいた主婦らしき人物に声をかける。
「え? あ、何だい?」
「このお屋敷は……?」
「ああ、もしかして他から来た人かい? じゃあ知らないかもね。昨夜屋敷が放火にあったみたいでね」
「どなたのお屋敷なのですか?」
「ハブリ様だよ。ハブリ・デンドー・シャーキン様、知らないかい?」
その名前は耳にしたことがあった。シャーキン卿と言えば、かなりの商才を持つ人物であり、他の街にも自身が手掛けた店があるとのこと。
あまり詳しくは知らないが、ハブリの代になった時から、急激に儲かっているという噂である。ヨヨとは交流はないが、一度どんな人物か会ってみたいとは思っていたらしい。
「あそこの店もハブリ様の経営してる店なんだけどね、そこもやられちゃってさ」
見れば屋敷から建物を三軒ほど離れた場所も、確かに全焼の跡が見て取れた。
「何の店だったのですか?」
「ハブリ様はマジックアイテムを専門に扱う商売をなさってたよ」
「マジックアイテム……ですか……」
ソージは再び焼失した屋敷を見て、すぐに広場の方に視線を移動した。
「……亡くなられた方は全て屋敷の方たちでしょうか?」
「そうみたいだね。まったく酷いことするよ。子供には罪がないってのにさ」
「……? 子供には罪が無い?」
「ん? だってこれってハブリ様に恨みを持ってる人の仕業だろ? あの人は結構あくどいこともしてたみたいだからさ。そうじゃなければ、一代でこんなにも儲かるわけないさね」
夫人が苦笑を浮かべながら「そんじゃあたしは買い物があるから」と言って去っていった。
(あくどいこと? これは少し調べる必要があるな)
ソージはハブリという人物がどういう素性を持った者なのか街の人に聞いて回った。そして凡そ彼の噂は悪いものばかりだった。
金のためなら平気で人を殺すような発言もしていたらしい。金貸しもやっており、返せない者には無理矢理土地を奪い、中には女性を攫って裏オークションにまで出すという非道なこともやっているという噂もあった。
(思った以上に人から恨みを買ってるみたいだけど……)
調べれば調べるほど出てくるハブリの悪行。しかしどれも証拠がなくて噂だけというのが性質が悪い。これだけの噂があるのであれば、必ず何かしらの悪行はやっているはずだが、今回もその悪行の被害者の仕業である可能性が大いに高まった。
そして次に尋ねた人からは思いもよらぬ事実が聞けた。
「何でもさ、ハブリさんが《金滅賊》と会っていたところを見たって言う男がいるんだよ」
「《金滅賊》……ですか?」
段々と糸が繋がってきた。ソージはその男の居場所を聞いて早速会いに行った。彼は酒場で昼間から酒を飲んでいた。
こういう輩から話を聞くためには金か酒を渡すのがベストだと経験から知っているソージは懐からサッと金を出し、男の注意を引く。
「あ? 何だぁ?」
「ちょっと、話を聞かせて頂きたいのですが?」
屋敷へと帰ったソージは、ヨヨの自室を訪ねた。ヨヨは自室におらず執務室で仕事中らしく、シャイニーとともに向かった。
しかし執務室には驚くべき人物が中にいた。
「あ? 想くん帰ってたんだ! おかえり~」
メイド服の真雪。彼女は別にここにいたとしても不思議ではない。おかしいのは彼女と対面して座っている人物である黒髪を持つ二人組だ。
「よぉ、会いたかったぜぇ、ソージ・アルカーサ」
「あらん、やっぱり良い男ね~」
刃悟と善慈だった。彼らは【シンジュ霊山】で一度会っている。フェニーチェの卵を争奪した仲である。ソージの機転でその場は本格的な争いは無かったが、まさかこの場に現れるとは思ってもいなかった。
ソージはヨヨに視線を向かわせると、彼女は何でもないように肩を竦める。
「どうやら彼ら、あなたを訪ねてきたらしいわよ」
ヨヨには彼らと会ったことは一応報告してある。だがこの状況、別段脅されているわけでもなさそうだ。つまりヨヨがここにいることを許可したということ。
ソージは警戒は緩めずに部屋の中心へと向かう。
「このようなところへどういったご用件でしょうか? まさか【火ノ原流】を修める方々が暢気に観光ですか?」
「ちっ、相変わらずムカつく喋り方しやがる野郎だなオイ」
刃悟が分かり易いように敵意を放ってくる。
「よしなさいな刃悟。話が進まないでしょ?」
善慈が窘めると刃悟は舌打ちをして顔を逸らす。
「ソージくん、と呼んでもいいかしら?」
「ええ、結構ですよ」
「ではソージくん、あなたが手にしたフェニーチェの卵はあれからどうなったのかしら?」
やはりフェニーチェの卵が狙いでやってきたらしいとソージは思った。心配そうに顔を見上げてくるシャイニーに心の中で「心配ないですよ」と言って微笑む。
「フェニーチェの復活日が終わったことは御存知ですか?」
「ええ、知ってるわよ」
「その復活日に合わせて卵が孵ることも?」
「知ってるわ。卵が孵る確率がとても低いこともね」
「そうですか、それならば話が早いですね。どうやら私が手に入れた卵は不発だったようで、復活日に灰になって消えてしまいました。まあ、その灰は高く買ってくれる方にお譲りしましたが」
これで灰を見せろと言われても突っ込まれないはずだとソージは確信を得る。しかし善慈はニヤッと口角を上げて見つめてくる。その表情はゾッとするので止めてほしい。
「まるで表情が歪まないわね。嘘をつき慣れてるってことかしら?」
「はぁ、何のことでしょうか?」
ソージは微笑を崩さないで淡々と言葉を発する。するとバンッとソファの前にあるテーブルを叩くと刃悟が立ち上がり指を突きつけてくる。しかもその指先がシャイニーへと向いている。
「ネタはもう上がってんだよソージ・アルカーサ! そいつがフェニーチェだってことがなぁっ!」
「……!?」