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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第四章 闇の人形師編
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第八十三話 涙する参列者

 空はどんより曇っていた。雨が降りそうで降らない気持ちの悪い天気だった。そんな中、【アクアポス】という街の屋敷では多くの者たちが悲しみに胸を打たれていた。



 屋敷の玄関の前には荘厳な馬車があり、今まさに大人たちの手で一つの棺桶が馬車の中に担ぎこまれようとされていた。

 馬車の周りには子供たちもたくさんいて、誰もが信じられないという面持ちで涙を流していた。



「じいちゃん……」



 参列者の中にいたソージとヨヨは、隣にいるトランテの呟きが聞こえた。彼は虚ろな目をしたままジッと棺桶を見つめていた。

 そう、あの棺桶の中に入っているのはナリオス卿なのだ。これから教会へと持ち運び、数日預けて祈祷された後、土に埋められ墓が建てられる。



 子供たちは棺桶にしがみつき、大人たちの邪魔をしている。大人たちも無理に引き剥がそうとはせずに、気が済むまで子供たちが落ち着くのを待っていた。

 ここ【アクアポス】ではナリオス卿を知らない住民はいない。毎日街へ歩き回り、必ず挨拶をしていたナリオス卿。



 街の活気のために様々なイベントも率先して行い、子供たちのために孤児院まで経営していた。そのため皆がナリオス卿のことを頼り、まるで街の父親のような感じで接していたのだ。



 そんな人物の突然の訃報。まだ死ぬには早過ぎる出来事に、誰もがその事実を受け止め切れずにいた。

 ソージとヨヨがトランテの店の開店祝いに寄ってから数日後、突如として入ってきた訃報に、最初は冗談だと笑った。何故なら先日まで自分たちはナリオス卿と会い、彼の元気な姿を見ていたのだから。



 病気を持っているという話もなかったし、ヨヨも彼の健康を気遣って、時折『調律』の魔法で彼の身体を視ていた。

 だが一応本人に確かめた方が良いと思いソージが調べたところ、事実は残酷なものだった。



 何でもトランテの店がある【ドルバック】から、屋敷がある【アクアポス】へと帰宅途中に馬車が賊に襲われたという。一瞬の出来事だったらしい。

 襲われてものの見事に身ぐるみを剥がされ、残されたのは下着一枚のナリオス卿と付き人だったという。そして近くを通りかかった旅人が襲われているところを発見し、助けようと駆けつけたがすでに遅かったというのだ。



 賊は最近この【ドルキア】に渡って来たという《金滅賊(きんめつぞく)》と呼ばれる集団とのこと。彼らは世界の改革をスローガンに掲げて、主に富裕層をターゲットに殺しをしているらしい。



 この貧富の激しい世界に憂いて立ち上がっていると彼らは言っているそうだが、やっていることは自分勝手の強盗殺人に他ならない。

 確かに悪巧みをして成り上がった貴族はこの世界には多くいる。中には平民を蔑み、奴隷扱いする連中もいる。そしてそんな者たちのせいで、賊を作り出しているという事実もあるだろう。



 しかしナリオス卿はそんな輩とは真逆に位置する人格者である。常に平和で楽しいことを求める彼が、まるでとばっちりを受けてしまったという図式が広がっている。



 勘違いで殺されたという事実を受け入れることなど、この街の住民たちが受け入れることができるわけがないのだ。彼がどれだけ街にとって中核を成していたかは、参列者の数とその表情を見れば一目で理解できる。



 皆が皆、悲しみに彩られ悔し涙を流している。ナリオス卿の存在がどれだけ大きなものだったかよく分かる。

 ソージはよく笑うおじさんであるナリオス卿の顔を思い浮かべると、胸を締めつけてくるような痛みを感じる。



 何故あんな良い人が殺されなければならないのか。



 ヨヨの表情は無表情に見えるが、彼女だって長い付き合いだったのだ、その胸の中には憤りが込められていることだろう。

 そしてトランテだ。この世の絶望を表したかのような暗い表情を見せている。すでにもう泣き腫らした後なのか、目は真っ赤に腫れている。



 棺桶がとうとう馬車に入れられ教会へと運ばれていってしまった。それを皆が呆然とした様子でしばらく立ち尽くしている。

 クイクイッと膝元にいるシャイニーがソージの服を引っ張ってくる。



「パパ……おいしゃん、どこゆくの? なんでみんなないてゆの?」

「シャイニー……」



 ソージは屈みんで彼女と視線を合わせる。



「この髪飾りをくれたおじさんは、これから天国へ行くんですよ」

「てんおく?」

「そうです。良い人がいつか皆が行くところですよ」

「ん~しゃいにーもいけゆ?」

「ええ、いつかきっと」



 ソージは優しく彼女の頭を撫でると、彼女は気持ち良さそうに「えへへ」と笑っている。しかしその時、



「…………ない」



 ソージは咄嗟に「え?」と声を漏らしてトランテの方を見る。すると彼の身体はプルプルと震えて歯を噛み締めていた。



「許さない……僕は許さないぞ……絶対に」

「……トランテさん……?」



 トランテから異様にも膨らんだ殺意に思わず身を引き締めたソージだったが、トランテが突然踵を返したと思ったらスタスタとどこかへ去ってしまった。

 つい彼を呼びとめようとソージは立ち上がるが、ヨヨに「一人にしてあげなさい」と言われ制止させられた。



「で、ですがお嬢様。今のトランテさん……何か変だったような」

「大切な祖父が殺されたのだから興奮してしまうのも無理はないわ」

「そ、そうでしょうか……」



 それにしてはただならぬ殺気だったと思ったが、ヨヨが目を伏せながら軽く息を吐く。



「それよりも気になるわね」

「え?」

「ナリオス卿が殺された状況がよ」

「殺された状況……ですか?」

「ええ、【ドルバック】と【アクアポス】の間はそれほど離れてはいないわ。道も平坦。隠れる場所もほとんどないはず」



 ヨヨが何を言いたいのか分からずソージは眉をひそめて耳を傾けている。



「今までの《金滅賊》のやり方は、周囲に集落などなく、隠れる場所は豊富な森や山で集団で襲い掛かることが普通だったわ」



 ヨヨの言う通り、彼らが襲った場所は人気の少ない場所限定だった。下手に人が集まってくるのを恐れての行動なのだろう。だからこそ、彼らは森や谷、山などを好んで選び襲い掛かる。



「なのに今回は見通しの良い草原。結果、旅人にも見られているわ。何故かしら?」

「……お嬢様は意味があると?」

「ええ、普通が覆るには何かしらの理由があるはずよ。それが内的要因か、それとも外的要因かは定かではないけれど、内部分裂したという話は聞かないし……」

「まさかお嬢様は、誰かが彼らを使ってナリオス卿を襲わせたとでも言うんですか?」

「……考え過ぎかしら?」

「それは……」



 正直分からない。ただヨヨの言うことも一理はある。今まで守られてきたやり方が急に変わったら不思議に思うだろう。何かしらの意図がそこに関わっているのは間違いないのだ。



「それにもう一つあるわ」

「何がです?」

「調べたところ、ナリオス卿が襲われて《金滅賊》は東へと逃げたわ」

「東には【アカトール】という街があるわ。これがおかしい」

「……確かに、人を襲って普通は街を避けるはずなのに、何故街がある方向へ向かったんでしょうか?」



 人を殺したことはすぐに情報として出回る。そして街の警備はより一層に強化され、《金滅賊》らしい輩を見たら間違いなく捕縛に動かれる。だからこそ賊は本来なら街を避け、身を隠せるような場所へと向かうはずだ。



「街へ向かうと見せかけて横道へと逸れたのでは?」

「東は草原が広がってるだけよ? 逃げるなら最初から西の森か北の山へと向かうはず。それなのにあえて危険を冒して街へと向かう。その理由は……」



 ヨヨはそれから一言も発さずに黙って馬車に乗り込み、クロウテイルの屋敷へと帰っていく。無論ソージも一緒だったのだが、ずっと考え込んでいるヨヨに話しかけ辛く、屋敷に到着するまで沈黙が続いていた。



 翌日、ソージがトランテのことが心配になって彼が営む店を訪ねてみたのだが、店には誰もおらずまるで引き払うかのように全てのマジックアイテムの姿も消えていた。



「……トランテさん」



 ソージは得も言われ胸騒ぎを感じていたが、このことを一刻も早くヨヨに伝えるために屋敷へと帰った。 



 そしてその後すぐだった。【アカトール】の街が炎に包まれているという情報が入ってきたのは。





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