第八十二話 陽気なおじさん
思った通り、屋敷の者は温かくシャイニーを迎え入れてくれた。特に可愛いもの好きな者たちが多いので、シャイニーの姿を見てカイナほどではなくとも興奮する者がたくさんいた。
しかし一つ気になることがある。それはシャイニーがいまだにソージからべったりついて離れないということだ。
ソージが仕事をしている間もずっとソージのあとにチョコチョコとついてくる。ヨヨの仕事関係で遠出する時ももちろんついてくるのだ。
一応留守番するように言い聞かせたこともあるのだが、その都度泣かれるのでヨヨも「まだ幼いのだから仕方無いわ」と言って同行を許可している。
そのためか、徐々にヨヨには懐くようにはなった。しかし元々人ではないシャイニーは、人と馴れ合わないのか、ソージとヨヨ以外に話しかけたりはしていない。
ニンテやユーも、一緒に遊びたいと言って声をかけるのだがシャイニーはソージの傍がいいと言って離れない。
そこでユーが「シャイニーばかりずるいの!」と言ってソージに抱きついたら、シャイニーが泣きながらユーを引き剥がした。その時にシャイニーの赤い髪がフワッと浮き上がったのを確認したソージは、また火球を生み出して攻撃してしまうと思い、すかさず間に入ってシャイニーを安心させるように抱き上げた。
増々ユーは膨れっ面をして不満気ではあったが、母親であるシーに「まだ赤ちゃんなのよ」と窘められて渋々といった感じだが追及を諦めていた。
ニンテも、二人より年上といってもまだまだ子供であり、頼れるソージに甘えたいこともあるのか、羨ましそうにシャイニーを見つめていた。
(はぁ~こりゃ何とかしなきゃなんないかなぁ~)
恐らく年月が経てばシャイニーだって落ち着いてくるのだろうが、産まれたばかりで甘えたがりのシャイニーを無下に引き離すことはソージにはできなかった。
フェニーチェの成長度はかなり早いらしくて、ソージくらいになるまで早ければ三、四年ほどで到達するという。
(はは、まあなるようにしかならないな)
とりあえず、シャイニーが成長するまで待つスタンスでいこうとソージは決めた。幸い主人であるヨヨも許可しているので助かってはいるのだ。
また彼女は賢くて、仕事先でわがまま言ったり暴れたりはしない。静かにソージの傍にいるだけなので、先方の迷惑にはなっていない。
そして今も、ヨヨの仕事先である【ドルバック】という街へ三人で来ていた。この街に最近開店した《マジックアイテム屋》を訪ねたのだ。
以前フェニーチェの復活日が近づいていると教えてくれたナリオス卿が手掛けた店でもある。何でも彼の孫が店主なのだそうだ。
この前は、この店を開く良い場所が無いかとヨヨに情報を尋ねにきたのだ。そこで【ドルバック】でかつて薬屋をやっていた空家があるという情報をナリオス卿に伝えて、彼が孫にその場所を確認させて、どうやら気に入ったらしく、そこに店を構えることにしたのだ。
店の中に入ると、十畳ほどの広さを持つ店だが、周囲に立てられてある棚にはビッシリといろんなマジックアイテムが並んでいる。
中には厳重そうな金庫のような箱もあり、その中には貴重なマジックアイテムが入っているとのことだった。
「おお、来てくれたんだねヨヨちゃん」
穏和そうな恰幅の良い男性が現れる。彼がナリオス卿であり、昔からヨヨのことを知っていて、彼女のことをヨヨちゃんと親しみを込めて呼んでいる。
「こんにちはナリオス卿。どうやら上手く店を開店させられたみたいで、こちらとしても喜ばしい限りです」
「いやいや、これもヨヨちゃんが良いトコを教えてくれたからだよ! 本当にありがとう!」
「いいえ、父の代からお世話になっている方のお力になれたのですから」
「そう言ってくれて嬉しいよ。ささ、紹介するよ。こっちが孫のトランテだ」
ナリオス卿とは似ても似つかない栄養不足かとも思えるほどの細い男だった。いや、ナリオス卿と比べるからこそかもしれないが。ナリオス卿は彼の背中をバンバンと叩きながら、
「コイツにはもっと食べろって言ってるんだけどね~」
「い、痛いよじいちゃん! ゴホゴホゴホゴホッ!」
「何だ、だらしない。これからは一城の主なんだから、しゃきっとせんか! ほれ、挨拶しなさい」
「あ、はい。あの、僕はトランテと言います。この度は我々のために」
「かたっくるしいわい!」
「ええっ!?」
背中の痛みに顔を歪めながらも、ちゃんと挨拶しようとしていたトランテに怒鳴るナリオス卿。
「ここはまず、お力をお貸し下さりありがとうございますだろ!」
「あ、う……そ、その……ありがとうございます」
「それでいいのだそれで! ワハハ!」
ナリオス卿が豪胆な性格だということは知っていたが、孫には結構容赦がないのだと理解させられた。トランテも大変そうである。
「それにしてもたくさん仕入れましたねナリオス卿」
ソージが店の中を見回しながら喋ると、にこやかな表情のままナリオス卿は頷く。
「そうだよ。これでもワシの人脈を使っていろいろかき集めたんだ」
中には大陸を渡らなければ手に入らないものまである。そこまで動くとは、やはりいくら口で何と言おうが孫が可愛いのだろう。
「ほ、本当にじいちゃんには感謝してるよ。だから、僕はこの店をもっと大きくしてみせるから!」
「ワハハ! そんな気張る必要なんてないぞ! 商売はな、人との繋がりだ。そして楽しくやる。それがモットーだ!」
トランテも困ったような笑みを浮かべてい入るが、嬉しいのだろう、頬が緩んでいるのを確認できた。
(はは、何かこういうのって良いよなぁ)
家族の温かさが伝わってくるようで、見ていて微笑ましくてポカポカしてくる。思わずソージも嬉しくなってくるのだ。
「ところでヨヨちゃん、もしかして……彼に懐いてるとこを見ると、そこのおチビちゃんは、ソージくんの子供かい? はっ、まさかヨヨちゃん、ついに!?」
「な、なななな何を仰ろうとなさっているのですかナリオス卿!」
彼に詰め寄り叫んだのはソージではなくヨヨだ。顔を真っ赤にして凄みのある表情を向けている。そんな彼女の顔を見て噴き出すようにナリオス卿は笑う。
「ブハハハハ! 冗談だよ冗談! だってこの前行った時にはいなかったじゃないか! 慌て過ぎだよヨヨちゃん!」
「……からかうのは止めて下さい」
ヨヨは恥ずかしげに顔を背ける。ソージもまた居心地の悪さを感じて頬を染めながらその頬を隠すようにボリボリと手でかく。
ナリオス卿にヨヨがシャイニーについて説明する。しかし彼女がフェニーチェだということは言っていない。シャイニーには悪いが、ニンテのように孤児院から引き取ったという説明をした。
「そうか……最近孤児院が経営不振でドンドン潰れてるようだからね。その子もその被害者なんだね」
ナリオス卿も孤児院を営んでいる。元々子供が好きな彼が、潰れそうな孤児院を買い取り、恵まれない子供たちに衣食住を与えているのだ。
彼曰く、偽善でもいい。偽善でもいいから子供たちにとって小さな救いになればそれでいい。
その言葉に感銘を受けたヨヨの父親が、ナリオス卿を支えてやりたいと思い、困った時は力を貸してきたのだ。そしてヨヨもまた彼の素晴らしい考えに賛同し、父の後を継いでからも、こうして仲良くさせてもらっているのだ。
「うん、赤い髪に赤い瞳。ソージくんと同じだね。本当に実の子供のようだよ」
「ありがとうございます。この子は私が全力で育てます」
「うんうん、ヨヨちゃんもついてるし、心配ないと思うよ。シャイニーちゃんも良かったね、君の居場所は最高なとこだよ」
ニカッと笑うナリオス卿に、シャイニーはソージの足を掴みながらコクンと首肯だけした。
「ワハハ! お、そうだ! 開店記念にシャイニーちゃんにはあれをあげよう!」
そう言ってナリオス卿が、店の奥にあるカウンターに向かい、ゴソゴソと身体を動かした後、再度こちらに向かってきた。手には翼を模ったカチューシャがあった。
差し出されたそれを凝視するシャイニー。
「ナリオス卿、それは店の商品なのでは?」
ソージが眉を寄せながら尋ねる。
「気にしない気にしない。それにマジックアイテムっていっても、これは魔力を通すと光るだけの玩具みたいなものだしね」
「本当に頂いてもよろしいのですか?」
「いいよいいよ。ほらシャイニーちゃん」
シャイニーはカチューシャを見て目をキラキラと輝かせ始めていたが、もらっていいものかどうか分からずソージをジッと見つめる。
「いいですよ。せっかくのご厚意ですから」
「パパ……うん」
「頂いたらお礼を忘れずに」
シャイニーはゆっくりと手を伸ばしてカチューシャを受け取る。それをソージが彼女の頭にかけてあげる。
「うん、似合いますよシャイニー」
「ほ、ほんと? えへへ~パーパ!」
膝を曲げていたソージの首にギュッと抱きつくシャイニー。
「こらこら、まずはしなければいけないことがありますよ?」
「あ……うん」
シャイニーはソージから離れると恐る恐る顔を上げてナリオス卿を見つめる。そして頭をちゃんと下まで下げると、
「あ、あいがと……」
「ハハ、どういたしまして!」
「う~……パパ!」
恥ずかしくなったのか、すぐに元に戻って抱きついてくるシャイニー。ソージも彼女を抱っこして持ち上げる。
「ワハハ! 良いパパしてるみたいじゃないかソージくん! ウンウン、良いことだよ!」
「素敵なものを頂き本当に感謝しておりますナリオス卿」
ソージは礼を述べ、ヨヨもまた同じように頭を下げる。
今回こうして店にやって来たのは顔見せと、情報交換である。ヨヨと彼が話している間は、トランテに店の中を案内してもらっていた。
シャイニーも興味があったのか、ソージに抱っこされながらも棚に飾られてあるマジックアイテムをジロジロと見ていた。
そして話が終わると、ヨヨから屋敷へと帰る準備をする。ソージは店から出る前に、もう一度シャイニーのカチューシャについてお礼を言った。
嬉しそうに笑うナリオス卿を見てソージは思う。
(今は言えないけど、いつかこの子が空を飛べるようになったら、見せてあげたいな)
今シャイニーの正体を大っぴらにして大事にするわけにはいかない。もしかすると彼女を狙って賊がやって来るかもしれない。彼女はまだ子供なのだ。そんな騒動には巻き込ませたくない。
だがナリオス卿も一度でいいからフェニーチェが空を飛ぶところを見たいと言っていた。ソージと同じだ。だからいつか、彼にはシャイニーが成長して優雅に飛行するところを見せてあげたいと思った。
(待ってて下さいねナリオス卿。一緒にこの子が飛ぶところを見ましょう)
シャイニーの成長が楽しみで、自然と頬が緩む。
家族の温かさに触れ、幸福感を感じならが屋敷へと帰宅したソージたち。だが数日後、愕然とする情報がソージの耳に届いた。
それは―――――――――ナリオス卿の突然の訃報だった。