第八十一話 太陽の光
「どうかしたの想く……ん……」
「騒がしいわね。一体何……が……」
ソージはノックも無しに部屋に入ってきた真雪とヨヨを見て心の中で思った。
………………………万事休す。
もちろん二人の瞳はソージに抱きついている裸の少女、というより幼女に向けられている。そしてその二人の背後に次々と現れる屋敷の者たち。
………………………絶体絶命。
ソージはとにかくこのままでは確実にロリコン変態執事として名を馳せてしまうと判断し、幼女を引き剥がすと、
「な、何者なのですか君は!?」
必死の形相で言葉を放つが、
「もう、わすれちゃ、ヤッ!」
またもギューッと抱きついてきて、
「ずっとぎゅ~って、あちゃちゃめてくえてちゃのに」
ピシィッと空間に亀裂が走ったかのような緊張が走る。もうソージの全身はサウナにでも入っていたのかというくらいに汗塗れだ。
………………………これは死んだか?
喉が渇く。非常に乾く。これはいけない。このままではろくに喋れないかもしれない。本当に死にかねない。
「あ、そうだ! 水を飲みに行こう!」
幼女を引き剥がし、何てことない笑顔を保ちつつ部屋から出ようとした瞬間、ガシッと両肩を背後から掴まれた。
「ねえソージ、お仕置きをされるかお仕置きを受けるかどちらがいいかしら?」
「ねえ想くん、つい最近開発した魔法があるんだけど、ちょうど誰かに試したいなぁって思ってたんだ。想くん……暇?」
…………ですよねぇ~。
止められるのは当然だった。
(というよりお嬢様、それは選択になっていないし、真雪、お前は手加減知らないんだから勘弁してくれ)
声高にそう叫びたいが、背後から伝わってくる刺すような殺気が身体を硬直させて言葉が出てこない。
そしてニンテやユーの目をカイナとシーが「まだ早いわ~」と言いながら塞いでいる。しかしそれよりも悲しいのは真雪の親友であるセイラがまるで変質者を見る目で見つめてくることだった。…………心が痛い。
「おまえちゃち、パパにしゃわゆなっ!」
突然叫んだ幼女のルビーのような美しい髪がふわりと浮くと、ボッボッボッとその髪の周囲に炎の塊が生まれる。そしてその塊がヨヨと真雪に向けて放たれる。
「マズイ! 喰らい尽くせ、白炎っ!」
瞬時にソージは右手から白炎を創り出し火球を呑み込ませた。
「え……パパ?」
「何だか分かりませんが、この二人を傷つけるというのであれば容赦はしませんよ?」
ソージの鋭い眼光を受けた幼女がただでさえクリッとして大きな瞳をさらに大きくして愕然とし、そしてそのまま顔をクシャッと歪めると、
「ふえぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」
突然大量の涙を流し泣き始めた。
「……え? あ、あれ?」
さすがのソージも目の前で子供が泣く姿に戸惑いを覚え、どうすればいいか判断に悩む。
「あらソージ、子供を泣かせるとは頂けないわね」
「い、いや……ですが…………いえ、そうですね」
ソージはとりあえず壁にかけてある燕尾服の上を取り、泣いている彼女に近づいて身体を覆う。まだ産まれたばかりで、ユーよりも小さな女の子なのだ。言い過ぎてしまったと後悔し、彼女の頭を優しく撫でながら微笑む。
「すみません。怖かったですよね」
「ひっく……ひぐ……ふえぇぇぇぇぇんっ!」
そのままソージに飛びつくが、今度はソージもがっしりと受け止めて抱っこをする。三歳児くらいだろうか、少し力を入れると壊れてしまいそうな、か細く小さい子なので重くもない。
髪も瞳も燃え盛る炎のように真っ赤で、よく見れば背中に小さな翼が発見できた。
(おいおい……まさかこの子……)
大よそ予想はしていたが、翼を見たのとパパという言葉を吟味すると何となくこの先の質問が怖くなる。だがとりあえず聞いてみる。
「あ、あのですね……も、もしかして君は…………フェニーチェ?」
「わしゅれちゃヤヤよぉ~しょうやよぉ~パパのばかぁ~」
ああ、やはり思った通り、この子は昨夜誕生したフェニーチェのようだった。何故人型なのか疑問に思うことはあるが、まずはそれよりも……。
「あ、あのユー、服を貸してくれませんか?」
この子に合う服を持っているのはユーしかいないのだ。
「では私がお持ちしますわ」
ユーの母親であるシーが代わりに答え、ユーと一緒に自室へと向かった。まだぐずっているフェニーチェの頭を抱きながら撫でていると、
「それにしても驚きね。まさかフェニーチェに人化の能力があったなんて」
「え? え? どういうこと?」
ヨヨは理解したようだが真雪はいまだに理解していないようだ。そこでヨヨがソージが抱いている幼女が、昨夜産まれたフェニーチェだということを説明する。
「ええぇぇぇぇっ!? すっごぉぉぉぉい! まさにファンタジーだね想くん!」
「え? あ、ああ」
「でも良かったよ想くん。私てっきり想くんが犯罪に手を染めたんじゃないかって本当に心配したんだから、ねえセイラ?」
「えぅ……か、勘違いしてすみません!」
「いえ、はは……誤解が解けたなら良かったです」
危うく両手が後ろに回る寸前だったが、どうにか分かってもらえてホッとするソージ。
「とにかく皆は朝の仕事に戻りなさい。ソージ、着替えたら私のところへ来るように。その子と一緒にね」
「畏まりました」
皆が部屋から出てしばらく、シーが服を持ってきてくれたのでそれをソージが着させることになった。何故なら彼女がソージでないと嫌だと言うからだ。
しかも着替えさせた後は「だっこして」とねだられ、つい断り切れずに彼女を抱っこしてヨヨの部屋へと急いだ。
ヨヨの部屋の前までやって来たソージは、ノックをして中に入る。そこにはヨヨとカイナの二人がソファに座っていた。ソージも座ることを勧められたので、彼女たちを対面する形で腰を下ろした。
「べったりねソージ」
「はうわ~かわゆいわ~!」
冷静なヨヨと、少々壊れ気味のカイナ。
(マズイ、この子の可愛さだと母さんの前で一人にするのは危険だ!)
フェニーチェの可愛さはユーにも劣らないものだ。幼さの中に、フェニーチェ特有のキリッとした部分(目尻や瞳)も含まれてあり、それがより愛嬌を引き立たせている。特にプニプニッとしたもち肌は全ての女性が羨む弾力と瑞々しさを備えている。
それにこのフワフワな髪は触り心地が良くて、ついついずっと堪能していたくなるほどの中毒性を持っている。また何といってもこの守って下さいというオーラだ。
まるでそれは雛が親鳥に対して求めるように、全身からビシビシと迸っている。そのオーラに当てられているのかカイナの息が荒い。くそっ、何故こんな母親なんだ!
母親の性格を危惧していたソージに、ヨヨが話しかけてくる。
「ねえソージ、その子がフェニーチェだということは分かったけど、名前は付けてあげたの?」
「え? ……あ」
そう言えば昨夜産まれたのが嬉しくて名前を付けるのを忘れてしまっていた。
「なま……え?」
フェニーチェもソージの腕の中で甘えるように見上げてくる。思わずソージはギュッとしてしまった。
「うぷ……えへへ、くゆしいよぉパーパ」
嬉しそうにフェニーチェが言うのでソージにとっては保護欲が半端無くそそられて堪らない。だがその光景をジッと半目で見つめているヨヨが口を開く。
「……はぁ、外ではよしなさいね。間違いなく連行されるわよ?」
ヨヨの言葉に我に返った感じでハッとなるソージ。カイナは羨ましそうに指を咥えて見守っている。
「えっとー名前でしたね! 実はもう決めてあるんです!」
「へぇ、産まれることを信じて?」
「はい」
「そう、ではその子に授けてあげなさい」
ソージはフェニーチェの目と自分の目を見合わせる。
「これから君に名前を与えます」
フェニーチェも物欲しそうに目をキラキラとさせている。
「君の名前は―――――――――シャイニーです」
「しゃい……にー……?」
あれ? 気に入らなかったのかな?
今一つ理解していないのかフェニーチェがコクンと小首を傾げたままだ。
「どういう意味なのかしらソージ?」
「えっと……いや、はは。何だか名前の由来を言うのって照れ臭いんですが……」
「いいから教えてちょうだい」
「私だって聞きたいわ!」
ヨヨに被せてカイナも参加してきた。ソージも仕方無く説明した。
「この子には……みんなを照らす光……『太陽の光』のような存在になってほしくて。まあ、ありきたりかもしれませんけど」
はははとソージは頬をかくが、ヨヨは微笑ましそうに笑みを浮かべると、
「いいえ、素晴らしい名前だわ」
「うんうん、ソージにしては上出来よ! さすがは私の息子! あ、でもそうなったら私ってばおばあちゃん!? まだこんなに若いのに!?」
カイナは一人で悶えているが無視する。それよりもフェニーチェの反応が気になる。
「しゃいに……しゃいにー……」
「えっと……もしかして他の名前にした方が良いですか?」
「ううん! しゃいにーはしゃいにー! あいがとーパパ!」
またもギュ~ッとソージに抱きつくフェニーチェ……いや、シャイニーだ。どうやら名前を気に入ってくれたようだ。
「はは、これからよろしくお願いしますねシャイニー」
「うん! パパしゅきやから、いっぱいしゅきをあげゆ!」
何て可愛い娘なんだろうと、つい涙が零れ落ちるのは仕方無いのではなかろうか。ソージは娘の言葉に感動して思わず打ち震えている。
「ふふ、こちらもよろしくねシャイニー。私はヨヨ・八継・クロウテイルよ」
「私はカイナよ! あなたのパパのママなんだから!」
するとビクッと身体を震わせたシャイニーが、若干敵意を込めて彼女たちを睨んでいる。特にその視線はヨヨに向けられていて、どうやら先程のやり取りでヨヨを敵だと認識したのかもしれない。
「こらシャイニー、この方はパ……パパがお仕えしているお嬢様です」
やはり自分のことをパパと呼ぶのは抵抗がある。
「おちゅかえ? えやいひと?」
「そう、パパの大切な人だよ」
「パパのちゃいしぇちゅな……ひと」
「だからできればシャイニーにも仲良くなってほしいんですが?」
シャイニーはジ~ッとヨヨと視線を合わせる。ヨヨもまた目を逸らさずに見返している。若干気まずい雰囲気が流れるが、
「うん、わかっちゃ! あのひと、いいひと!」
「そうですか、シャイニーは賢いですね」
「えへへ~もっとナデナデェ~」
頭を撫でると嬉しそうにさらに要求してくる。もちろん気の済むまで撫でてやる。
「ちょっとソージ、次私よ私!」
待ちきれないのか変態の素質を持つメイド長が会話に乗り込んできた。
「仕方ないですね。シャイニー、あちらの女性からも聞いたと思いますが、認めたくはありませんがあれでもパパの母親です」
「ど、どういうことよぉ~!」
「……パパのママ?」
「まあ、そういうことです。かなり遺憾ですが」
「それ以上言うと泣くわよぉ~!」
「…………わかっちゃ、パパのママともなかよくすゆ」
その言葉を聞いてカイナは溢れんばかりの笑顔を浮かべるが、
「あ、呼び方はオバンでいいですよ?」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!」
ガクンと最後にはソージに落とされたカイナであった。




