第七十九話 真雪の才能
アルビスの自宅を出た刃悟は苛立ちを隠し切れない表情のままズカズカと歩いていく。その後ろにはやれやれといった感じで黙ってついていく善慈がいる。
人気の無い路地に入ると、ふと刃悟が足を止めて拳を壁に突き当てる。
「あ~くそっ! イライラするぜ!」
「少しは落ち着きなさいよ刃悟」
「うっせえ! あんなデブに【火ノ原流】のことをバカにされたんだぜ?」
「それも私たちが任務を失敗したからじゃないの」
「ぐ……ああクソ! これも全てはあの忌々しい赤髪のせいだ!」
バキバキッと何度も壁を拳を叩き穴を開けていく。
「それくらいにしなさい。私たちの世界では結果を出さないとダメなの。先生にもそう言われているでしょう?」
「……ちっ」
「それにね、あの時、あの執事くんがまともに戦ってくれていたとしても、卵をゲットするのは相当難しかったはずよ?」
「ああ? おい善慈、まさかテメエ、俺があんなナヨナヨしてそうな野郎に負けるとでも思ってんのか?」
「あら、そうは言ってないわよ。だけど、あの子は強いわよ。先生が見たら間違いなくスカウトするほどにはね」
「んなわけねえだろうが! 第一強いんだったら何で逃げんだよ! あそこで俺と戦えば良かったじゃなねえか!」
刃悟の物言いに善慈は大きく溜め息を吐く。
「あのね刃悟。あの執事くんは卵を持って帰ることを優先したの。もし戦えば、その最中に卵が傷つく恐れもあるわ。だからこそあの子はあなたの性格を読み、意表をつくような行動を起こしたのよ。逃げるが勝ちという言葉があるけど、見事だったわね」
「男なら戦えってんだよっ!」
「…………そんなに戦いたいの?」
「はあ?」
「あの執事くんとよ」
「決まってらぁ! あんな不完全燃焼で終わらせられちゃ気持ちが悪いんだよ!」
「ふふ、そうは言うけど、実際のところはあの真雪ちゃんを彼から救いたいとか思ってるとか?」
「なっ!? な、な、な、何を言ってんだよテメエはっ!」
明らかに見て取れるような動揺っぷりを見せる刃悟。図星だと丸分りだった。
「はぁ~今頃執事くんと真雪ちゃんたち……くんずほぐれつ楽しくやってるかもね~」
「ぬおォォォォォォォッ! 許さねえぞソージ・アルカーサッ!」
刃悟の背後から紅蓮の炎がゴゴゴゴゴゴゴと生み出されているかのように見える。
「ふむ…………なら行ってみる?」
「は? 行って? どこに?」
「だからその執事くんが仕えてる屋敷よ」
「はあ? で、でも仕事が……」
「幸い次の仕事は【ドルキア】だし、ほんの少しくらい立ち寄るくらいいいんじゃないかしら?」
「善慈……お前」
「あらやだ。そんな熱のこもった視線を向けられると……ハアハア……燃えちゃう」
「え、おおおおいっ! ち、近づいてくんな変態っ!」
善慈が刃悟に顔を近づけてくる。何故かキスをするように口を尖らせている。そのいかつい顔から繰り出されるキス顔は、地獄の閻魔を彷彿とさせた。
刃悟が慌てて距離を取ると善慈は残念そうな顔を浮かべる。
「いいじゃない? 少しくらい私に味見させてよ味見」
「冗談じゃねえっ! お前が味見なんかで終わるわけねえだろうがっ!」
「ムフン、ダイジョ~ブ。頑張って耐えるから、だからせめてディープな方のアレで」
「鼻息荒くして近づいてくんな怪物っ!」
「あら酷い。でも刃悟に罵倒されると……ハアハア……イケそう」
「何がだぁぁぁぁっ!?」
そこに通りかかった子供連れの親子に二人は姿を見られ、ガッツリと勘違いされた結果、【ハハム王国】には『大男と小男、禁断の愛の行方は!?』という噂が流れたという。
そしてもう一つ、その親子の背後に隠れて刃悟たちを見ていた者がいたことを、二人は互いの愛の価値観をぶつけ合っていたせいで気づけなかった。
【ハハム王国】で新たな愛の噂が流れ出した頃、【モリアート】にあるクロウテイルの屋敷ではいつも通りの平常運転が始動されていた。
真雪やセイラたちもずいぶんと仕事に慣れたようで、最初は着慣れていなかったメイド服も良い具合に着こなし始めている。
ただ家事的なスキルでいうと、セイラは問題無いのだが、いかんせん真雪は向いていないことが判明する。
いや、ソージの助言により真雪がそういう仕事に向いていないということはヨヨにも伝わっていたはず。だが一応一通りメイドの仕事をこなしてもらおうと思いやってもらった結果、掃除をすれば何故か床が水浸しになり、洗濯をすれば力を入れ過ぎて服を破き、炊事は…………目を覆ってしまうものを作る始末。
彼女には通常メイドが行っている仕事は無理だと判断したソージが、彼女にもできる仕事をと斡旋したのが庭師であるデミックの手伝いである。
特に農作業メインに彼女は能力を発揮した。花や作物を育てるための土壌造りや、菜園の維持などに真雪は非常に興味を示し、問題も起こさず取り組めているのだ。
デミックも彼女がこれほど農作業に向いているとは思っていなかったようで驚いてはいたが、これなら分担して庭の仕事を任せられると判断し、彼女に菜園の管理を任せた。
真雪もまた楽しそうに花や作物に水をやっており、畑を耕しているので、ソージも苦でないのであれば良いと思い真雪にはデミックと同じ庭師のような仕事を中心として任せることにした。
「はうわ~色とりどりのトマト~ねえ、君は何でそんなに黄色いの~」
ソージが菜園の前を通りかかったら、真雪が様々な色を持つトマトである《十変トマト》に話しかけているのを見かけた。というよりも歌っていた。
「あか~いトマトは燃える炎~しろ~いトマトはホワイトデー~桃色トマトは恋のよ・か・ん~」
もう真雪が何を基準として歌っているのか理解できなかった。
(最初の赤はまあ分かるよ。けど白トマトにホワイトデーってどういうこと? だってそれって一日の行事のことだし。デーってついちゃってるし。それに最後のピンクが何故に恋の予感なの?)
彼女の頭の中でどういう想像が広がっていくのか全く想像できない。というより理解したら何かが終わりそうな気がしたのでソージはそのままスルーすることに……
「あ、想くん!」
……くそっ、逃げられなかった。
「や、やあ真雪、どうした?」
ぎこちなく頬を引き攣らせながら尋ねる。
「ううん、何でもないよ~。ただ呼んでみただけ! えへへ~」
最近真雪は事あるごとにこうして名前を呼んではただ笑うという意味の分からない奇行を繰り返している。何がそんなに嬉しいのかソージには分からないが、彼女が幸せに笑っているのでそれでいいと思っている。
「あ、ところで真雪、デミックさんはどこ?」
「ん? 何か用事?」
「ああ、裏に新しく食物保管倉庫を造ってくれてるだろ?」
「うん」
以前雨のせいで雑穀を収納しておく保管庫がやられてしまい、それを見たデミックは、これは新しく造り直した方が良いと言った。
そこであれから彼には保管庫造りを任せているのだが、真雪も手伝っているせいか作業が捗りもうすぐで完成しそうだと言っていた。
だからその進捗状況を実際に聞いてみようと思ったのだ。
「まあ、真雪でもいいんだけど、保管庫はあとどれくらいで建つ?」
「そ~だな~、この前デミックさんはあと三日ほどで完成するって言ってたよ」
「オッケー分かった。ありがとな。真雪も手伝ってくれてるのが大きいな。さすがは『樹の覇王』!」
「えっへん!」
その大きな双丘がこれでもかと言わんばかりにブルンブルンと揺れる。思わず目がいってしまった。
(相変わらず育ってるな……真雪メロン)
真雪の魔法のお蔭で必要な木材も手に入り、また好きな形にも加工できるらしいので、作業工程が大幅に削れているのだ。さすがは【英霊器】であり自由に木々を生み出すことができる『樹の覇王』である。
「ねえねえ想くん」
「何だ?」
真雪が若干頬を染め上げながら見上げてくる。そう言う仕草は思わず抱きしめたくなるから止めてもらいたいと思うソージ。
「想くんって…………その……お、大人の女性が好みなの……かな?」
「は……はあ? お前何言ってんの?」
「だ、だって! デミックさんにいろいろ聞いてるんだよ! 想くんが色気ムンムンなムチムチプリプリした女の人が好みだって!」
………………あの野郎……。
思わずソージは拳を握りしめてしまった。
「い、いやあのな真雪、確かにオレも男だし、そういう女性に興味が向くのは仕方のないことだ」
「うぅ……やっぱそうなんだ……」
悔しそうに顔を俯かせる真雪。
「け、けどな真雪、やっぱり最後はその……何て言うかな……相性だと思うぞ?」
「相性? あ、そういえばデミックさんが確かにそう言ってたよ! 身体の相性は大事だって!」
「ぶほっ!?」
つい吹いてしまった。
「お、おおおお前な、それ意味分かって言ってんのか!」
「え? だって身体の相性って身長が合ってる方が良いとかそういうことでしょ?」
今回ばかりは真雪が純朴な天然物で良かったと心底思った。
「いや、まあ……確かにそういうこともあるかもしれないけど、オレが言ってるのは心の相性だよ」
「心?」
「そう、その人と一緒にいて心が落ち着くというか温かくなるというか……まあ、ずっと一緒にいたいって思えるかどうかってことかなぁ~ってオレって何真面目に語ってんだろ」
思い返して顔が熱くなっていくのを感じる。笑われているかなと思い、チラリと真雪を見ると、彼女はウンウンと異様にも納得気だった。
「そっかぁ、ありがと想くん! 私、相性良くなれるように頑張るね! それじゃ仕事あるから! じゃ~ね!」
意気揚々と台風のように去ってしまった。何故かとても嬉しそうに破顔してはいたが、彼女のためになる助言ができたのだろうか……?
(まあ、それはともかくとしてもだ……)
ソージは冷笑を浮かべながらある場所へと向かった。
そしてしばらくした後、一人の庭師の痛快な悲鳴が屋敷の敷地内全体にこだました。