第七十八話 ハハム王立総学
【南大陸・ダダネオ大陸】。大きく分けて二つの地方に分別される大陸である。その中の一つ、《オズワイン地方》には《自動人形》発祥の地である【ラヴァッハ聖国】がある。
そして残りの《ファイリン地方》には、最高学府である《ハハム王立総学》が存在する【ハハム王国】がある。
《ハハム王立総学》、通称《ハム学》には優秀な学者の卵たちが大勢学んでいる。世界中に出版されている書籍なども、この《ハム学》出身者がほとんど執筆している。
また学べる学問の種類も豊富であり、ここで学んだ知識を活かして医者や考古学者など、世界に貢献する職業に就く者が多数いる。故に《ハム学》は《知識の泉》と呼ばれることもある。
さらに生態研究や魔法研究なども行っており、ここで実績を掴み名声を高めることができれば【中央大陸・オウゴン大陸】にある《皇宮》のお抱え学士として召し抱えてもらえることもあり、将来が約束されるのである。
だからこそ、《ハム学》に滞在する者は、自身の知識を誰よりも深め、誰からも認められる研究成果を残すことに必死なのだ。
アルビス・ユナイテッドもその中の一人であり、長年研究に携わってきているが、なかなか成果が現れず、気づくと四十五歳という時を過ごしていた。
この《ハム学》は誰にでも入れるという場所ではない。入る時には毎年二回だけ行われる厳しい試験が待っており、そこで合格を貰った者が通える選ばれた学府なのだ。
彼もまたその厳しい試験を受け続け、六回目にしてようやく念願の《ハム学》の門を潜ることができた。
この六回目という数字は別段珍しい数字ではない。ほとんどの者は一回目では通らないことが多いのだ。つまりそれほど厳しい試験内容が課せられる。
ペーパーテストもそうだが、一番厳しいのは面接時の質疑応答である。ほぼその時の印象で決まると言っても過言ではないほど、面接官の出す質問のレベルが高いのである。
だがその試験を突破すれば晴れて《ハム学》の学士となれる。一度入れば基本的に卒業というシステムが無いのでいつまでも居続けることも可能なのだ。
しかしそれには莫大な金がかかる。ただ在学中に多くの実績を残したり、《ハム学》の利益になると考えられる人材に関しては無料で研究をし続けられるという待遇を与えられる。むしろ研究資金なども《ハム学》から出してもらえるのだ。
結果を残せない者は、一年に一回支払わなければならない在学嘆願資金がある。これがまた莫大な額であり、おいそれと払い続けられるものではない。
だからこそほとんどの者は諦めて退学したり、アルバイトをして資金を稼いだりして《ハム学》との繋がりを保とうと必死なのである。
《ハム学》で学んだという実績だけでも《ステータス》になるので、なるべく長く滞在して《ステータス》を高めようとする者が多いのだ。そしてあわよくば《皇宮》からお声がかかるような結果を残そうと努めているのである。
そして四十五歳となったアルビスはかなり追い詰められていた。何とか今まで在学嘆願資金を免除とはいかないまでも、少しは削ってくれるだけの研究をし続け、ほそぼそと生き残ってきていた。
しかしもうそろそろ研究が限界までやってきており、このままでは嘆願資金が払えないところまで迫ってきているのだ。
そこで何とか一気に挽回できる研究対象がないか考えたところ、近々不死鳥であるフェニーチェが復活するという話を小耳に挟んだのだ。
アルビスは考えた。もしそのフェニーチェの生態を調査することができれば、嘆願資金が免除どころか莫大な研究資金が手に入るかもしれない。アルビスは一筋の光明を見た。
そしてなけなしの金を使い世界に散らばったとされるフェニーチェの卵の情報を、情報屋から入手した。だがなかなか有力な情報は見つからなかった。
しかし彼は諦めず、四十五年間で培った人との繋がりを目一杯に手繰り寄せてほんの細かい情報も溢すことなく吟味していった。
だが一つ、気になる情報が手に入った。それは【シンジュ霊山】にフェニーチェの卵があるかもしれないという情報。信憑性はほとんどない。
しかし【シンジュ霊山】と言えば、人が登らない山で有名であり、もしかしたらそこに目をつけてフェニーチェが卵を産み付けた可能性だってあった。
これは賭けだった。アルビスはすぐにでも行動を起こし、《探索屋》に依頼を願った。連絡を取り実際に顔を見せたのは本当に信じられるか分からない若者二人だったが、《探索屋》からも二人は信頼できると太鼓判があったので二人に依頼を話した。
そしてその二人が【シンジュ霊山】へ向かって何週間か経った後、二人がアルビスのもとへ帰って来た。意気揚々と彼らに自身の家へと招いたが、彼らから発せられた言葉に愕然としてしまった。
「それで? おめおめと戻ってきたというのですかな君たちは!」
期待していただけに、予想外な答えが返ってきたことに腹を立てて歳のせいで膨らんできたお腹をタプンと揺らしながらアルビスは目を吊り上げている。
「仕方ねえだろうが、それにテメエだって悪いだろうがよ?」
目つきの悪い黒髪の少年、刃悟・藤堂は不機嫌面を隠そうともせずに言い放つ。
「な、何がです?」
「だってよ、急ぎなら船を最速便に変えろって俺らは言った。けどテメエは金がねえからって普通便で行かせたんだ。もし最速便だったら間違いなく今テメエの目の前にはフェニーチェの卵はあったろうよ」
「ぐ……」
そう、アルビスは刃悟からそれほどの急ぎなら【東大陸・ドルキア大陸】へ最速で向かえる船のチケットを取れと言われていた。だが最速便は普通便の数倍の金がかかる。
もうそれにかける余裕がなかったアルビスは、二人に普通便で行くように指示した。その結果、最速だったら二日ほどで目的地に着けたのだが、結果として五日ほどかかってしまったということだ。
「し、しかしです! あなた方は一応は間に合ったのでしょう! それなのに他の者に横取りされた! それでも最高を名乗る《探索屋》なのですか!」
「何だと?」
「腕利きの二人だと言うから私は依頼したのです! それなのに何の手掛かりも無しで帰って来るとは【火ノ原流】とやらも地に墜ちたのではないですかな!」
「テメエ……言わせておけばっ!」
刃悟が拳を震わせ床を蹴り上げて距離を詰めようとした瞬間、刃悟の肩に大きな手が置かれて制止させられる。アルビスは刃悟の殺気に当てられて腰を抜かしている。
「落ち着きなさい刃悟。話は私がするわ」
「……ちっ」
刃悟は不愉快気に目線をアルビスから逸らすと一歩下がる。そして彼を止めた大柄の男、善慈・青峰がアルビスと真正面から対峙する。
「わ、私はたたたただ依頼をしただけだ! な、何の収穫もなく帰って来た君たちが悪いのではないのですか!」
アルビスが震えながらも指を突きつけながら叫んでいる。刃悟がまたもギロリと睨むと「ひぃっ!」と尻を床につけたまま後ずさりをするアルビス。
善慈がやれやれといった感じで刃悟を窘めた後、
「確かにフェニーチェの卵を持ち帰るという依頼はこなせませんでしたが、何も収穫が無かったというわけではありません。卵を持ち去った者の名前は把握済みです」
「な、何と!? そ、それは本当なのですかな!」
「はい。名前はソージ・アルカーサ。調べたところ【モリアート】という街の屋敷に仕えている執事のようです」
「【モリアート】というと【ドルキア】ですね……そうですか、そこに卵が……」
「今回、アルビスさんの依頼を満足にこなせなかったというのも事実ですから、依頼料はお返しします。今の情報はせめてものお詫びとさせて下さい」
善慈が頭を下げると刃悟を伴って部屋から出て行こうとする。だがそこでアルビスの制止がかかる。
「待って下さい!」
「……何か?」
「い、いいのですかな?」
「……?」
アルビスの言った意味が理解できずに二人は眉をひそめる。
「何がですか?」
「き、君たちもその者に自尊心を傷つけられたってわけですよね!」
「…………」
「な、ならばその名誉を回復するためにも、その執事から卵を奪い返すことができれば一番良いではないですか?」
アルビスは額から汗を流しながら早口で捲し立てているが、何かを悟ったように善慈の目が光る。
「……なるほど、我々を焚きつけて再度執事と応戦させるおつもりですか?」
「ぬ……」
「おい、調子に乗んなよデブ学士がっ! テメエの都合の良いように俺らを動かせると思ってたら承知しねえぞ!」
刃悟がアルビスに詰め寄ろうとするが、またも善慈に阻まれる。
「どけ善慈! コイツは一度ぶん殴る!」
「ダメよ。そんなことをして【火ノ原流】の名誉を汚すつもりかしら?」
「く……」
「何の力も持たない素人を殴って、それを先生が知ったらあなた…………地獄を見るわよ?」
サ~ッと刃悟の顔が青ざめる。そして彼は大人しくなった。善慈が再びアルビスに対面する。
「アルビスさん、確かにあなたの言う通り、彼から卵を取り戻すことができれば【シンジュ霊山】の時の借りを返せるでしょう」
「な、なら!」
「しかし!」
「っ!?」
善慈の目つきが鋭くなり明らかな敵意が走ったためアルビスは硬直する。
「あまり私たちを甘くみないことね。あなたの思い通りになんて動いてあげないんだから」
「あ……う……」
「ふふ、じゃ~ね~」
善慈はウィンクを一つすると、刃悟と一緒に部屋から出ていった。残されたアルビスは絶望のまま顔から血の気をなくしていた。




