第七話 成長したソージ
真雪が【オーブ】に召喚されて数か月、彼らは英傑と呼ばれ今、召喚を行った【ラスティア王国】の頼みにより【ゾーアン大陸】へと足を踏み入れていた。
そして魔族を統率している者を探し出し、ようやくその根城を突き止め、討伐せんがために【魔巣窟】という場所に辿り着いた時、真雪たちの目の前には驚愕すべき光景が広がっていた。
それはそこに潜んでいる魔族たちのなれの果て。それが大量に散在していた。真雪、セイラ、そして和斗はいきなり襲われる覚悟をしていたが、あまりのことに肩透かしをくらった感じで呆然と立ち尽くしていた。
一体何があったのかと三人で考察しながらも奥へと進んでいく。そこには生命の欠片も感じず、ただ死が広がっていた。何かに噛み千切られたような死体や、真っ黒に焦げている死体もあった。
真雪たちもこの数か月で魔族を殺めるという経験もしてきた。さすがに慣れはしないが、それでも生きるために、そして元の世界に還るためにも、我慢して強くなってきた。
しかしさすがにこの状況は予想外であり、思わず手で口元を覆うほどだ。すると奥から何かが破壊される音が響いてくる。
誰かいると三人は警戒を強めながら、ゆっくりとした足取りで前へと進んでいった。そして開けた場所に出たところで、全員が目を見張っていた。
ここにいる魔族の統率者の外見は、情報からどんな存在なのか理解していた。だから一つはその統率者だと分かった。問題なのは……
その統率者をオレンジ色の煙のようなものがまるで生きているかのように統率者の首を絞めて、宙ぶらりんにしていたことだ。両手両足も同様の煙に縛られてあり身動きができないようだ。その表情は絶望に歪んでいる。そしてその煙を操っているであろう人物が、悠然と立ったまま統率者を見上げていた。
情報では統率者の強さは英傑と遜色ないほどの力を持つと言われていた。だからこそ真雪たちはしっかり訓練し、チームワークも向上させ、力を合わせて戦うと決めていた。
しかし今、その統率者は、目の前にいる赤髪の人物。後ろ姿しか分からないが全身黒づくめの存在に今まさに殺されようとしていることは理解できた。
刹那、その赤髪の人物の手から今度は白い煙が出現し、統率者の真上に収束していく。そしてその煙がまるで口を開けるように大きく広がると、統率者を食べるように包んでしまった。煙の中からは痛々しい悲鳴が響いているが、徐々にその声も小さくなっていき途絶える。その光景をただ唖然と見守るしかできなかった真雪たち。
しばらくして、煙は霧散していく。手品のように統率者の姿が消失していた。何が何だか分からないが、ただ一つ、三人に共通して感じたことは、統率者は死んだということだ。それも呆気なく。
すると赤髪の人物が自分の肩を誇りでも払うようにしてはたく仕草をする。
「あ~あ、服が汚れちゃったな。これじゃまたお嬢様に叱られる」
少し低いが、まだ幼さを残す少年の声音。だが確かに真雪はその声を聞いて、脳天に電撃が走ったような感覚を覚えた。
(……嘘)
赤髪がゆっくり、こちらの存在に気づいたのか振り向く。真雪はその顔を確認しようと瞬きを忘れていた時、
ブチッ!
突然右腕にしていたミサンガが切れて地面へと落ちた。「え?」と反射的に顔を下に向けミサンガに目が行く。セイラも一瞬赤髪の姿を見たが、真雪の声を聞き、彼女は目だけを真雪の方に向け赤髪から視線を切った。
「ん? おっと、これはいけませんね。どうか私のことはお忘れになって下さい」
赤髪がそう呟くと、そこから大きくジャンプして、そのまま天井にできた穴から出て行った。物凄い跳躍力だった。
「あ、待ってっ!」
真雪は咄嗟に叫ぶが時すでに遅し。もう彼の存在は消失していた。真雪はミサンガを素早く拾うと、来た道を急いで引き返して行く。
「あ、真雪さんっ!」
「お、おい天川さん!」
セイラと和斗が叫ぶが、真雪は無視して走り続けた。外に出て、周囲にくまなく視線を泳がせるが、目的のものは発見できず。
「…………嘘……嘘……」
真雪の目が潤み始める。ミサンガを持った右手を強く握りしめ、身体を小刻みに震わせる。その後ろから仲間たちが追ってきた。
「ど、どうされたのですか真雪さん!」
「そうだよ、一体全体何がどうなっているんだい?」
最後の和斗の質問は、先程の人物もそうだが、この魔族殲滅現場の光景に対してのものだろう。
真雪は二人の質問に答えないで、ジッと空だけを見つめていた。空の遥か向こうにいる誰かを探すように遠い目をしながら……。
初めて魔法を使ってから十二年が経っていた。ソージ・アルカーサも十七歳になり、前世から合わせると、精神的な年齢は三十一歳になっていた。もうオッサンである。
この十二年で変わったことはいろいろある。まずソージが八歳になった時、ソージが仕えているヨヨ・八継・クロウテイルの父親であるジャスティンが、ヨヨの母親の故郷である【日ノ国】へと単身で向かって行った。
小さい頃、ヨヨが言ったように、屋敷はヨヨのものになり、彼女が当主になった。僅か九歳の当主誕生である。
ジャスティンはそれまでにヨヨを自分の代わりができるように全てを教え、ヨヨもまた必死で吸収し、見事に成長していった。見た目はともかく、中身はとても九歳とは思えないほどの器を備えていた。知識、経験、言葉遣い、立ち振る舞いなど、全てにおいて子供のそれとはかけ離れたものだった。
そしてソージ自身はというと、正式にヨヨの執事として任命され、執事長のバルムンクから執事のイロハを本格的に叩き込まれた。任命されたとはいえ、まだ見習い執事ということだ。
一度ヨヨに貴族たちのパーティに連れて行かれたことがあったが、ソージはただ一人初めて参加したパーティに戸惑いあたふたしていただけだったが、ヨヨはそんなソージにこういう世界の内情を見せたいといって、ずっと傍についていてくれた。ありがたいと思う反面、ヨヨに恥ずかしい思いをさせているのではと思い悔しくもあった。それから一層ああいう場での振る舞いなどを勉強したのだが。
ソージも元々家事スキルが激高だったため、吸収率は高く、他の執事やメイドに劣らぬ動きを見せて、十歳になる頃には家事のみだが、もう教えることは無いとバルムンクに言わしめるほどまでの高みに辿り着いていた。
しかしまだ、執事としての心構え、執事としての気配り、執事としての振る舞いなどなど、覚えることはたくさんあった。
バルムンクは自分の全てをソージに叩き込み、ソージもまた早く一人前の執事になりたいと必死で学んだ。
特に激しかったのは戦闘訓練だった。時には血反吐を吐かされたこともあった。死ぬ思いも何度か味わった経験がある。一度バルムンクと修業の旅に出た時、身の丈十メートルはある凶暴な生物に囲まれた時はさすがに命を諦めた。しかしバルムンクは「ヤッハッハッハ!」と笑顔を浮かべながら瞬殺していくのだから、その時の驚きは顎が外れかけたのを覚えている。いや、アレはもう外れていたのかもしれない。
そんなこんなで日本にいた時は決してありえない冒険を体験し、そのお蔭で身も心もタフにはなった。二人で賊とやりあったこともあったし、スパイのような任務もこなした。三日間寝ずに灼熱砂漠を歩いたこともあった。疲労感も汗ひとつも見えないバルムンクが「ヤハハ! 今日は涼しいですなぁ」と言った時、恐怖で男の大事な部分が縮んでしまったことは内緒だ。
そしてソージが十五歳になった時、一度帰って来たジャスティンから正式にある任命を受けた。それはこの屋敷の執事長の任命だった。
バルムンクがいるではないかと思ったソージだが、何でも今後はジャスティンとともに行動するとのことで、屋敷から出るという。最初からソージを自分の後釜にするために、バルムンクは鍛えてくれていたということだ。
正直化け物の後釜は荷が重いと思ったのだが、現当主ヨヨの推薦もあったため、彼女の面目を汚さないためにも、謹んで頂戴した。ちなみに母親であるカイナは、息子の出世に泣いて喜んでいた。
それからは屋敷の雑務や家事などは一切がソージの責任となり、忙しなく働いてきた。無論魔法の訓練もした。執事は主人が危険な時、身体を張って守らなければならず、強くなければ務まらないとバルムンクから教えられ、身体も必死に鍛えた。というより、今度会った時、弱体化していたらまた砂漠行きましょうと冷笑を浮かべながらバルムンクが言ってたので死ぬ気で鍛えてきた。
お蔭で今まで何度かヨヨもジャスティンのように狙われたことがあるが、ソージが身を挺して守ってきた。バルムンクとの修業に比べれば、涙が出るほど易しい相手だった。
また向上した身体能力もさることながら、自分の『創炎』の魔法はやはり使い勝手が良く、反則並みに万能だったので嬉しい限りだった。
そうしてなりたかった執事の仕事に勤しんでいると、ヨヨからある命令を受けた。
『魔族の統率者を滅ぼしてきなさい』
一瞬耳を疑いかけたが、二度は言わないといった表情だったので、二つ返事で了承した。ヨヨは無意味なことはしない主義なので、必ず意味があると判断した。
過去にも「何で?」と思うような仕事を任されたりしたが、どれも必ず理由があった。まあ、その理由も自分で調べる必要があるのだが……。
聞いてもそれくらい察しなさいと言われるだけだ。情報収集能力も執事には必要よと言われれば、仕えている者としては動かざるを得ない。
そしていろいろ調べたところ、魔族の統率者が権力者を次々と殺している事実が判明した。そして近々ヨヨにもその手が伸びる可能性もあったため、先手を打ってヨヨは魔族の殲滅をソージに命令したということだ。
初めて誰かの命を奪ったのは、十三歳の時だった。ヨヨが誘拐された時、彼女が傷つけられてカッとなり相手の命を奪ってしまった。相手も人を何度も私的な理由で殺している賊だったので良心の呵責はなかったが、それでも精神的に人殺しの重みは相当なものだった。
その衝撃によりずいぶん寝込んでしまったが、その時もヨヨは看病してくれた。そして、
『一緒に強くなるわよソージ』
と言ってくれた。それから、ソージは無様なところは見せたくないと、バルムンクに時々闇の仕事を手伝わせてもらうことにした。
この世は理想郷ではない。都合の悪いことや欺瞞に満ちているところだって多々ある。そして時には主のために手を汚すこともある。
そんな闇の部分に足を踏み入れて、最初は精神汚染が激しかったが、今ではもう慣れた。つくづく人という存在は慣れる生き物だと痛感した。
それでも無闇に人を殺したりはさすがにしたくはないが。こうしてソージは身も心も強くなっていった。
そして今回の統率者抹殺も、できれば誰かに見つかる前に速やかに終わらせたかった。あまり目立ち、ヨヨを危険に晒すわけにはいかないからだ。
だから単独で動き、魔族を討伐し、最後に統率者を『喰』の白炎で瞬殺した。ハッキリ言って弱かった。というよりもソージの魔法が反則過ぎて、相手はほぼ半泣き状態だった。
ただ一つ問題があったのは、統率者を倒した後だった。誰かに見られるつもりはなかったのだが、気づくと人間らしい三人に姿を見られていた。
一人は少年、二人は少女のようだった。少女のうちの一人は顔を俯かせていたため顔を確認できなかったが、少なくとも知り合いではないだろう。こんなところまで来る黒髪の少女に心当たりは無かった。
少年の方は、どこかで見たことのあるような顔立ちだったが、ああいうイケメンはどこの世界にだっているんだなと舌打ちを内心でしてから、その場をすぐさま後にした。
途中、聞いたことのあるような声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思ってそのままヨヨのもとに帰った。
帰って報告した時、ヨヨから、
『よくやったわ。さすがは私の執事ね。ご苦労様』
と微笑みを頂けた。ヨヨに姿を見られた三人について話すと、その三人はどうやら【英霊器召喚】でこの世界に喚ばれた異世界人だということだった。
そんなライトノベルみたいな話があるんだなと思ったが、自分にもそれと同等なことが起きているのを思い出し苦笑した。
もしかしたらわざわざ自分が出向かなくても良かったのではとヨヨに言うと、
『いいのよ。これでまた一つ、あなたの強さが証明されたもの』
と嬉しそうに言っていた。何だかむず痒くなりその場を離れようとした時、服が汚れているのに気が付いたヨヨから、
『服を汚すなんてまだまだね。バルなら鼻歌混じりに相手を殲滅して無傷で帰って来るわよ』
そう言われたので自分も無傷だと言った。だが、
『あら? 燕尾服は執事の身体そのものと、教わらなかったの?』
そう言われればもう反論の余地は無かった。ガックリと落ち込むソージに、
『フフ、精進なさいソージ』
楽しそうに目尻を上げていた。こういう顔をする時はヨヨが人をからかう時なのだ。ソージは「申し訳ございませんでした」と謝罪して、仕事に戻っていった。