第六十八話 再会する幼馴染
ソージは左手から生み出されている白炎を操って、巨人の腕を棍棒ごと白炎に呑み込ませたのだ。だがまるで痛みすら感じていないように平然とギロリとソージのことを見下ろす目の前にいる巨人を脅威と判断して、
「喰らい尽くせ、白炎」
その呟きの直後、巨人の頭上に放たれた白炎が大きな口を開いてそのまま身体ごと呑み込んだ。
「さあ、今すぐお逃げ下さい!」
ソージはチラリと背後にいる茶髪の少女と親子を見る。親子の方は「ありがとうございます!」と言ってその場から急いで離れようとするが、茶髪の少女は何故かぽ~っとした様子でソージを見つめていた。
一体何故彼女はその場を動かないのか分からない。ソージは彼女には見覚えは無い。つまり知り合いではないと判断したのだが、彼女の背後から残り二体の巨人のうち一体が彼女に迫ってきている。
「させませんよ! 白炎!」
すぐさま身体ごと振り向き白炎を操り巨人に向かわせる。巨人の動きはかなり緩慢なので簡単に捉えることができる。そしてそのまま先ずは上半身を喰らい、すぐに残りの下半身を喰らい尽くした。
(あと一体か)
ソージは横目で残りの一体を確認する。しかしその時、上空から巨人の頭上目掛けて落下してきた者がいた。
ザッシュッと巨人の首がその者に斬り落とされる。ソージ以外の皆はその光景に驚く。何故ならそれを成した人物がメイド服を着込んだ女性なのだから。
「さすがですテスタロッサさん!」
ソージはその者の名を呼ぶ。そして上空に浮かばせていた橙炎をヨヨのもとへと移動させる。その上にはフェムが乗っている。テスタロッサはその橙炎から巨人に向かって跳び下りてきたのだ。恐らくフェムの命令でやったのだろうが、さすがは《自動人形》である。
彼女の手には、どこから取り出したか分からない一振りの剣が握られてあった。メイド服を着込んでいるのでかなりシュールな姿だ。
しかし首を落とされたはずの巨人が何故か動くのを止めない。
(おかしい。そういや、さっきの巨人からも血が出ていなかった……まさか?)
ソージは巨人の身体を白炎で傷つけたにも拘らず本来なら噴出するであろう血液が無いことに疑問を抱く。首を落とされた巨人の首からも血液が発見できない。それどころかよく見ると機械のような構造を首の中に見た。
(そういうことか!)
ソージは巨人の正体に気づき、なおさら手加減がいらないことを理解する。
「最後です! 喰らい尽くせ、白炎!」
物凄いスピードで巨人へと向かう白炎。縦横無尽に動き、巨人の身体を消失させていく。そしてとうとう頭だけを残して、三体いた巨人はその場から消えた。
ソージは白炎を解除すると、テスタロッサに視線を向けると、
「お疲れ様でしたテスタロッサさん」
「…………任務完了。そちらも無事のようですね」
「ええ、どうやらとんでもないことになっていたようですが、死人は出なかったようで良かったで……」
「想くん……?」
言葉の終わりに被せるように呟きがソージの耳を貫く。無論反射的にそちらに顔を向けようとした瞬間、
「想くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっっっ!」
「へ? うわっぷっ!?」
突然目の前を闇が覆う。そして温かく軟らかな感触が顔全体に広がる。
(なななな何だぁっ!?)
しかも鼻腔を心地好くくすぐるような甘い香り。嗅いでいると安心するというか、興奮するというかよく分からない衝動がソージの脳内を駆け巡る。
一体何事なのだととりあえず倒れそうになりながらも必死に大地を踏みしめ踏ん張る。
「想くん想くん想くん想くん想くん想くん想くんっ!」
ソージの脳内で「ソウクン」とは何だろうかと必死で考えるが思いつかない。一つだけそう呼ばれていた頃があったので、完全に聞き覚えが無いわけではないが、それはありえないことなので排除している。
しかしこの温かさは誰かに抱きつかれていることは間違いなく、しかもこの軟らかさは……
そう考えると思わず頬が緩んでしまうが、刹那、背後から黒いオーラを感じて背筋が凍る。このオーラは見覚えがあるどころではない。もしこの状態を無視すると命も危ういと判断し、慌てて今抱きついているであろう女性を剥がす。
そして頬を染めながらも最大限気持ち良くなどなかったぞという表情を装いながら目の前の彼女に視線を向ける。
―――――――――――――――――時が凍る。
ソージは一瞬これは夢の中だと断じてしまったのは無理も無い。それほどありえない光景が視界いっぱいに広がっていたのだから。
明るい、太陽のような笑顔。もうその笑顔を見ることがなくなってずいぶん経つ。そんな笑顔を持つ少女をソージは知っていた。
しかしソージにはもうその少女の笑顔を見ることができない事情があった。いや、正直転生されてからしばらくは夢の中で何度か彼女に会ったことはあった。
そこでも彼女は普段と変わらない笑顔を振りまいていた。そしてそんな彼女にぶっきらぼうに相手するソージ。そう、それは朝倉想二だった時の記憶。
だからこそ、今目の前にいる少女を見て夢だと思った。何故ならその笑顔を持つはずの少女が顔をクシャクシャにして泣いていたのだから。
「…………真雪……?」
その呟きに泣きながらも必死で笑顔を作るように頬を緩める。そしてソージの耳に、確かに聞き覚えのある懐かしい声が耳をつく。
「久しぶりだね、想くん!」
そこにいたのは、間違いなく想二の幼馴染だった天川真雪だった。
「想くんっ!」
「うおっと!?」
またも真雪に抱きつかれて、今度はしっかりと受け止める。彼女の顔が自分の顔の近くにあり、相変わらずの巨大バストがソージの胸にその感触を伝えさせているのだが、ソージはその感触を楽しむことはできない。むしろ頭の中は盛大に混乱が起こり、事態を把握し切れずにいる。
そこへヨヨが、こちらも相変わらずの黒いオーラを噴出しながら、表情を凍らせて近づいてきた。
「……ソージ?」
「ひゃ、ひゃいっ!」
バッと反射的に真雪を剥がして距離を取ると、ヨヨに対面する。
「ずいぶん、仲が良いみたいだけれど、抱きつくほど親密なのかしら?」
「い、いや、抱きついたのはオレじゃなくてですね!」
「あら、それにしては嬉しそうだったけれど、私の勘違いかしら?」
言葉の端々にまるで氷でできたナイフを首元に突きつけられているかのごとく、冷やっとする体感とともに命の危険を悟る。
これは自分が何を言っても言い訳にしかならず悪化の一途を辿るだけだと判断したので、ソージはカイナに視線を向けて助けを請う…………が、当人はどこにいるかというと巨人の頭に近づき興味深げに調べていた。
「息子の危険より好奇心優先っ!?」
思わず母の行動に叫んでしまったソージ。こうなったらここはさらに大人の考えができるユーの母親であるシーに助けを求めるが、彼女は困ったように頬に手を当てて、
「あらあら、ソージくんったら、結構手が早いのかしら? うん、負けちゃダメよユー!」
ダメだった。彼女は見事に助けにはならない。しかもユーも「な、なんだかわからないけどがんばるの!」と意気込みを表していた。
仕方無く最後の希望であるニンテに視線を向けたが、
「きっとアレはソージの愛人か何かね」
恐ろしいことにフェムによって偽りの情報を流されていた。
「あ、アイジンって何です?」
「つまりはね、ソージはああ見えて節操がないってことよ」
「?」
「女と見ればむしゃぶりつく変態よ。変態執事よ」
「ちょっとぉぉぉっ! フェムさん! あ、ああああなた何を! しかも純粋なニンテまで巻き込んで!」
これは由々しき事態だった。
「何よ! アタシとテスタの裸を舐め回すように見た癖に!」
「何か言い方に悪意があるんですがっ!?」
確かに見てしまったことは認めるが、舐め回すように見た記憶は無い。しかしフェムのその発言を聞いた二人の人物の耳がピクリと動き、ガシッと二人であるヨヨと真雪に襟を掴まれる。
まるでかつあげされているかのような光景である。そして彼女たちは頬を引き攣らせ、目を吊り上げながら言う。
「どういうことかしら、ソージ?」
「説明してもらうよ、想くん?」
これ何て修羅場……?
ソージは久々に神を呪った日だった。




