第六十六話 奇妙な地震
真雪たちが去った後、刃悟は自分の両手をジッと見つめて頬を染めたままだった。
「…………惚れたわね?」
「なはっ!?」
鳩尾を貫かれたような息を吐く刃悟。
「な、ななななななな何を言ってる善慈っ!?」
「やれやれ……本当にあなたってば、昔から惚れっぽいんだから」
「だ、だから誰が誰に惚れてんだよぉっ! ふ、ふざけたこと……」
「真雪ちゃん」
「うぐっ!?」
「巨乳」
「はぐっ!?」
「ロリ」
「がはァっ!?」
刃悟は地面に倒れピクピクと痙攣している。
「は~確かにレベル高かったわぁ。もう一人のセイラちゃんも負けず劣らず魅力的な子だったし…………あれ?」
刃悟はフラフラになりながらも立ち上がり「ど、どうした?」と尋ねる。
「いや、ちょっと待ってねぇ。確か真雪ちゃんたち、あの赤髪くんの話に嫌に食いつきよくなかった?」
「……っ!?」
ピクッと刃悟は身体を硬直させる。
「しかも彼の名前を出した時、真雪ちゃんだけじゃなくてセイラちゃんまで嬉しそうな顔をしてたわねぇ」
「…………」
「もしかして……赤髪くんの彼女だったり?」
バキィィィィッと地面に亀裂が走る。見れば刃悟が拳を突き立てていた。
「フフフ、何を言ってんだ善慈? あんな素朴で純情で可憐な真雪が、あの根暗で偏屈で逃げ腰野郎のソージ・アルカーサのことを慕ってるわけねえだろう?」
努めて冷静に言葉を吐いているが、明らかに動揺しているのは見え見えだった。
「アナタ……どんだけ真雪ちゃん褒めてんのよ。それと赤髪くんのことボロクソね」
善慈は肩を竦めると人差し指を立てる。
「あ、でもね。もし……もしよ、真雪ちゃんが一方的にソージちゃんのことを好きだったりしたらどうする?」
「……な、何だと?」
「しかも赤髪くんのことを何も知らず、騙されていたり?」
「…………フフフ、そ~ゆ~ことかぁ……」
刃悟の身体からどす黒いオーラが漂ってくる。そしてビシッと、どこかにいるはずのソージを指すように人差し指を突きつける。
「あんな純粋な子を騙しやがってぇ! 必ず目を覚まさせてやらぁ! 待ってろよぉ、真雪ィィィィッ!」
そんな大それた宣言をする彼をとても面白いものを見るような感じで眺めている善慈。
(あ~これだからこの子をからかうのは面白いわねぇ)
ソージが猫フェムと狐テスタロッサとともに下山している時、またも周囲から妖霊族が襲ってきた。仕方無く登って来た時と同様、橙炎を身体に身に纏い彼らの攻撃から身を守る。
「それにしてもニャ、いつにニャったら元に戻るのニャ?」
不愉快そうにフェムが言うが、そればっかりはソージにも分からないのだ。それに戻るその時を一番警戒しているのはソージだ。何せ元に戻ったら、裸の美女美少女が眼前に現れるのだから、もしそんなところを誰かに見られたらとても愉快過ぎる噂が世に跋扈してしまう可能性がある。
一刻も早くヨヨのもとに帰り、二人を彼女に預けた方が賢明だと思い、大きな卵を抱えながらソージは前を見据えている。
するとその時、グラグラグラグラと地面が揺れ始める。ソージの感覚では思わず足を止めて踏ん張ってしまうほどの強烈な揺れだった。
「ニャッ!? ニャによっ!?」
「…………コン!」
フェムもテスタロッサも、彼女たちは両足を地についているため、転倒することはないが、確実に揺れの大きさは感じている。
しばらくすると揺れは治まり、ソージは周囲を警戒する。するといつのまにか妖霊族の姿が消えていた。
(……何だ? こんな揺れは情報には無かったはずだけど……?)
近くには火山も無いし、噴火の原因で揺れが起こるということはない。ということはただ単に地殻変動が起きて地震が起こったのかと考えたがその時、突然前を歩いていたフェムとテスタロッサをボンッ煙が包む。
揺れのせいで虚を突かれたソージは、そうなることに対し警戒を緩めてしまっていた。当然ソージの目の前に現れたのは
「…………え?」
「…………?」
全裸のフェムとテスタロッサである。フェムはまだ発展途上であるが、きめ細やかな白い肌をしている。二つの双丘はヨヨよりは立派ではあるが、それでも同年代と比べたら小さい方だろう。
そしてテスタロッサ。彼女は見事としか言いようのないボディをしている。普段はメイド服に隠されていてあまり目立たないが、女性としての魅力がこれでもかというくらい主張してくる。
(う~ん、フェムさんはともかく、テスタロッサさんは、隠れ巨乳……って、何してんだオレッ!)
ソージが黙って見つめていたことに気が付いたフェムは、顔を真っ赤にして盛大に叫び声を上げた。その金切り声はソージの耳をつんざき、顔を歪ませるほどのものだった。
「す、すみませんっ!」
慌ててソージは二人に背中を向けて、「開き納めよ! 紫炎!」と言い放ち右手から紫色の炎を出す。それは扉のような形に変化すると、その扉を開けてソージは中から二着のメイド服を出した。
「こ、これをどうぞっ!」
「…………感謝」
テスタロッサは別段恥ずかしがる素振りを一切見せず、トコトコとソージの傍にやって来て服を受け取りそれをフェムにも渡した。フェムはすぐさま木の陰に飛んでいき着替えているようだ。
そしてしばらくすると、射殺すような瞳で睨みつけてきているフェムと、無表情なテスタロッサがメイド服着用バージョンで現れた。
「……言いたいこと分かる?」
明らかに怒気が含まれた物言い。恐らくソージの反応を見て、ソージが動物化の変化が解けるとああなってしまうことを知っていたと判断したのだろう。
そうでなければ、わざわざ彼女たちにピッタリ合うようなメイド服を用意することなどできないからだ。
「えっと……」
「……見たの?」
「は、はい? 何をです?」
「……かよ」
「へ?」
「だから! アタシの裸よっ!」
顔を真っ赤にして目を吊り上げながら言うフェムに対し、ソージは見ていないという言い訳はできなかった。何故ならすぐに目を逸らさずにガッツリとフェムとも目が合っていたからだ。
仕方無く「少しだけ」と答えると、ゆでダコのように紅潮したフェムがソージを指差して、
「テスタ、お仕置き」
「…………お仕置きモードに移行」
「へ? あ、あのテスタロッサさん? というか《自動人形》にお仕置きモードとかあるんですか? え……何で私の背後に回って……テ、テスタロッサさん? 右腕はそっちの方向には曲がらないようになっていましてってイッテテテテテテテッ!」
ミシミシッと骨が鳴く音が耳に届く。本気を出せば逃れることはできるが、これは甘んじて受けるべきだと思いソージは痛みに耐えることにした。
「ちょ!? こんどは頭って、ああダメですよ! さすがに頭はそれ以上回すと――――――」
ゴキッと嫌な音が響き、ソージは地面に沈んでしまった。
「フン! 乙女の柔肌を見たんだから当然よ! それに黙ってたこともね! これは貸しにしとくからっ!」
それは今の報復でチャラでは? とは言えなかったソージだった。
ソージは首を擦りながら起き上がると、二人に対し気持ちを込めて謝罪した。フェムはまだ顔を赤く染めたままだったが、何とかこの場はもう追求しないと言ってくれた。
ホッと胸を撫で下ろしていると、フェムが先程の地震について話し出す。
「あの地震、何だか自然のものっていうより、何かこう地面から何かが這い出て来そうな感じじゃなかった?」
「地面からって……ここにはアンダーグラウンドな方々は住んでらっしゃらなかったと思いますが?」
「アタシもそれくらい知ってるわよ。それに地底人じゃなくて、別のモノってこともあるでしょ?」
「別のモノ……ですか? 例えば?」
「そうね、例えば大きなモグラとか?」
「…………あれだけの揺れですから、きっととてつもなくファンタジーな大きさのモグラなのでしょうね~」
「な、何よ! た、例えばの話でしょ! そんな白い目で見るなっ!」
ゲシッと脛を蹴られてしまった。地味に痛い。確かにあまりにも突飛な想像力をバカにしたような言い方をしてしまったが、どうやら失敗したようだ。
「テスタロッサさんは何か分かりますか?」
「…………地熱上昇」
「え? 地熱?」
ソージは土の中の温度が高くなっているというテスタロッサの言葉に、やはり地下に何かいるのではと思った。何か大きなものが大地の中を動き回っているせいで、激しい摩擦が起き地熱が上がっているのかもしれない。
(もしくはただの異常気象……とか?)
一年に数回ほど、理解の及ばない異常気象が起こったりはする。ゲリラ豪雨であったり、竜巻、雹など、そして地震もまた同様だ。その道のプロではないソージなので、その現象が起こる説明はできない。だからこそ今回も、そういった局地的な揺れが起きたのではと考えた。
無論局地的ではなく、大陸全体が先程の揺れを引き起こしているのかもしれないが。そしてまた激しい揺れが起き始める。
「こ、今度も大きいわね!」
「え、ええ。気を付けて下さいね!」
もし周りの大木が倒れて来たら厄介なのでソージは自分だけでなく、フェムとテスタロッサの周囲も警戒する。フェムの近くではテスタロッサが警戒しているようなので彼女に任せれば安心のようだ。
そして先程よりも大分長く揺れ続け、ようやく静寂が戻る。
「長かったわね。一体何なのかしら? あ、卵は大丈夫なのっ!?」
フェムが思い出したように叫ぶが、ソージはテスタロッサに折檻を受けている時からすでに橙炎で卵を包んで宙に浮かせていたので何の問題も無かった。
フェムもせっかく取得した卵の無事を確認してホッと息をついている。ソージたちは一応、揺れの原因が近くに無いか少しだけ探ってみた。フェムたちも元に戻ったので、早く帰って彼女たちをヨヨに預ける必要が無くなったのだ。
周りを見て回ったが、それらしきものは見当たらなかった。やはり何かの生物の仕業ではなくて異常気象からくるものかとソージが思ったその時、遠くの方から悲鳴が聞こえた。
しかもそれは一つだけでなく、大勢の人の叫び声だった。
「ちょっと! この声の先って!?」
フェムが心配しているのは当然だ。何故なら声のした方向は、ソージたちが向かっている場所。つまり山の麓であり、ヨヨたちがいるところなのだから。
今のところ、ヨヨの危険をソージは感知していない。ヨヨに手渡している黄炎の紋様が入ったタグをネックレスとして首にかけているヨヨ。それを身に着けていると、ヨヨの危険をソージが感じることができるのだ。そしてその紋様がある場所へ転移することも可能な、使い勝手の良い黄炎である。
(今はまだヨヨお嬢様たちに危険はないってことか。けど急ぐ必要はあるな)
ソージはすぐにでも状況が変わる可能性があると仮定して、すぐさま橙炎で雲のような形を創る。そしてその上に乗る。
「さあ、お二人とも早く!」
「ええっ!? そ、それって乗れるのっ!?」
「…………驚愕事実」
二人は驚いているようだが、ソージは急いでいるので説明は飛びながらすると言って、二人を強引に乗せた。そしてフワッと浮かせると、フェムなど初体験したニンテのように尻餅をついていたが、テスタロッサは変わらずいつも通りだった。
「急いで行きますから気を付けて下さいね!」
ソージはまるで筋斗雲の如く山の麓へ目指して飛んで行った。