第六十三話 避けられそうにない闘い
ソージの前に現れたのは二人の人物。一人は大柄な男で、もう一人はソージよりも小さいが、目つきが鋭い黒髪少年である。
「何かご用でしょうか?」
努めて冷静に対応するソージ。何となく相手の雰囲気から事情を察しているが、とりあえず話を聞くことにする。
「ああ、その卵、フェニーチェの卵だろ?」
「いえいえ、これはここに生息するグランイーグルの卵ですよ? ほら、外見もフェニーチェの卵とは違うじゃないですか」
「あら、良いお・と・こ!」
突然身体をくねらせ始めた大柄の男。そして何故か頬を染めて、ソージを見てくるその視線に危ないものを感じて背中がヒンヤリとした。
「と、とにかく、フェニーチェの卵がこんな場所にあるわけがないではありませんか。確かフェニーチェというのはどこかの火山に生息しているのでは?」
そう誤魔化すように言うソージだが、黒髪少年の目つきがさらに悪くなり、
「はん! 騙されっかよ! 知ってるぜ? フェニーチェの卵はそこにある風景と同化する能力を持ってるってな」
ソージは内心で舌打ちをする。
「大方そこにあったグランイーグルの卵に擬態でもしたんだろうよ。それに悪いが、そいつがフェニーチェの卵だってことはここにいる化け物が見分けられんだよ」
「もう! 化け物なんて酷いじゃないのよ! あ、でもアナタにそう言われると何だか体の奥がゾクゾクッとしてくるわ! な、何か目覚めそうよ」
「そんなヤバイもん目覚めさせんなっ! つうか見ろアイツらを! 俺のことをお前のお友達以上の関係では? みたいな感じで見てるじゃねえかよ! ち、違うからな! 俺とコイツは仕事のパートナーであって、断じて俺はノーマルだかんなっ!」
必死になって半目で見つめているソージたちに言い訳する少年。
「あ、いえ、その……大丈夫ですよ。そういう世界もあるということは知っていますし、どちらかというと理解のある方だと思いますから」
ソージは慰めるように少年に対して言うと、少年は頭を抱えだした。
「ちっがぁぁぁぁぁう! 俺はホントにノーマルなんだぁぁぁっ! 将来の夢は可愛い奥さんとたくさんの子供に囲まれて良いパパになることなんだよぉ!」
「うん、アタシ頑張るわ」
「おめえじゃねえェェェェェェェッ!」
ソージは突然始まった漫才にどう対処していいのか肩を落とす。なかなかに面白いやり取りであり、ソージが火をつけたようなものなのだが、ここにこうしていつまでも時間を浪費するわけにはいかない。
「おほん! ではこれがフェニーチェの卵だと、あなたたちは仰るのですね?」
すると少年の方も一つ咳払いをしてからビシッと卵を指差す。
「ああ、その卵からはフェニーチェのニオイがするらしいからな」
「……もしかしてそちらの方の?」
大柄の男に視線を促す。
「ああ、コイツは犬並みの嗅覚を持ってやがってな。どうだ? 気持ち悪いだろ?」
「そんな! 気持ち悪いなんて…………ああ、でもその罵倒、癖になりそうだわ」
「あの……二人が仲睦まじいことは理解したのですが、話の続きを……」
「だ、誰が仲睦まじいだ! 止めろ止めろ! 身体が痒くなってくるぅ!」
「あらん! んじゃアタシがかいてあげるわよ! さあ、一刻も早く服を脱いで!」
「さ、触るな変態ィィィィィッ!」
「ぶべしんっ!」
少年が男の頬を拳で殴ると、男の顔がグリンと横に跳ねたが、またグリンと凄まじい勢いで元に戻すと、鼻血を出したまま再度少年に詰め寄ろうとする。
「ああこら! 近づいてくんなぁ! だ、誰か助けてくれェェェェェェッ!」
帰っていいだろうかと本気で聞きたくなったソージだった。
漫才を大分見せられ、ソージではなくフェムが苛立ちを含めた言葉を二人にぶつける。
「ちょっとぉ! アンタたち、一体ニャんニャのよ!」
突然猫が喋ったので、二人の男は驚き目を見張ったが、すぐに状況を理解したように顎を引く。
「何だよ、お前の連れか赤髪? 見たところ妖霊族にやられたみてえだけどな。よくもまあそんな足手纏いを連れてきたもんだ」
黒髪少年の言葉にカチンときたのか、フェムがフシャーといった感じで怒鳴り声を上げる。
「ニャ、ニャによそれぇっ! ア、アタシは足手纏いニャんかじゃニャいんだからニャーッ!」
「はん! 妖霊族ごときにやられる程度の実力しかねえのはマジだろうがよ!」
「ニャ、ニャんですってェェェェッ! ソージ、アイツ嫌いニャッ!」
嫌いと言われてもつい突っ込みを入れそうになったが、入れると怒りの矛先が自分に向かってきそうなので黙っていた。
「まあまあ刃悟、ちょっと静かにしてね。えっと、そこの赤髪さん? 別にこちらとしては譲ってくれるのなら多少のお金は用意できるのだけれど?」
大柄の男の方が妥協案を示してくる。
「そうですね。もしお断りすればどうなるのですか?」
「あら、そうねぇ~、そうなると困っちゃうわね。主に……あなたがね」
その瞬間、刃悟と呼ばれた少年から敵意が迸り、即座にソージとの距離を潰してきた。
(速いっ!? それに今の足運びは!?)
その動きは風の如く、道端に落ちている落ち葉も彼が動いた衝撃で上空へと舞っていた。思わずソージは橙色で宙に浮かべているフェニーチェの卵を自らの盾とするように前方へ移動させた。
すると間を詰めてきた刃悟は驚愕したように目を見開き、慌てたように足に力を込める。そしてそのまま足でブレーキをかけると、今度は一歩距離を取るように後ろへと下がる。
そしてギロリと射抜くような視線をソージに向けてくる。
「おいテメエ、その卵はテメエにとっても大事じゃねえのか? それを盾にするか普通よ?」
彼の言い分も尤もだろう。まさかソージが卵で身を守るとは思っていなかったに違いない。
「ええ、大事ですよ。卵を手に入れるためにここまで来たのですから。ですがそれはあなた方も同じでしょう?」
「は?」
「そんな卵を傷つけようとは思わないと思ったので盾にしたのですよ」
「俺が止まらず攻撃をしちまってたらどうしたんだよ?」
「いえ、それは無いかと思いました」
「……どういうことだ?」
「あなた方から伝わってくる独特の雰囲気。それは強者である証。こう見えていろいろ旅をした経験もございまして、そういった観察力も養ったのですよ。そしてあなたなら、間違っても卵に攻撃しないと、必ず出した拳を抑えられると判断しました」
「……つまり俺が卵に攻撃できないことも、勢いのついた攻撃を止められる実力があることも見抜いたってことか?」
「ええ、それにあなた、《火ノ原流》の使い手ですよね?」
「っ!?」
その驚きは刃悟だけでなく、大柄な男も同様だった。
「……知ってんのか?」
「ええ、知り合いに使い手がいるので」
「……そうかよ。でも何で分かったんだよ?」
「先程の足運びを拝見したからですよ? 確か《飛脚》……でしたよね?」
すると刃悟の方ではなく大柄な男の目が細められる。
「刃悟、どうやら彼は一筋縄じゃいかないみたいよ? アタシも手を貸して……」
そう言いかけたところ、刃悟が手を上げてその言葉を止めた。見れば刃悟の瞳に獰猛さが滲み出ており、口元は嬉しそうに歪められている。それを見た大柄な男がやれやれといった感じで肩を竦めている。
「あ~あ、出ちゃったわね。バトル魂が……」
「バトル魂?」
ソージが聞き返すと、男は答えてくれる。
「まあ、簡単に言うとバトルジャンキーってことよ」
「ああ……それはまた面倒な人種ですね」
「ゴチャゴチャとうっせえな! おいテメエ、名前は何て言う?」
「…………名前を聞かれるのでしたら、まずはそちらから名乗られるのが礼儀ですよ?」
「む? そうか? なら教えてやる」
ずいぶん正直な戦闘狂だった。
「俺は刃悟・東堂だ! 【日ノ国】出身だぜ!」
黒髪黒目は【日ノ国】出身者の特徴でもある。ソージの前世が存在した日本と文化が非常に良く似た国である。名前の記載も漢字であり、日本と違うのは名前が先に呼ばれて、苗字が後にくるということだろう。
「それじゃアタシも紹介しようかしらん。アタシは善慈・青峰よ。よろしくねん!」
できればソッチ系の人とは宜しくはしたくない。
「ほら、名乗ったぜ! テメエも名乗れ!」
「嫌ですね。相手が名乗ったからこちらが名乗る義務はないですよ?」
「ぬぐ! テ、テメエなァ……」
正論ではあるが、今の流れで否定を意味する言葉を吐くソージに頬を引き攣らせる刃悟と善慈。
「あはは、冗談ですよ。私はソージ・アルカーサです」
「アタシはフェム・D・ドレスオージェニャ!」
「テメエには聞いてねえよ猫!」
「ニャッ!? ソージ! やっぱアイツ嫌いニャッ!」
ソージははいはいと宥めながら猫フェムの頭を撫でると、彼女は「ふにゃ~」と言いながら気持ち良さそうに目を細めている。そしてフェムとテスタロッサをプカプカと浮いている卵の上にそっと乗せると、「ちょっとそこで待っていて下さい」と言う。
彼女たちもコクンとその小さな頭を動かして肯定する。
そしてソージは刃悟と対面すると、
「話し合いで解決できればその方が一番良いかと思いますが?」
「よく言うぜ。テメエはそいつを渡すつもりはねえんだろうが」
「まあ、そうですね」
「それによ、テメエとは戦ってみてえ」




