第六十一話 ヨヨと真雪の邂逅
人々はこの妖霊族の力を『無邪気な悪戯』と呼び恐れている。何故ならこの変化、いつ元に戻るか分からないのだ。しかも元に戻った時は、何故か着ていた物が失われ……つまりは裸になってしまうのである。
ソージも初めてこの山に来た時は、その洗礼を受けて、しかも豚にされてしまい、大いにバルムンクに笑われたものだった。しかもなかなか元に戻らず、下山して道を歩いている時に元に戻ったのだから、その時の慌て様は忘れもしない。
近くにいた人の視線があれほど痛かったのは生涯心に残っていくだろう。
「…………コン」
何だか物凄く可愛らしい小動物がいた。外見上では狐なのだが、見た目で何となくテスタロッサさんだと分かるような雰囲気を持つ狐だった。しかも可愛らしく首を傾けて鳴くのだから、思わずペットにしたいと思っても不思議ではないだろう。
ソージは二匹、いや、二人を抱えるとすぐさまそこからダッシュで逃げる。ここでソージまで動物化するわけにはいかないのだ。
無論後を追って来る妖霊族だが、白炎を巧みに操作して追っ手を断っていく……が、すぐに前方からもウヨウヨと現れる。
「あ~仕方無いですね。こうなったら疲れますが…………想いを像れ、橙炎」
今度はオレンジ色の炎を生み出し、それが身体を纏っていく。目だけを覆わないでまるで炎の鎧を身に纏っているかのようだ。フェムなどはその変わり様に驚愕している。
するとソージはそのままゆっくりと歩いて行く。
「ニャッ! ちょ、ちょっとソージ!? いろいろ聞きたいこともあるけどニャ、奴らが来るニャ!」
フェムの言う通り周囲から一斉に襲い掛かってくる妖霊族。そしてソージの身体に触れ…………ることはできなかった。
何故ならオレンジ色の炎に触れる妖霊族だが、普通の服を着ていた時のように擦り抜けて肌に触れることができていない。炎のせいで阻まれているのだ。
相手は肌に触れなければ能力を使えないのだ。だからこそのソージの対処法である。相手は魔法には弱い生き物であり、魔法を擦り抜けることができないのだ。
それを見ていたソージの腕の中にいるフェムが耳をピクリと動かしながら尋ねてくる。
「一体どういうことニャの?」
「やはり気になりますか、猫フェムさん?」
「ニャ、ニャによその呼び方ぁっ!」
フシャーッと唸るフェムだが、全く怖くはなくとても可愛らしいだけである。ソージも彼女に軽く謝罪をしてから説明をしてあげた。
すると彼女はなるほどねと言いながらその小さな首をコクンコクンと動かしていた。
「そう言えば、フェムさんは一度ここへ来たことがあるのですよね? その時は彼らの能力に対して何か対処していたのですか?」
「その時はアタシの『透明』魔法で切り抜けてたのニャ」
「ああ、なるほど。あれ? でも何故先程は魔法を使わなかったのですか?」
するとフェムはプイッと顔を逸らすと、
「……べ、別にあ、焦って魔法を使えなかったわけじゃニャいからニャ!」
「そう言えば、フェムさん、妖霊族の存在を忘れていたかのような発言をしていましたよね?」
「…………結構ソージって性格悪いニャね」
恐らく周りの風景に浮かれ過ぎていて、彼らの存在を忘れてしまっていたのだろう。だから彼らが一匹ではなく、複数で襲い掛かって来ることも忘れていて焦った結果、こうなってしまったということだ。やはりツメの甘いフェムだった。
今も平然と歩き続けるソージの周囲で、フワフワと浮いている妖霊族をソージが一応の警戒をしながらフェムの案内のもと前進していく。
【シンジュ霊山】に辿り着いた真雪とセイラは、さっそく山の麓で情報収集を始めていた。多くの屋台などがあり、観光客も結構な数を発見できる。
二人は情報に明るそうな人を探そうとするが、ふと真雪の視界に一際綺麗な女性が映った。羽衣のようなものを頭に被り、透き通って神秘的な美しさを備えている美女だった。
(は~凄い美人さんだよ~)
しかも彼女の手を引いているのが、その女性の子供みたいであり、幼いながらも思わず抱きしめたくなるくらい可愛らしい女の子だった。しかも二人ともがメイド服なので余計目立っている。
他の、特に男の人は、その女性とすれ違う度に振り返って確認しているほどだ。しかし服装を見て、貴族に仕えている者だと判断しているのか手を出そうとは思っていないようだ。
「確か、星海月族の方たちですね」
「え? セイラ知ってるの!?」
セイラが女性の種族名を当てたことに驚きを表す。
「えぅ……真雪さん、お城で習いました……よ?」
「え……あ、あはは…………ごめんなさい」
勉強嫌いな真雪は自分の知識不足に恥ずかしくなり項垂れてしまった。
「でも、本当に綺麗な方ですね。あ、あの方たちも同じメイド服を着ているようですよ」
「え、ど、どこどこ?」
セイラに言われ、真雪は視線を向かわせると、そこには確かに同じメイド服を着用した赤い髪の女性と、その傍には十歳程度の子供がいた。
その二人も、最初の二人とはまた違った印象だが、間違いなく美女と可愛い少女であった。店で買った食べ物を頬張って頬を上気させている子供の姿は、見ていてとても微笑ましい。
「は~きっとアレなんだね~、あの人たちが仕えている人って美人さんや可愛らしい子が大好きな人なんだよ」
「お、男の方……なんでしょうか?」
少しセイラが引き気味に呟くが、真雪は「ん~」と唸ると、
「どうだろうね~、でもアレだね! もし男の人だったらハーレムだね!」
真雪の鼻が若干膨らみ少し興奮気味に口を開く。
「ハ、ハーレムって……ま、まあこの世界は一夫多妻制らしいのでおかしくはありませんが…………でも複雑な気持ちです……えぅ」
セイラはあまり異世界事情に賛成ではないのか、それともただ恥ずかしいだけなのか顔を赤く染めている。
でも確かに自分の好きな人が、複数の女性と所帯を持つというのは真雪も疑問を感じないわけではない。ただ真雪はセイラほど抵抗は無い。というよりもあまりそういうことに敏感ではないだけなのだ。
真雪は何だか眼福な気分になり、意気揚々と一つの店に入って行く。そこにはセイロがたくさん重ねられてあり、そこからはとても良い香りが漂ってきている。
そこで働いている男性に【シンジュ霊山】について聞こうと思い近づくが、声をかけようとした時、フワッと隣からフワッとキラキラと輝く金髪とたなびかせた人物が近づいてきた。
自然にその人物の横顔に真雪は視線を向ける。どうやら彼女はそこで売っている《シンジュ饅頭》を購入しようとしているようだが、真雪は彼女の風貌を見て言葉を失う。
(…………綺麗……)
ただ綺麗、そう思った。横からだが、金髪なのに真雪と同じような黒目をしている。鼻も高く、肌もきめ細やかで驚くほど顔が小さい。
何より太陽の光を受け輝く金色の髪は素直に羨ましいと同じ女性である真雪は思った。俗にお人形さんみたい、と良く聞くが、まさに今体験したと真雪は強く思った。しかも外見は自分と同じような年頃の女の子である。セイラも言葉を失ったように凝視している。
(こんな子がいるんだ……私が勝ってるとこなんて……)
真雪は彼女の全身を観察してしまうが、ある部分に注目してしまう。それはビックリするほど平らな胸である。
(え……あれ? も、もしかして…………男の娘っ!?)
そういう知識だけは豊富な真雪である。
「……お先に」
彼女は店主から商品を受け取ると、真雪に視線を向け軽く会釈をする。そして踵を返して立ち去っていく姿は、何とも絵になる女の子だった。
「ふ、ふむぅ……恐るべし異世界……!」
「きっと大人になればもっと綺麗になるのでしょうね」
「そうだね。戦うべきは多分男性ホルモンだよ!」
「……?」
真雪の言葉にキョトンとして首を傾けるセイラだが、真雪はさっそく店主に声をかける。
「へいらっしゃい。一つどうだい?」
「うん、ありがとおじさん! 一つもらうね!」
「か、買うのですか!?」
「うん、だって情報だけ頂戴とか言ったら失礼じゃない」
「あ……そういうことですか」
「それに美味しそうなニオイだし!」
「…………そうですか」
そっちが本命なのではと思っている様子でセイラは肩を落としている。真雪は《シンジュ饅頭》を購入し、セイラと二人で分けて食べてみた。
生地はほんのり塩味が効いている。そして中には蕩けるような角煮のような物体が顔を覗かせている。しかも一噛みするだけで大量の肉汁が流れ出てきて、まるで小龍包を食べているようだ。
しかも一つが一口でいけるほど小さいので、何個でも食べられそうである。真雪は饅頭の美味さに舌鼓を打ち、店主に《チェスモモ》のことを尋ねる。
「あ? 《チェスモモ》? お嬢ちゃんたち、ちょ~っと時期がよろしくないわなそりゃ」
「ど、どういうこと?」
「もう《チェスモモ》の時期は終わりかけだからよ、山に入っても実は成ってねえんじゃねえか?」
気さくに言う店主だが、真雪は呆然とする思いを抱えていた。
「じゃ、じゃあ今山に入っても《チェスモモ》は取れないってこと!?」
「ん~どうだろうな。一つや二つ成ってるかもしんねえけど、最近 《チェスモモ》を収穫する奴らもいねえから何とも言えねえわな。そんなことよりもう一個どうだい?」
饅頭を勧めてくる店主の言葉は真雪の耳には入っていなかった。そしてグイッと顔を店主の方に向けると、驚く店主を尻目に言い放つ。
「どこらへんに《チェスモモ》があるのか教えてっ!」




