第六十話 妖霊族
その頃、真雪とセイラも着々と【シンジュ霊山】に近づいていた。途中で【シンジュ霊山】へ向かうという馬車に乗せてもらい、思ったより早く到着しそうな勢いに二人の頬は緩んでいた。
遠目にはすでに紅葉に彩られた山々が見えている。馬車に乗っている人たちの会話から察するに、彼らは観光目的で向かっているようだった。
ここにいる者たちが紅葉や、名産目当てに向かうのだろうが、真雪たちは理由が違う。それは【シンジュ霊山】に成っている木の実である《チェスモモ》を獲得することだ。
その果実を手に入れて一刻も早くミルの元へと帰らなければならない。単純に往復で二日とるとして、猶予は一日しかないのだ。そうしなければミルの母親が、病で死んでしまうかもしれない。
情報では三日経っても、数時間は死なないとあるのだが、それはあくまでも個人差であり、早ければ三日経って数分で死んだというケースもあるとのこと。
だからこそ馬車に早く早くと二人は願っている。少しでも早く着けば、《チェスモモ》を探す時間が増えるし、早く見つけられれば、それだけ早く帰ることもできるしミルの母親の命が助かる確率が上がる。
「あの、真雪さん」
「なにセイラ?」
「【シンジュ霊山】に到着したらまずどうしますか?」
「ん~《チェスモモ》の木ってどこに生えてるか知ってる?」
「いいえ、そこまでは」
「だよね。だからまずは情報収集かな。山に詳しい人が居ればいいんだけど、観光客も多いって聞くし、誰かが知ってるよきっと」
かなり楽観的な真雪だが、確かにまず情報収集するのは正しいだろう。闇雲に山に入って探そうとしても全く見当違いの場所を探しているのは時間の無駄にしかならない。
ある程度は範囲を狭めて探らないとすぐに時間がなくなってしまう。
「お店とかもあるみたいだし、大丈夫、きっと見つかるよ」
真雪自身も言い聞かせているような感じだった。見つからないとは考えたくないのだ。真雪はミルに待っててと言った。一度約束した以上は、必ず守るのが真雪のポリシーでもある。
そしてそんな真雪をセイラもサポートしたいと考えているのだ。
馬車は止まらず、二人の想いが伝わっているかのように真っ直ぐ駆けていく。
山に入ったソージは、案内役のフェムとテスタロッサの後ろを歩いていた。こうして落ち葉が広がった道を歩き、紅葉を眺めていると気持ちが穏やかになってくるのを感じる。
普段は仕事に追われて喧噪の中にいるソージだが、のんびりと登山するのも悪くないと思い始めている。
(まあ、この山が安全ならもっと嬉しいんだけどなぁ)
歩いていると、二手に分かれる道に出くわす。右は下りのようで、左は上りだ。無論選ぶのは上りである。
「ところでフェムさん」
「ん? 何?」
「フェムさんは【ラヴァッハ聖国】の王侯貴族であるドレスオージェ卿の長女なのですよね?」
「へぇ、よく知ってるわね。それがどうかしたの?」
「ドレスオージェ家は人形師の名門だとお聞きしています。何でも人形師を育成する私塾のようなものもあるとか」
「……本当に良く知ってるわねソージ」
いや、襲ってきた相手を詳しく調べるのは至極当然だと思うが、それは口には出さなかった。ソージが自分のことを知っていて気分を良くしたのか、えへへと笑みを浮かべたフェムが言う。
「まあ、私塾っていっても、一種の道場みたいなものよ。ウチは元々は造形師の家系でね、《自動人形》を生産してたんだけど、人形師の数が減っちゃってね、だから人形師を育成することにしたのよ。ソージも知ってるでしょうが、人形師になるには《魔核》が必要なのよ」
「ええ、主の魔力を人形の魔力回路に同調させて契約するのですよね」
「そう、だけどこれが《魔核》を持ってる連中全員ができるってわけじゃなくて、資質が無ければダメなのよ。だからウチは、より優秀な魔法士になりそうな人材を見つけて育成するってわけ」
「そうですか。では私も《自動人形》と契約できたりするのでしょうか?」
「え? 何々? 興味あるのかしら?」
フェムは足を止めると、クルッと振り返ってソージに詰め寄ってくる。
「あ、いえ……ただ何となく私も一応魔法士ですから、少し気になっただけでして」
「な~んだつまらないわ。もしアナタがその気なら、今すぐにでもアタシの弟子として鍛えてあげたのに」
「あはは、フェムさんはスパルタっぽいですね」
「当たり前じゃないの! 優しく手取り足取り教えたって身に付きはしないもの。辛い思いをしながらも必死にやるからこそ血肉になるのよ」
彼女のその言葉には素直に感動した。それは以前、バルムンクにも言われた言葉だからだ。実際に身体を痛めて身に着けたものと、ただ人から優しく教わったものとでは、前者の方が身につくスピードは桁違いに早い。
「それに、こう見えてもアタシだって、この子と契約した時は結構苦労したんだから」
「そうなのですか? フェムさんは天才肌っぽいので、そういう苦労とは無関係なものだと思っておりましたが……」
「あのねソージ、いくら才能があるからっていっても、人形と契約するってことは並大抵のことじゃないのよ。もし魔力回路と同調できなかったらその時生まれた負荷で人形だけじゃなく人の方もただじゃすまないことだってあるんだから」
確かにそのような話は聞いたことがあった。中には人形が暴走し始め、目の前の契約者を殺してしまったこともあるそうだ。
「だからいくら才能があったって、人形との契約は命懸けなのよ。まあ、中には複数と契約する化け物人形師もいるけどね」
「そんな方がおられるんですか?」
するとフェムの顔に初めて陰りが見え、一言「まあね」とだけ口にした。少し気にはなったが、聞いてはいけないような話題だったのでソージは話を変えることにした。
「そう言えばテスタロッサさんとはどれくらい一緒にいるのですか?」
「……そうね、もう七年くらいになるかしらね……」
感慨深いような感じで言葉を漏らすフェム。だが、
「…………八年ですが?」
少しだけ空気が固まった気がしたが、まあ、一年くらいの誤差はいいかなとソージは突っ込まずにいると、フェムが顔を真っ赤にして、
「し、しししし知ってたわよ! あ、あれよ! テスタが憶えてるか試しただけなのよっ!」
凄い言い訳だった。そもそも人形である彼女が、故障でもしない限り記憶を間違うなんてありえないのだ。だが人形はとても純粋でもある。
「…………試練。フェムは強か」
全くフェムのことを疑っていない様子だ。逆にテスタロッサは、いつフェムが問題や試しを出してくるか警戒し始めているようだ。
そしてフェムも後に引けなかったのか、過去の出来事などをいろいろ問題を出す。そして一分の狂いもなく正解を言い当てるテスタロッサ。
フェムは頬を引き攣らせながら「さすがはテスタロッサね!」と自分の落ち度を追及されるのを誤魔化す勢いで質問を出し続けていた。
(貴族でも、ああいうところは普通の女の子なんだな)
ヨヨもそうだが、普段は気品良く振る舞って大人びていても、ふとした瞬間や気のおける仲間たちと居る時には、歳相応の仕草をする。
何だか和気藹々といった空気になりながら前を見据えていると、ピタッとテスタロッサが足を止め、フェムの前に庇うようにして立つ。
ソージもまた、彼女がどうしてそのような行動に出たのか分かっていた。
(あ~あ、やっぱ来たか……)
そうしてジッと、木陰に視線をやると、そこからフワフワッと宙に浮かんだ物体が出現した。大きさは……というか外見からして動物のネズミそのものなのだ。
ただ違うべきところを挙げるとしたら、何故か半透明な姿であり――――――人間ほどの大きさだということだ。
「お二人とも、お下がり下さい」
ソージは二人の前に出ると、その半透明ネズミと対面する。
「そ、そう言えばコイツらが出るのよね……」
「ええ、テスタロッサさんはフェムさんをお守り下さい」
「…………了承」
テスタロッサの賛同を得て、ソージは右手を半透明ネズミにかざす。
「ここの住民……妖霊族、いわゆる幽霊や妖怪と呼ばれる種族ですね。彼らには魔法しか効果が無いことも熟知しております。ですから…………喰らい尽くせ、白炎」
ソージは右手から白い炎を生み出す。その炎は大きく広がりそれはまるで大きな生物が口を開いているようだ。
そしてそのままパクリと半透明ネズミを呑み込んだ。
(普通ならこれで安心できるんだけど……)
突然今度は地面から複数の半透明の動物たちがニョキニョキッと姿を現してきた。
(これが厄介なんだよなぁ)
この妖霊族というのは、この【シンジュ霊山】に住む種族であり、完全に幽体化している存在なのである。
彼ら自身、人を殴ったり魔法を使ったりなどはできないのだが、その代わりに彼らにはある特殊な能力が備わっている。
「あ、ちょっと来ないでよ! テスタ、魔力銃でやっちゃい……って、後ろにもいるぅっ!?」
フェムの背後にすでに控えていた猫型の妖霊族。テスタロッサも慌ててフェムを庇おうとするが、突如彼女の足元から出て来た別の妖霊族がいた。
そしてそれぞれの妖霊族が、二人の身体に触れる。そしてその瞬間、ソージは心の中であちゃ~と頭を抱える思いだった。
彼らの能力、それは触れた者を――――――――――――
「ニャ、ニャんニャのよぉ!」
突然三毛猫のような姿に変化したフェム。
そう、彼らに触れられると、触れられた動物になってしまうのである。しかも魔法も使えず着ていた服も、その動物仕様に早変わりしてしまっているのだ。




