第五十四話 新しい家族
屋敷へ戻ると、皆にシーを紹介することにした。皆は快く新しい家族を迎え入れてくれたようだ。とりあえずシーは家事全般をしてもらうということでカイナの下につけた。
カイナも同じ一児の母親として、思うところがあったのか、すぐに打ち解けている様子だった。
そして今日は紹介だけで終わり、皆で軽い食事をして早くに就寝に着いた。何故ならソージもヨヨもさすがに疲れ切っていたからである。
ソージは、ヨヨからマッサージをしろと言われるのかと危惧していたが、さすがに言わずにさっさと自室へ行き寝たようだ。
ヨヨの計らいで、明日は新しく入ったユー、シー、デミックの歓迎会を行うこととなった。ユーの問題が解決してから行おうとヨヨと決めていたので、ようやく迎えられることになった。
翌日、起床したソージは身体の節々に痛みがあるのに気付く。筋肉痛のようなものである。また身体も少々重い。これは魔法の使い過ぎによる副作用だ。
数日すれば元に戻るので気にせず朝の務めである花の水やりに行くと、そこにはニンテとユー、そしてシーが水やりをしていた。
「あれ? どうしたんですか皆さん」
「あ、ソージ様!」
ニンテが太陽のような笑顔を向けてくる。この子の笑顔はいつも元気を与えてくれる。
「おにいちゃん、おはようなの」
「おはようございますわ、ソージさん」
ユーとシーに、ソージも「おはようございます」と挨拶を返す。
「今日はソージ様お疲れじゃないかと思って、代わりに水やりをしているのです!」
「そうだったんですか。それはありがとうございます」
「えへへ~」
ニンテの頭を撫でるとユーが羨ましそうに見上げてくるので、ついでに一緒に撫でるとこちらも「えへへ」と可愛らしく微笑んでいる。その光景を微笑ましい様子でシーが見つめながら、
「あらあら、ニンテちゃんもお嫁さん候補かしら……ユー、頑張るのよ!」
何やら盛大に勘違いしているようで、思わずソージは頬を引き攣らせる。
それから四人でわいわいと談笑しながら水やりを楽しんだ。そしてそれぞれの仕事をこなしていき、夜を迎えた。
屋敷には大きな客間が存在し、そこを飾り付けなどをして歓迎会用に仕上げてある。大きな長卓にはソージが拵えた様々な料理が立ち並び、屋敷の者全員が卓を囲っている。
「それでは改めて紹介してもらうわ。三人とも、前に出なさい」
ヨヨの言葉を受け、皆の視界に入るように右からデミック、シー、ユーの順に並んでいる。
「んじゃ、まず俺からだな! 俺はデミック・ランナウェイだ! この度、屋敷の庭師として仕えることになった。他にも得意なのは物作り全般だし、何か作ってほしいものとかあったら遠慮なく言ってくれ! あ、ソージ限定で女の作り方とかも教えてやっからな!」
「放っといて下さいっ!」
ほら見ろ、ヨヨお嬢様が凄い表情で睨んでいるじゃないか! こういうノリは嫌いではないが、対象は自分以外にしてほしい。
「ブハハ! ソージ、安心しろって」
「え?」
「分かってるよ。お前さんが本当に作りてえもんが何なのかをよ」
「デミックさん……」
そうだ。短い期間でもデミックは分かってくれているようだ。ソージが作りたいのは、屋敷の者たちの平和であり、ヨヨの幸せ……
「お前さんが作りてえもん、それは…………巨乳ハーレムの作り方だろ?」
「ぶふぅっ!?」
何つう爆弾を放り込んできやがったのか。ソージは思わず吹いてしまった。
「う、嘘……ソージが巨乳好きだったなんて……母親として息子の性癖を知らなかったとは……」
黙れ変態! つうか性癖とか子供のいる前で言うなよ!
「そ、そうなの? ソージさんはてっきり小さい子が好みだと…………だったら私も対象なのかしら?」
いやいやいやいや、そこで参戦しないで欲しいですシーさん! というか顔を赤らめて言われると、何となく期待してしまうオレってバカ!
「ニ、ニンテだって将来性はありますです!」
「ユ、ユーだっておかあさんみたいになれるもん!」
こ、このままでは収拾がつかない! ここを治められるとしたら、そう! 我が主であるヨヨお嬢様ただ一人!
ソージは助けを求めるようにヨヨの顔を見るが、ニッコリと何故か寒気を感じさせる笑みを浮かべていた。
「ソージ、今日はマッサージね」
「…………か、畏まりましたマイロード」
反論したら死ぬと久々に思ったソージだった。あと、いつかデミックはぶち消そうと思った。
「私はシー・ソピアと申しますわ。この度は、ヨヨ様の計らいでお屋敷にお仕えさせて頂けると言うことで大変嬉しく思っております。ご存じの方もおられましょうが、星海月族でございます。こちらにいる私の娘であるユーともども、どうかよろしくお願い致しますわ」
とても気品のある仕草と透き通るような声は、どこかヨヨを思わせるような雰囲気である。見ればデミックがチラチラと彼女の胸を見ているので、あとできつく叱っておこうとソージは心に決めた。
「ユーは、ユー・ソピアなの。いっしょけんめいがんばるの。よ、よろしくなの!」
ユーがあわあわとして自己紹介する姿は物凄く微笑ましいものを感じる。皆も同じなのか、パチパチと手を叩いている。
「きゃ~! やっぱかわゆいわユーちゃ~ん! あとで抱きしめさせてねぇ~!」
ソージの隣で座っている実の母親であるカイナが暴走しかけている。この歓迎会が終わっても彼女を自由にさせてはいけないと思い、幼気な幼女の貞操を守るためにも、変態には仕事でも当てつけて大人しくさせようとソージは決意した。
歓迎会は大いに盛り上がり、何故か歓迎される側のデミックが隠し芸などをはっちゃけていたが、皆が笑いに包まれていた。
こうしてソージは新たな家族が増えたことに心から喜びを得ていた。
(やっぱりいいもんだよなぁ。こうやって家族が増えていくのって)
別に日本に居た時、天涯孤独というわけではなかったのだが、血の繋がりが無くても、こうして大切な繋がりを持てることが嬉しいのだ。
一度死んでしまい家族だけでなく、友達や幼馴染を失ったソージ。だからこそ今の人生は大事にしていきたいと思っている。
(こればっかりは神様に感謝だな)
欲を言えば最近増々変態化とサボり癖を強くさせてきた母親が真人間になればと思うが、それもまた面白いと感じ始めている。これからもっと騒がしくなっていきそうな予感を抱えながらもソージは今この時を楽しんでいた。
そして最後にヨヨが楽器を弾いて、皆が静かにうっとりとしながら聞き惚れていた。ソージも何だか気分が良くなって、マイクを持って歌おうとしたが、それを全力でヨヨや他のメイドたちに止められたのは言うまでもなかった。
今度行う予定の音楽会ではせめて一曲だけでも歌わせてもらえるように頑張ろうと思ったソージだった。
ソージがユーたちを家族に迎えて数日後、真雪とセイラはある村まで来ていた。村の名前は【キックス】といって、とても小さな村である。
だがこの村には他の村や町に誇れるものが一つあるのだ。それは《ツヤビカリ》と呼ばれる米である。村人が丹精込めて育てた《ツヤビカリ》は、その名の通り、ふっくら炊き上がった米は、宝石のように光り輝いている。
もちろん見た目の素晴らしさだけでなく、味も絶賛される米であり、他の大陸にも輸出されている大人気のブランドなのだ。ソージもわざわざこの村まで来て購入することも多々あるほどだ。
そして、真雪もその噂を聞いていたので、【キックス】に来れば必ず食べようとセイラと決めていたのだ。日本人としては、美味しいと呼ばれるご飯は一度口にしたいと思っているのだ。
「楽しみだよね~」
「そうですね、きっと美味しいのでしょうね」
二人はそんな会話をしながらその米を使って料理をしているであろう飯屋を探した。小さな村だが、飯屋をやっているところはそれなりにあるとのこと。
観光客も来るので需要があるし、店を開いているのだろう。
一軒の店に入ると、さっそく店のオススメ料理を二人とも頼んだ。しばらく待っていると、店の人が丼を二つ運んできた。
だが奇妙なことにそこにはご飯だけしか盛られていなかった。このまま食べろということなのだろうか……。
確かにそのご飯はふっくらとしていて、白く輝いている。見ているだけで食欲を刺激してきて、涎が口内に溜まってくるのだが、これがオススメ料理なのだろうかと首を傾げてしまうのも現実だ。
セイラもそう感じているようで少し戸惑っている様子だ。しかしそんな二人の前に、再度店の人が何かを持ってやって来た。
お盆の上には、二つの皿が乗ってあり、その皿にはそれぞれグツグツと煮込まれたビーフシチューのような液体状のものが存在した。
するとそれをお好みでご飯にかけて食べてほしいとのこと。だが二人とも、お好みと言わず、そのまま全部を丼の中にぶっこんでしまう。
何故ならそれはほぼ無意識に起こさせた行動だからだ。液体から漂ってくるニオイは、しょうゆが焼けた香ばしいニオイであり、それが鼻腔をくすぐり、思わず早く食べたい衝動にかられたのだ。
しかもその上から店の人が卵を一つ割って乗せてくれた。名前は《月見シチュー丼》というらしい。見事な黄色の球体が、グツグツと煮え滾るような赤茶色いタレの上にチョコンと乗っている。
するとその熱によって、すぐさま卵が半熟化していく。見ているだけで食欲を最大限に刺激してくる様子は、腹を空かせていた二人にはもう我慢の限界だった。
二人は丼から一口食べてみる。
「はむ……むおっ!?」
タレの方は、物凄い濃厚な魚の味がした。トロミもあり、しょうゆで味付けしたような風味はご飯にとても良く合う。
ハフハフと、少し焦ると舌が焼けるほどだが、それでも胃から、もっともっと流して来いと要求が凄かった。
しかも卵と絡み合うと、まろやかさが加わりもう堪らなかった。小食のはずのセイラも一心不乱に口へと運んでいる。そして真雪はあっという間に食べると、すぐさまおかわりをした。
食べ終わると、二人の額からはうっすらと汗が滲み出ているが、その表情は恍惚に彩られていた。
「はふ~美味し過ぎだよこれ~」
「この村に住めば、すぐに太っちゃいそうですね」
二人は大満足で、店の人に礼を言うと店から出た。
「よ~し! 腹ごしらえもすんじゃったよセイラ!」
「はい。それではさっそく行きますか!」
「うん、情報の【モリアート】には、あと一つの街を越えると到着できるしね!」
その【モリアート】には、ソージが仕えている屋敷があるのだ。二人は互いに顔を見合わせると頷き合う。
「待っててね、想くん!」
真雪は拳を天高く突き上げると、セイラをともに村を後にした。
その頃、【ラスティア王国】では突然出奔した真雪たちの居場所が判明したことから、国王と、ともに召喚されてきた二ノ宮和斗が顔を合わせて今後について話し合っていた。
「カズトや、どうかマユキとセイラを連れ戻して来てほしいのだが」
「俺がですか? いや、確かに彼女たちを放置するのは問題だと思いますが、情報では【ドルキア大陸】なんですよね? さすがに長旅になりますし、一人ではいろいろ問題があるかと思うんですけど……」
「そのことについては心配いらん。近衛隊から数人ほどお前に回す」
国王であるティレイユ・ブルッセ・ラスティア七世が用意したのは三人の人物である。
「あれ? ラキも行くんですか?」
ラキというのは真雪たちを召喚した人物である。外見は二十代後半ほどの優男だ。彼は真雪たちが元の世界に戻せる方法を模索していたはずだった。
「そうだ。どうやら召喚についての詳しい資料が【ドルキア】にあるとのことでな。彼にもそこへ向かってもらい、送還について調べてもらうつもりだ」
「なるほど。それで他の二人が……」
和斗が視線を向けると、二人は臣下の礼をとっていた。一人はダークグリーンの髪が腰まで伸びているモデル体型が自慢の女性だ。切れ長の瞳と決して笑わなさそうな引き締まった表情が特徴である。
「髪の長いのがコンファ・フリーニスだ。こう見えても剣の達人だ」
和斗も彼女の存在は知っていた。話したことは無いが、真雪たちに戦いを教えてくれた近衛隊の隊長の部下の一人でもあった。和斗はかなりの美女なので、いつか機会を見つけて話そうと思っていたようだ。
「そしてもう一人は、ナナハス・リンドウ。国が誇る魔法士の一人だ」
外見は水色のショートカットで、くせ毛なのかクルクルとカールを巻いている。身長は低く、年齢も和斗より低い。幼い顔立ちだが、愛嬌のあるクリッとした目が特徴である。
彼女のことも何度か見かけたことがある和斗。二人とも美女、美少女なので、こんな二人とともに旅ができると思うとつい頬が緩んでしまっている。
「が、頑張りましょうねカズトさん!」
「あ、ああ、そういや君もいたんだね」
ラキに話しかけられ、少し気持ちが冷めてしまう和斗。妙にやる気を見せているラキに暑苦しさを感じで辟易しているようだ。
和斗はそんなラキを一瞥すると、コンファとナナハスの傍まで近寄る。そして自分の思う最大の笑顔を浮かべると、
「やあ、俺は和斗だよ。これからよろしくね」
「は、はい! こ、こちらこそおねがいします!」
ナナハスはしっかりした返事を返してくれたが、コンファは何やら胡散臭そうな目つきで和斗を一瞥すると、
「……王の御命令ですので」
どうやら取っつき難そうだなと和斗は苦笑を浮かべながらも、これからが楽しくなってくると思っているようでワクワクしているらしい。
これからこの四人が、真雪とセイラを追って東大陸である【ドルキア大陸】へ目指して旅をする。四人に見つかる前に真雪たちはソージと会うことができるのか、それとも四人に捕まり連れ戻されてしまうのか、旅をしている真雪が知ることはできない。
そしてソージもまた、ソージの知らないところで幼馴染が迫っていることなど知らずに、日々を淡々と過ごしている。
第二章終了しました。