第五十話 交渉
海へと到着したソージたちは砂浜で広大な海を見つめていた。
「お、おにいちゃん、ど、どうやってみんなのとこいくの?」
ユーが心配気に聞いてくる。それもそのはずだ。ユーは水棲族だから水の中でも自由に行動できるが、ソージとヨヨは違う。水の中では息もできないし、もちろん会話だってできるわけがない。
「ユーが……ひとりでいけばいいの?」
「いえ、それはあまりにも危険ですからダメです」
当然だ。このままユー一人を行かせれば、結果は火を見るよりも明らかだ。星海月族に捕らえられ、他の水棲族に引き渡されてユーの命が尽きる。そんな愚かな選択ができるわけがない。
「じゃ、じゃあどうするの?」
「それは、こうするのよ」
二人の会話に入って来たのはヨヨだ。ヨヨはソージの身体にそっと触れると、静かに目を閉じる。するとユーも驚くほどヨヨから大量の魔力が溢れ出てくる。
そしてその魔力がソージの身体を覆っていき、次第にその魔力がソージの全身に吸い込まれていった。
訳も分からずユーがキョトンと首を傾けている。
「……終わったわ」
「ありがとうございますお嬢様」
ソージが頭を下げるのを見たユーが、
「な、なにをしたの?」
「ふふ、それは海へ入ったら分かるわよ」
相変わらずの綺麗な微笑を浮かべると、ソージとともにヨヨは海へと向かって行く。その後を慌ててユーが追っかけて行った。
そしてそのまま海の中へとソージとヨヨが潜ったのを確認したユーは「えっ!?」と叫び、すぐに後を追う。
そしてしばらく泳ぐと、海底にソージとヨヨは足を着く。無論全身は海に浸かってしまっている。
「えっと……その……」
ユーは平気な顔をして海底に立っている二人に戸惑っている。
「ふふ、まだ分からないかしら?」
「しゃ、しゃべれるの!?」
「ええ、喋れますよ」
「おにいちゃんも!?」
ユーの驚きは尤もである。二人が人間であることは二人から聞いていたし、水の中で生活することなどできないとも教えられていたのだ。二人が嘘をつくわけがない。そう思っているであろうユーは唖然として固まっている。
「実はですね、ここにこうしていられるのはヨヨお嬢様のお蔭なんですよ」
「……え? おねえちゃんの?」
「ええそうよ。あなたには私の魔法を少し教えたわね」
「う、うんなの」
「私の『調律』魔法で、私とソージの身体の構造を、あなたと同じ水棲族仕様に調整したのよ」
「……え、……ええっ!?」
「もちろんずっと維持できるわけではないわ。だから急ぐ必要があるのは事実なの。今はそういうことだと認識だけしておいてくれるかしら?」
「……す、すっごいの!?」
「え?」
突然目を輝かせたユーがヨヨに詰め寄る。
「おねえちゃんのマホウも、おにいちゃんのマホウもすっごいの!」
「あはは、ユーだって凄いですよ」
「ふふ、そうよ。でも褒めてくれるのも嬉しいけど、とりあえず今は……」
「ええ、そうですねお嬢様」
ソージは周囲に視線を向ける。すると岩や海藻の影から不穏な気配を感じ取る。
「まずはあの方たちのお相手をしなければなりませんね」
次々と影から姿を現す水棲族たち。それはここらを縄張りとしている者たちである。
「お前らっ! 一体何者だ! 人間のような姿で何故海の中に平然としていられる!」
一人の男が指を突きつけてくる。しかしソージは努めて冷静に発言していく。
「間違いなく人間ですよ」
「に、人間……? な、なら人間が何しにきやがった!」
「交渉に参りました」
「こ、交渉……だって?」
「はい、できればあなた方の長に会わせて頂きたいのですが?」
「ふ、ふざけるな! お前らのような怪しい連中を信じられるか!」
「それは御尤も。ですが今、あなた方はある問題を抱えておられるはずです」
「…………何をだ?」
明らかに態度が変化した。それはもう肯定しているのと同じことだ。
「こう見えて、私は医術を身に付けているのです」
「い、医術……?」
「ええ、ですから今、この海で起きている石化問題を解決できると思い参った次第です」
「せ、石化問題……って…………お前人間だよな?」
「ええ、その通りですが何か?」
「だ、だったら何で知ってる? いや、そもそも海の問題にお前らは関係ねえだろうが!」
「それが関係あるのですよ」
「な、何だって?」
「実は、ここにいるこの子。誰だか分かりますか?」
男はユーに視線を向ける。そして最初は分かるわけねえといった感じだったが、すぐにハッとなって目を見開いていく。恐らくよく見て、ユーが星海月族だと理解したのだろう。
「ま、ま、まさか……そいつが例の……ガキ?」
「そういうことです」
簡単に正体をバラしてしまったソージの思惑が分からず、男の睨みを受けたこともありユーは身体が竦んでしまっている。
他の水棲族の者たちも警戒心を高めてユーを射殺さんばかりに睨み始めた。
「じゃあ、そいつを手渡しに来たってことか?」
「いいえ、違います」
「は? な、ならここへ何しに来たってんだ?」
「ですから先程も申し上げましたように石化問題を解決しにやって参りました」
ソージの言葉に男は歯をギリギリと噛み締め、
「だからそいつを俺らに渡して解決したいってんだろうがっ!」
「ですから違います。いいですか、私がここへ来たのは石化した方たちを治すためです」
瞬間、周囲の者たちの音が止まり、静寂がその場を包む。そしてやはり先に口を動かしたのは今まで喋っていた者だ。
「せ、石化を治す……だって?」
「ええ、最初にも申し上げましたが、私は医術を身に着けております。力になれるかと思いますが?」
「…………信じられねえ」
「はい?」
「信じられねえんだよ! そ、そもそもそのガキが例のガキだって証拠もねえし、もしそいつがそのガキだったとしても、石化を治す医術をお前が持ってるなんて信じられるかよ!」
彼の言うことも尤もである。なら証拠を見せるだけだ。
「ユー、オレのこの右手を石化して下さい」
「ええっ!?」
ユーだけが驚いたのではない。ヨヨ以外、その場にいた者全員がソージの言葉に度肝を抜かれている。
「……できますよね?」
「で、でもおにいちゃん……」
「大丈夫です。自分と魔法を信じて下さい。君にとって、魔法はもう友達……いえ、家族のはずです」
「……………………わかったの」
覚悟を秘めた瞳を向け、ユーは少しでも失敗を無くそうと、ソージの右手に直接触れる。そして誰もが静かに固唾を見守る中、バチバチッとユーの掴んだ手から放電が生まれる。
そして徐々にソージの右手から肘辺りにかけて石化して…………止まった。
それを見ていた周りの者たちは息を呑み、口々に「間違いない」や「アイツだ」や「これが石化魔法か!」などと漏らしている。
「これで証拠になりましたよね?」
「ま、まだだ! そいつが例のガキだってことは分かった! けどお前がそれを治せるって証明にはならねえ!」
「あ、そうでしたね。では少しついて来て下さい」
ソージはそう言うと水面へと上がっていく。他の者たちもソージの後に怪訝な表情を浮かべながらもついて行っている。
水面から顔を出す皆々。男が「ここでどうするってんだ?」と言うと、ソージが石化した腕を高く突き出し、同時に左手も水面から出す。
「癒しを施せ、緑炎」
左手から出現した緑色の炎に、ソージの魔法を知らない者たちは慌てふためいていたが、炎はソージの右腕に絡みつきそして………………元の腕へと戻った。
「な、なななななっ……っ!?」
男は愕然とした面持ちで口を震わせているが、
「これで証明終了ですよね」
ソージがそう言うと、諦めるかのように目を伏せた。
しかし身体を震わせた男はキッと顔を上げてソージを睨みつける。
「な、何を企んでんだ人間!」
「…………」
「い、意味が分からねえんだよ! な、何で人間がそんなガキのためにここまで……いや、そもそも人間が海の中で喋れる自体がおかしい! お、お前は一体何者なんだ? もしかして俺らをその力を使って脅して支配するつもりか!」
突然わけの分からないことを怒鳴り始めた男。明らかに混乱している様子が有り有りで、他の者たちも少し戸惑っているようだ。
このままでは錯乱している男が攻撃を仕掛ける可能性も否定できない。どうしたものかとソージが考えていると、その男の肩にポンと手を置く人物がいた。




