第四十七話 ソージVSジャック
「ゾォォォジざばぁぁぁぁぁぁぁっ!」
突然ソージは泣き顔をしているニンテに腰へと抱きつかれる。他のメイドたちも、ニンテほどではないにしても、ソージの出現に明らかに安堵の顔色を宿している。
そしてヨヨは、普段と変わらず微笑を浮かべながら、
「待っていたわよ、私の執事」
「遅れて申し訳ありませんでした」
ヨヨに対面して丁寧に頭を下げるソージ。そして踵を返して、周囲の状況を確認する。その視線がデミックの方へと注がれる。
(あの傷じゃ、放っておくのはまずいな)
意識もあるようなので、すぐにどうこうなるというような感じではないが、腹からの出血が酷い。地面に流れている血液量から察しても、早急に血止めをする必要がある。
するとそこへオレンジ色の炎が空からソージの傍へと降りてくる。その上にはユーが乗っていた。
「ユー、皆さんとここに居て下さい」
「わ、わかったの!」
橙炎を消すと、ユーはニンテの傍にやって来る。ニンテもソージの腰から離れてユーに近づいて事情を話している。
「さて、ずいぶん好き勝手なされたようで驚きましたよ」
「……お前何者だ? 今何しやがった? 俺の魔法を飲み込んだその白いのは何だ?」
ジャックが白炎に指を突きつけている。
「あはは、嫌ですね。答えるつもりなど毛頭ありませんよ?」
ソージの言葉を受け、ジャックの額にピキッと青筋が走る。そしてローブを脱ぎ去ると、その充血した瞳でユーを睨みつける。
「とにかくそいつを渡せ! それとそこの女もだ!」
ヨヨにも指を突きつけるジャック。
「そいつは俺のことを馬鹿にしやがった! 確実に後悔させてやる!」
「ほう、それはそれは、結構面白いことを言いますね」
「あぁ?」
「誰を、後悔させてやるんですか?」
ソージは冷笑を浮かべながら白炎を動かして、ジャックを飲み込もうとする。
「ちっ!」
ジャックもジッとしておらず、その場から離れ菜園の方へと逃げ込んだ。
「お嬢様、今のうちにデミックさんをお願いします」
「ええ、気を付けなさい」
ソージはヨヨに頷きを返すと、ゆっくり菜園の方へ歩いて行った。菜園では様々な食物を育てているのだが、壁のように草が生えた場所などもあり身を隠すにはもってこいなところだ。
周囲を警戒して歩いていると、左側からバキバキという音が近づいてくる。すかさずその場から後ろへ跳び退くと、先程居た場所に例の水球が通り過ぎていく。
そしてそのまま食物を引き千切るように飛んで行った。
「まったく、これを育てるのにどれだけ時間がかかるか分かっているのですか?」
怒気混じりにソージが言うが、突然ソージが影に包まれる。上空を見上げると、そこにはジャックが跳び上がっていた。
「死ねぇっ!」
またも水球を飛ばしてくるが、今度もまた白炎を使い水球を飲み込む。そしてそのままジャックに向けて放つ。しかしそこにはすでにジャックの姿が見当たらない。
(また隠れたか……?)
そう思った瞬間、ソージの耳に悲鳴が聞こえた。まさかと思って屋敷の方を見ると、ジャックがヨヨに向かっていた。ヨヨは『調律』の魔法でデミックの治療中だった。
恐らく彼女の力でデミックの自然治癒力を最大に高めているのだろう。
「まずはお前からだ小娘ぇっ!」
ジャックが再び水球を放つ。しかしソージは瞬時にしてヨヨの目前に姿を現す。
「な、何だとぉっ!?」
ジャックは驚いているのも当然だろう。完全に裏をかいたと思っていたはずだ。そして確実にかなりの距離をソージととっていたはずだ。それなのに一瞬にしてソージが出現したのだから仰天するのも尤もである。
ソージは黄炎の効果で転移しているだけだが、その力を知らないジャックにとっては不可思議なものでしかないだろう。
白炎で水球を食らうと、ジャックは忌々しげに舌打ちをする。ジャックが腰に手を回し、カチャリと音がすると、曲刀のような武器を持ち出してきた。ローブに隠れて見えなかったが、武器を携帯していたようだ。
「どうやらまずはお前を始末した方が良いようだな」
ソージを睨みつけながらジャックは凄みを効かせる。
「さて、それがあなたにできますか?」
「ちっ、くそイラつく野郎だ。これでも食らいやがれ!」
そう言いつつ突進してきた。ソージは白炎を動かすが、ジャックの動きもかなりの速さである。さすがは暗殺者だけはあるとソージは思った。
「鬱陶しいんだよっ!」
お腹を膨らませたかと思うと、驚くことに口から大量の水を吐き出すジャック。さらにその水が逆に白炎を飲み込むような広がりを見せる。
(まずい!?)
ソージがそう思った瞬間、水を頭から被った白炎が、シュゥゥゥゥ……という音とともに消え去ってしまった。
実は白炎は、人間で言うと口の部分が存在し、そこならたとえ水だろうが何だろうが喰らい尽くすことができるのだが、他の部分は水に極端に弱い性質を持つのだ。
本体は炎なので仕方無いといったらそれまでだが、ソージが生み出せる炎の中でも白炎は一番水の影響を受けやすいのだ。
「消えたぁっ!」
嬉しそうに不気味が笑顔を浮かべるジャックが、ソージに突撃してくる。
「想いを像れ、橙炎!」
ソージは瞬時にして橙炎で刀を創り出し、相手の曲刀を受けた。
「ちぃっ! んなこともできんのかよ!」
ジャックもさすがに吃驚しているようだ。しかしソージにとっては気の抜けない状況ではある。この橙炎も、炎なので水には弱い。少々の水ならば問題無いが、先程のように大量の水を放出でもされたらさすがに現存を維持できない。
ジャックも曲刀を使い慣れているようで、まるで踊るような勢いで攻撃を繰り出してくる。しかし武器の扱い方も、先代の執事長であるバルムンクにこれでもかというほど教授されていたので対応は問題無かった。
「くそが! お前ホントに執事なのか!」
ジャックの疑問も尤もだろう。普通ここまで暗殺者の猛攻を防ぎきる執事などいやしないだろう。魔法を使えるだけでも稀有な存在なのに、これほど武術に長けている執事に言葉を失ってしまうのも無理はない。
「もちろん、私は!」
ドカッとジャックの腹を蹴り前方へ吹き飛ばす。そしてソージは微笑を浮かべて言う。
「当屋敷にお仕えしている執事ですが何か?」
「……ちっ」
すると先程と同様に腹を膨らませたジャックの口から水鉄砲が放たれる。ソージがそれを避けるが、水鉄砲はそのまま屋敷の窓を貫き、その破片が下にいたニンテとユーに落ちようとしていた。
すぐさまソージは橙炎を使い、彼女たちの上空に傘を作って落下物から身を守った。ホッと胸を撫で下ろした次の瞬間、背後から殺意が走る。
「よそ見とは良い感じだなオイ」
グシュッと左脇腹を曲刀で斬られてしまう。咄嗟に避けたので命に別状は無いが、腹部から鮮血が噴き出す。ソージは腹を押さえながら距離を取る。
「カハハ! 油断したな赤髪ィッ!」
するとジャックが再びヨヨのもとへ走り出した。だがそれはジャックのミスだと思った。こうして咄嗟に動けなくても、ソージにはヨヨ限定だが転移があるのだ。
同じようにヨヨの傍に転移したソージだったが、ジャックのとった行動に思わず目を見張った。
ジャックはヨヨに来ると見せかけて、すぐに方向転換をするとユーのもとへと向かっていた。
「カハハ! ガキはもらうぜ!」
してやったりといった顔を浮かべてユーに近づくジャック。しかし彼の耳には確かにある言葉が届いた。
「ええ、油断しましたね……あなたが」
「……は?」
ソージのそんな言葉と同時に、突然ジャックは影に包まれる。思わずジャックは足を止め上空を見上げる。そこには大きな口を開いた白炎が迫っていた。
そう、ソージは何もせずにユーのもとへ離れたわけではなかった。こういう可能性も考慮して、ジャックに消された白炎を、ずっと上空で待機させていたのだ。
あの時、確かにジャックの大量の水に消された白炎だったが、それは単なる一部に過ぎなかった。いや、一部と言ったら語弊が生じるかもしれない。
ソージは右手と左手、それぞれ二つの炎を生み出すことができる。左右違う炎を生み出すこともできるが、無論同じ炎だって生み出せるのだ。
だからジャックが菜園へと逃げ込んだ際に、隙を見て白炎を上空へと放っていたのだ。
「喰らい尽くせ、白炎」
「ちィッ!」
ジャックはすぐさまその場を離れようとするが、一歩遅く曲刀ごと右腕を白炎に食い千切られた。
「ぐわぁっ!?」
激烈な痛みが走りジャックは顔を歪めながらもその場を必死に離れようと動く。千切れた右腕からは鮮血が飛び散っている。
「逃がしはしません。あなたは必ずぶち消します」
しかし水が苦手だと分かっているジャックは、再び口から大量に水を吐く。前方にいる白炎を上空へと即座に移動させるソージ。
「く、くそがっ! こんな出鱈目な執事がいるなんて聞いてねえぞっ!」
愚痴を盛大に張り上げるが、ソージの目に容赦の光は宿っていない。このまま白炎の餌食にしようと向かわせようとした時、ジャックはギロリと彼の目先にいるユーとニンテを睨みつけ、そしてニヤリと口角を上げる。
「こうなったのも、てめえのせいだからなぁ! 死にやがれぇっ!」
巨大な水球を作り出し、二人に向かって放った。
「しまっ!?」
ソージはすぐさま上空にいる白炎を防御に向かわせようとするが、どうにも水球の方が早い。青ざめるニンテとユー。しかしそこでニンテが思いもよらない行動に出る。
ドンッとユーの身体を突き飛ばした。そして必死の形相で、
「ユーちゃん! 逃げてぇぇぇっ!」
ニンテはユーを庇ったのだ。




