第四十五話 訪れ
真雪たちが新たな目的地を得た頃、ソージ・アルカーサは一つの問題を抱えていた。
「う~ん、困りましたね~」
「う、うん。きょうしらべたら、こんなことになってたの」
ソージは新しく経理として雇われたユーとともに貯蔵庫の確認をしていた。貯蔵庫には種類が幾つかあって、野菜など生もの専用のものや調味料や非常食などを詰めておくものなどがあるのだが、その中の一つである米穀専用貯蔵庫に問題が発生したのだ。
積み重ねられた米穀の入った袋から、大量の米が零れ出てしまっている現状。何故このようなことが起きたのかといえば、
チュチュチュー。
見ればネズミのような生物が袋を破り中の米を食べてしまっていたのだ。しかもそのネズミは微細ではあるが毒を持っていて、これだけ荒らされた米を、洗浄して食べることはできない。
無論ソージは多少腹を下しても我慢できるが、ヨヨや、屋敷の者たちにそんな思いをさせるわけにはいかないのだ。
ソージが貯蔵庫を確認すると、貯蔵庫自体は木で構成されているのだが、下の方に穴が開いていた。恐らくネズミが齧って開けたものだろう。そこから侵入し米を堪能していたようだ。
米穀専用貯蔵庫は裏庭に建てられてあるので、雨などで徐々に木が腐っていき、そこを皮切りに穴を開けられたようだ。
今朝、経理の仕事を教えながらユーと見回りをしていたら、ユーが貯蔵庫の方を確認しに行き、この状態に気づいたというわけだ。
「これは新しく造り直さなければいけませんね」
「おう! そんなことなら俺に任せろい!」
二人のもとにユーと同じく最近新しく雇われた庭師のデミックが現れて白い歯を見せていた。相変わらず元気ハツラツなおじさんだった。
「いきなり現れないで下さいよ。ビックリするじゃないですか」
「ブハハ! 悪い悪い! それで、コレを立て直しゃいいんか?」
「もしかして大工作業も得意なんですか?」
「おう! 物作り全般は得意だぜ! まあ、一番得意なのは子作りで……」
「ああああぁぁぁぁっ!」
「何だよ急に叫んで?」
「な、何だよじゃないですよ! ユーがいる目の前で何てことを言うんですかっ!」
本当に信じられないクソオヤジだった。だがクソオヤジはニカニカと笑いながら、まるで悪びれる様子も無い。
「ブハハ! 細けえこと気にすんなっての! 若え頃からそんなんじゃ、晩年は楽しめねえぞ? もう少し緩くいこうや!」
「あ、あなたは緩過ぎだと思うんですが?」
頬を引き攣らせながらソージは言うが、幸いなことにユーは意味が分かってないのかキョトンとしているのでホッとする。
「ま、まあ、それじゃデミックさんは立て直しができるんですね?」
「おう、材料さえありゃコレよりも立派なもんこさえてやらぁ」
「へぇ、それは楽しみですね」
爆弾発言ばかりする、どこぞの赤毛のメイド長と同じ雰囲気を感じさせるオッサンだが、腕は良いということなので信じてみることにした。
「それじゃこの米穀は廃棄するとして、今後の分の米を買いにいく必要がありますね」
「そうなの。あと、これいま、やしきにひつようなものをかいといたの」
そう言ってユーから手渡された紙には、確かにそろそろ買い足しておかなければいけないなと思っていた備品や調味料なども細かく書かれてあった。
「ユ、ユー? これ全部確認したんですか?」
「うんなの…………ダメだったの?」
「い、いえいえ! ユーの手際が見事なので驚いていただけです! さすがはヨヨお嬢様がお認めになられた経理担当ですね」
そう言いながらユーの頭を優しく撫でる。ユーは「ふわ……えへへ」と気持ち良さそうに笑みを溢している。
しかし本当にユーは優秀だった。計算能力は逸脱した才能を有していたのは知っていたが、いろいろ教えていくうちに、彼女はまるで乾いた砂に水を染み込ませるが如く、ドンドン教えを吸収していくのだ。
さらに向上心も高いので、こうして言われないことも先々にやってくれているので、教育係としては助かるのだ。
「それじゃ、これから買い出しに行きますか。ユーも手伝ってくれますか?」
「うんなの!」
ソージとユーは【モリアート】の街中にある雑貨屋に来ていた。もちろん買い出しのために来ているのだが、皆の視線が一貫してユーに向けられている。
確かに彼女は物凄く目立つのだ。五歳児にメイド服なので、それだけでも目立つのに、またユーの外見がさらにそれを引き立たせている。
星海月の一族特有の羽衣のような半透明な布を頭に被っており、それが日の光を浴びてキラキラと輝いてとても美しい。また彼女自身もカイナが本能のまま抱きしめたいと思うほどの可愛さなので、すれ違う人が二度見三度見するほどである。
「お! ソージの坊ちゃんじゃねえか! 今日は可愛い子つれてどうしたんだ?」
雑貨屋のおじさんがからかうように言ってくる。ソージ自身も、この街では結構有名である。何と言っても一つしかない屋敷に仕えている執事長をしているのだから。
それに度々こうして買い出しにやって来るうちに、住民たちと親睦を深めることになった。
「あはは、ご紹介しますね。この度、新しくメイドになったユー・ソピアです」
「よ、よろしくなの!」
ユーは慌てて頭を下げる。挨拶もしっかり教えたことでもあるので、まだぎこちない人とのやり取りだが及第点をソージはあげた。
「おお、そっかそっか。当主さんは元気かい?」
「ええ、今もお仕事をなさっておられます」
「そっかぁ、けどな、あの年頃の娘さんが仕事仕事っていうのもなぁ。まあ、立場があるから仕方ねえのかもしんねえけどなぁ」
おじさんの言うことも尤もではある。ソージもそんなふうに思い、実際にヨヨに訪ねたこともあるのだ。
すると彼女は「私は他の同年代の子よりも、少しだけ早く夢に向かって歩んでいるだけよ」と言って美しい笑みを溢すだけだった。
彼女にとって仕事をするということは、夢の一旦を担っているということだ。だからこそソージもそれ以上何も言えなくなった。
「ま、元気なら、それが一番だけどよ。ところで今日はどうしたんだい?」
「えっとですね……」
雑貨屋で買うべきものを買うと、
「開き納めろ、紫炎」
ノビルの店で使った紫の炎が出現し始める。そして以前はその炎の中から物を取り出したが、今度はその中に買ったものを納めていく。
「いや~相変わらず坊ちゃんの魔法は奇妙だなぁ~」
何度もこの店で使用しているのでおじさんは知っている。しかしユーは目をパチクリとして固まっていた。
「お、おにいちゃん、それ……なんなの?」
「ああ、そう言えばユーにはオレの魔法のこと教えていませんでしたね。屋敷に帰ったら教えてあげますよ」
「ホ、ホントに!?」
「ええ、ですから早く買い物を終わらせましょう!」
「うんなの!」
ソージの魔法があるので、いつも買い物は手ぶらでできる。
(ある程度は炎の中に保存しておくかな……)
今回のようなことがあった場合に備えて、買ったものを非常時にいつでも取り出せるように炎の中に保存しておく方が良いと判断した。
「つぎはどこにいくの?」
「大体雑貨屋で買えましたが……あとは木材ですね」
「もくざい?」
「ええ、デミックさんに頼まれましたから。あと鉄版などがあれば、貯蔵庫の周囲を補強できるとのことでしたので、それも探しましょう」
「わ、分かったの!」
ユーも買い物が楽しくなってきたようでテンションが徐々に上がっていっているのを実感する。
(本来なら、ユーの年頃だと、誰かとこうして買い物したり遊んだりするのが普通なんだよなぁ)
それができない理由があり、そしてそれを解決するために今ユー自身が頑張っている。あれからユーに魔法を教え初めて五日。そろそろ猶予が無くなってきたので、そろそろ今後をどう乗り切るかヨヨと相談しなければとソージは思い足を動かしていく。
ソージたちが街へ買い出しに出かけていた頃、一人の人物がクロウテイルの屋敷の前に姿を現していた。身を隠すように包まれたローブ姿の人物。顔もフードで覆っていてハッキリとは確認できない。
しかし口元は三日月形に歪んでいた。
「ここが、例のガキが住んでるっていう場所か……ククク」
何がおかしいのか、含み笑いを浮かべたまま、誰の許しもなくそのまま屋敷の敷地内に入って行く。すると、そこで一人の人物が声をかける。
「おいお前さん、この屋敷に何か用かい?」
それはデミックだった。いつもにこやかな表情を浮かべているデミックだが、明らかに怪しいローブ姿の人物に怪訝な表情を作っている。
「……一つ尋ねる」
「……何だ?」
「ここに、ユーという水棲族のガキはいるか?」
野太い声がデミックの耳をつく。それで男だと分かる。デミックはボリボリと逆立てている髪をかくと、
「ユー? 水棲族? 何だそりゃ? お前さん、何言ってるか分かんねえけど、人に物を尋ねてぇんなら、まずその顔を見せたらどうだ?」
「…………ククク」
突然笑い出した男にデミックがムッと不愉快そうに眉を寄せる。
「何がおかしいんだ?」
「いやなに、見せてもいいが、覚悟はしておけよ?」
「あ?」
すると男はフードに手をかけるとゆっくりとその表情を露わにしていく。そしてギロリと充血した目をデミックに向けると、
「俺の顔を見た奴ら、ほとんどは殺してるからな」
瞬間、デミックの顔が青ざめた。




