第四十四話 向かうべき場所
ガチャンと扉が閉められ、ノビルは誰もいなくなった室内で感嘆の溜め息を漏らしていた。
「イヤ~まさか王女様の旅の目的が初恋の男探しだったとはネ~」
先程までここにいたコーランのことを思い出し「ぷっ」と笑う。
「それにしても、あんな身形で直情型なんだから笑えるよネ~」
見た目は規律を重んじる軍人のような美女。そういう色恋沙汰とは縁が無さそうな感じの雰囲気を持っており、まさかそういう方面で情報を買っていくとは全く思っていなかった。
しかも侍女であるオルルとのやり取りは、見ていて飽きず、酒でも飲みながらずっと眺めていたいと思った。
だがそんな彼女たちよりも、数倍驚愕すべき情報を持っていたのは真雪とセイラである。
「まさか【英霊器】だったなんてネ……」
こっそり召喚したモフスケに虚偽が無いか鑑定をしてもらっていたのだが、二組とも真実を語っていた。【ラスティア王国】が【英霊器召喚】に成功した事実は無論情報として得ていた。
また名前も耳にはしていたのだが、それほど興味が無かったということもありハッキリと覚えていなかったのだ。だがまさか彼女たちが【英霊器】だったとは思いもよらなかった。
「異世界人ネ…………少し前に倒された魔族の統率者。それを倒したのはマユキちゃんたち【英霊器】じゃなくてソージちゃんだってことは知ってたけド……何でその異世界人のマユキちゃんたちがソージちゃんを探してるんだロ?」
実は真雪たちの旅の目的までは聞けなかった。それというのも、ついでに聞こうとしたところ、オルルがその情報料は過分過ぎますと言ってきたからだ。
確かに真雪たちの正体だけでも十分過ぎるほどの対価である。実際に彼女たちの存在を探している国があることも情報で入手している。だから百万など対価として十分な情報なのだが、せっかくだから尋ねたのに、オルルが邪魔をした。
「さすがは王女様のお目付け役ってことかナ? ああいう輩って何考えてんのか分からないから苦手っちゃ苦手なのよネ~」
恐らく真雪たちを守る意味でもオルルが間に入ったのだろうが、惜しいことをしたなとノビルは思っている。
「だって接点が無いんだもんネ……マユキちゃんたちが召喚されたのは約半年ほど前。その半年の間に、ソージちゃんが【ラスティア】に行った情報なんて無いシ……」
それではいつソージは彼女たちを会ったというのか……。
「考えらるのは、【ゾーアン大陸】で会った……カ?」
魔族の統率者が住む北の大陸である【ゾーアン大陸】。そこでなら会っていてもおかしくはない。彼女たちもまた統率者を倒すために向かった経験があるのだから。
しかし会ったとしても、名前も知らないし繋がりもない。つまり深い仲ではない。それなのに真雪の必死さ。もしかしたらソージがその時、真雪とセイラを魔族から助けたりしたのだろうか?
「そこでソージちゃんに一目惚れしたとカ?」
考えられるのはその程度だった。だがそれだけでこうも必死に探すものだろうか?
確かにお礼を言いたい気持ちは分からないでもないが、遥々遠くの大陸からやって来て、この世界の住人にお礼を言うためだけに百万の対価を払う?
「…………普通はありえないよネ」
どんどん疑問が溢れ出てくる。しかし現に真雪たちが情報を欲し、ソージを探していることは事実。そして真雪とセイラはソージを異性として熱を込めている節がある。
ソージが惚れさせたかもしれない相手は異世界人で【英霊】をその身に宿した国の英傑。一体彼らの間で何があったのか俄然興味が湧いてくる。そして一番疑問を持つのが……
「ソージちゃん…………アナタは何者なのかナ?」
答えの出ない問いを口にしてカウンターに肘をついて思考に耽るノビルだった。
ノビルから情報を受け取った真雪たちは、【バルバルハ】から少し離れた場所で顔を突き合わせていた。街中に居れば、また厄介な連中に絡まれると思ったからだ。
「どうでしたかコーラン様? お目当ての情報は教えてもらいましたか?」
真雪がコーランに尋ねると、彼女は満足気に頷く。
「うむ、どうやら私たちが探している人物に似た者が、かつて【日ノ国】へ足を踏み入れたということだ。しかもそこにはその者と一緒にいたという人物が住んでいるとのことだ」
「ではこれから【日ノ国】へ?」
「うむ、そこにもさっきの情報屋と懇意にしている情報屋がいるとのことで、こうして紹介状ももらったからな。まずは尋ねてみようと思う」
「そうですか、それじゃ残念ですけどここでお別れですね」
「私としては、お前たちのような優秀な人材を部下に添えたいのだがどうだ?」
「あはは、もしもうしばらくこの世界で過ごすことになったら、それもいいかなって思っています」
「おお真か! 聞いたかオルル! 私の部下が増えるぞ! しかも【英霊器】が二人だ!」
「姫様、まだ確定されたお話ではございません。あくまでもIFのお話です」
浮かれるコーランに対しオルルは窘めるように言う。
「む……そうだが、私はこの出会いを大切にしたいのだ」
「おや、姫様にしてはご立派なお考えです。是非今後もそういう大器の心をお持ち続けて下さいませ」
「任せろ! 私の心は海よりも広いのだ! アハハハハ!」
オルルは軽く肩を竦めると真雪たちに顔を向ける。
「ここまでともにお付き合い下さり誠にありがとうございました」
「そんな! 私たちだってすっごく楽しかったよ! ね、セイラ!」
「は、はいです! またどこかでお会いできることを祈っています!」
「はい。私もです。それではとても名残惜しいですが、マユキさんたちも急がれているご様子なので、この辺で」
「うん、本当にありがとねオルル。コーラン様もお元気で! 探し人に会えることを祈っています!」
「ああ! 私もマユキとセイラが探し人に会えるように願おう!」
こうして真雪とセイラは、頼もしくてユーモアたっぷりな二人組と別れることとなった。互いに手を振りながら反対方向へと足を踏み出して行った。
「面白い方たちでしたね真雪さん」
「そだね。きっとまた会えるよ!」
「はい! ところで真雪さん、これから向かう所なのですが……」
「うん、結構近いんだよね。《ノックルス地方》にある【モリアート】っていう街のお屋敷に仕えている執事さん」
「し、しかもそのお名前が……」
「―――――――――ソージ・アルカーサ」
二人は紙に書かれた名前を見てゴクリと喉を鳴らす。初めてこの名前を見た時は、それはもうショックを隠し切れなかった。ファミリーネームこそ違うが、その名前には真雪たちが良く知っている呼び名が書かれていたのだ。
「朝倉想二……想二…………ソージ……うん、これは絶対偶然なんかじゃないよセイラ」
「は、はい。セイラもその思いが強くなってきました!」
二人は確信に近いものを感じながら、無意識に歩のスピードが増していく。
(会える……もうすぐ会える……早く会いたいよ…………想くん)
逸る気持ちを抑え切れず、真雪はかつて想二にもらったミサンガを強く握りしめ真っ直ぐ前を見据えてセイラとともに【モリアート】に向かって進み出した。