第四十三話 情報の対価
「百万ドラス!」
一瞬場の空気が凍った。それこそ真雪の耳には本当にピキィッと聞こえたくらいだ。するとバンッとカウンターを叩く音がした。コーランの手だ。
「お前! 馬鹿も休み休み言え! ひゃ、百万ドラスなど、たかが人探しに法外過ぎるではないかっ!」
彼女の言い分は正しいのだ。普通、それほど世界的に有名でもない人物であれば、たかが探し人の情報など高くても十万ほどが相場だと他の情報屋にも聞いている。
それが百万…………十倍はさすがに言葉を失う。
「嫌ならいいヨ~、情報は売らないしネ! あ、そっちの人たちの情報も百万以上はもらうからネ~」
「なっ! き、貴様ぁ……」
コーランが堪らず拳を握ると、
「いけませんっ!」
オルルがコーランに対して静止の声をかける。
「だ、だがオルルよ! 奴には正当性が感じられん!」
「それでも手を出すのはいけません! 相手は真っ当ではなくとも商売の話をなさっておられるのです! そこに暴力を出すのであれば、それは誇りを汚すことに他なりませんよ!」
「………………分かった」
悔しそうに歯噛みしながらもコーランはノビルを睨みつけるだけで事なきを得た。そしてオルルはノビルに謝罪をする。
「お騒がせして申し訳ございませんでした」
「いいヨ~、情報屋なんてやってると、こういうことはしょっちゅうあるしネ!」
まるで気にしていない様子で言葉を返すノビル。
「しかし、百万ドラスという大金は今手元にはございません。もう少し考えて頂くわけにはいかないものでしょうか?」
「う~ん、別にお金じゃなくても、それに見合った対価を提示できるならいいヨ?」
「対価……ですか?」
「そうだヨ。例えば、何で【シューニッヒ王国】の王女様が人探しなんてやってるか……とカ?」
「王女様? 何のことでしょうか?」
「アハハ、見事なポーカーフェイスだけど、ネタはバレちゃってるヨ? だって、その剣………………国剣ヴィオレットだよネ?」
刹那、コーランの顔が険しくなり、ビシッと指をノビルに突きつける。
「お、お前! 何故我がヴィオレットのことを知っている!」
その言葉にノビルはニヤ~とし、オルルは頭を抱えて大きく溜め息を漏らす。
「……姫様、その言葉はもう認めていると同義ですよ?」
「え? な、何がだ?」
心底分からないようでコーランの頭の上にはハテナが躍っている。
「アハハ~! わっかりやっす~イ! そのヴィオレットを持ってるってことは、アナタは【シューニッヒ王国】の第三王女コーラン・ハイオット・シューニッヒ様ですネ~」
確信を得たというように笑顔を浮かべるノビルを見て、オルルは諦めたように息を吐くと、
「お見事でございます。ですが何故ここにおられるのが第三王女のコーラン様だと?」
「そんなの簡単簡単~! だって情報屋の世界じゃ、その剣のことは結構有名なんだヨ」
「そうなのですか?」
「ウン。第一王女には国杖クラベリナを、第二王女には国弓レヴァンダを、そして第三王女には国剣ヴィオレットをってネ」
「…………」
「それぞれには国紋が刻まれているし、それを見れば一目瞭然だヨ?」
「し、しかし本物かどうかは……」
「見縊らないでほしいナ~」
「え?」
「…………これでも情報で生きてるんだヨ?」
笑みは崩していないが、ノビルの瞳は明らかに怒気が込められていた。自分のことを舐めるなという意思表示だ。それをオルルも感じたのか、丁寧に頭を下げると、
「ご慧眼感服致しました。さすがは凄腕の情報屋様……ですね」
「アハハ~、でしょでしょ、そ~だよネ~!」
褒められたことに気分を良くしたのか笑い声を上げるノビル。
「そんで~どうすル? さっきの対価の話だけド~」
オルルはコーランと顔を見合わせると、
「どうなさいますか姫様。正直、彼女の提示する金額は、今手元にはございません。ですが旅の目的を対価とするならば、情報料を考えて下さるとのことですが?」
「む……オルルはどうした方が良いと思うのだ?」
「私には決めかねる問題ですね。これは姫様の問題ですので」
「そうか……」
コーランは腕を組みながら目を閉じる。それをその場にいる者全員が黙って見つめている。そしてコーランが「ふむ」と唸り小さく頷くと、
「よいぞ。目的ぐらいどうってことはない」
「よろしいのですか? 情報屋に話すということは、誰かに伝わるということと同義。それでも構いませんか?」
「うむ、それであの者が見つかるなら是非も無い」
「姫様がそうまで仰るのであれば……」
オルルは再びノビルの方に身体を向けて、
「そういうわけですので、我々がどうしてそのような情報を欲しているのか、お話します」
「ウン。あ、けど嘘はダメだヨ? コッチは『鑑定』の魔法だってあるし、もし嘘って分かったらそのまま帰ってもらうからネ!」
「お前! 私が嘘をつくと思っているのか! 侮辱罪としてってオルル、そこは抓ったら物凄く痛いぞ!」
見ればオルルがカウンター前に躍り出たコーランの背中の肉を抓っていた。
「姫様は少しお静かになさって下さいませ」
「だ、だがオルル……」
「……キノコ」
「わ、分かった! うむ! 私はとっても静かな王女である!」
即座にオルルの背後に陣取り押し黙るコーラン。
「アハハ! おっもしろ~イ! ウンウン、ちょ~っとアナタたちのこと興味が湧いてきたかモ!」
ノビルがそう言うとオルルは「恐縮です」と一言漏らした。
「えっと~、一応聞いておくけド~、情報に出せる金額言ってみてくれル? 二組ともネ」
「そうですね。私どもは五十万ほどでしょうか」
「フムフム」
オルルの答えに頷くノビル。そしてノビルの視線が真雪とセイラの方に向く。
「えっと……私たちは…………どれくらいだっけ?」
真雪がセイラの方に顔を向ける。お金はセイラに預けているからだ。
「えぅ……セイラたちもギリギリ出せるのは五十万ドラスぐらいです」
「ナ~ルホド~。んじゃ、とにかく王女様の方は、足りない分は王女様の旅の目的を聞くことで補うとしテ~、アナタたちは何か払えるものあル?」
「わ、私たちも旅の目的とか……ダメでしょうか?」
「ん~、その情報を欲しがる人がいるとも思えないしネ~。需要が低いから、さすがに残りの五十万を肩代わりするには物足りないかナ?」
「そ、そんなことありません! だって私たちは!」
「真雪さんっ!」
真雪が続けて言葉を発しようとしたところセイラがそれを止めた。ノビルはそのやり取りに好奇心が疼いたのか頬を緩めている。
「あ、ゴメン。でもセイラ……払えるものはそれくらいしかないよ?」
「で、ですがコーラン様たちならともかく、情報屋の方に話すということは……」
「うん、分かってる。その情報を聞きつけて連れ戻しにやって来るかもしれないってことだよね?」
「は、はい」
「だけど、それでも前に進めるなら……あの人に会えるなら私は……」
「真雪さん……」
「ん~何か連れ戻すとかなかなか興味深そうなコト言ってるけド~、俄然アナタたちのこと知りたくなったかモ。どう? 内容次第じゃ、お金は無しでもいいヨ?」
その申し出はありがたいものだった。正直セイラが提示した五十万という数字は、本当にギリギリ旅を続けられる金額なのだろう。
もしトラブルに見舞われれば、一文無しになり、旅を続けられなくなるかもしれないのだ。だからこそ、お金は節約できるなら節約した方が絶対良い。
「……セイラ」
「……分かりました。ですがもしここでお話しするのであれば、急いで例の方を探しましょう」
セイラの言う通り、情報屋に話せば、きっとその情報は【ラスティア王国】の耳にも入るだろう。そしてその情報を聞きつけて、間違いなく連れ戻しにやって来るに違いない。
国の英雄が突然いなくなったのだから当然の対処だと真雪も思っている。事情を話したところで分かってもらえるかも分からないし、目的の人物に会う前に連れ戻されるのだけは勘弁してほしいのだ。
「どうかナ? 決まっタ?」
「はい。私たちの素性を情報料として受け取って下さい」
「フ~ン、それはアナタたちの情報が確実に需要があるってコトなんだネ?」
「間違いなく……です」
「オッケ~、商談成立。んじゃ教えてヨ、王女様の旅の目的、そしてアナタたちの正体を……ネ」




