第四十一話 英傑の魔法
「素晴らしいですお二人とも!」
男たちを撃退した後、オルルが目を輝かせて真雪とセイラに詰め寄っていた。二人はオルルのテンションに些か困った様子で対応している。
「お二人ともが魔法の使い手であり、しかも魔力の量と質ともに素晴らしく高いです! ね、姫様!」
「うむ、オルルの言う通りだ。お前たちは王宮に仕えている魔法士か何かか?」
コーランも興味深そうに尋ねてくる。何故彼女がそのような質問をしたのかというと、この世界で魔法士はかなり身分的にも優遇されるのだ。
またその魔法が強力であればあるほど与えられる地位も高いものになっていく。貧富の差が激しいこの世界では、魔法の有無が極めて重要であり、魔法を使える者は、必死で魔法を鍛えて貴族や王族に取り入るようにするのが常である。
また優秀な魔法士は国のステータスにもなり、国は魔法士を見つけると調査し、優秀であればスカウトをしたりするのだ。
だからこそ、これほど強力な魔法を使う二人を、コーランは国などが放っておかないと思い先の質問を投げかけたのだが……。
真雪たちは返答に困ってしまう。正直に答えると、「自分たちは過去の英傑の力を宿しています」ということなのだが、そんなことを言ったとしても、信じてもらえず頭の痛い子として見られる可能性があるのだ。
実際【英霊器召喚】は有名な話ではあるが、真雪たちは自国近辺で修行していたので、他国の人たちが真雪たちを知っているとは限らないのだ。
名前を世間に公表したわけでもなく、世界中を旅したわけでもないのだ。従って、ここで実は異世界人なのですと言っても、提示できる証拠が思いつかない今、失笑を買ってしまうのは目に見えていた。
しかし別段隠すようなことでもないのだ。たとえ信じてもらえなくても、嘘をつくよりは良いと真雪は思っている。もう知らない仲でもないし、コーランたちは友達だと思っているからだ。
「セイラ……言っちゃっていい?」
「……そうですね。もう【ラスティア】からも離れましたし、噂になったとしても、そうそう連れ戻されるとは思えませんし」
「……うん、分かった!」
真雪は親友の意見を聞いて決めた。コーランとオルルの顔を真雪は見つめると、
「実はですね……」
自分たちがどういう存在なのか話してみた。オルルはキョトンとしたり、感心するように目を見開かせたりしていたが、コーランは腕を組み目を閉じて頷いて聞いていた。
「それで、結局【ラスティア】から出て来たってわけなんです」
コーランに顔を向けているので、真雪は敬語で話していた。
「えっと……それではマユキ様たちは、異世界人で、その身に【英霊】を秘めているというわけですか?」
「う、うん。そうなんだけど……あはは、やっぱ信じられないよね?」
「い、いいえ、その……そういうわけではないのですが……」
チラリとオルルがコーランに視線を向けると、コーランはパチッと瞼を上げると、
「なるほど、我が父と同じだったか!」
「……へ?」
「確かに、先程の膨大な魔力、そして魔法の力。我が父が魔法を行使した時に感じたものと類似していた」
何やらとんでもないことをコーランが言い始めたのだが、どう言葉を挟んでいいか分からず唖然としていると、オルルがそれに付け足してくる。
「え~っとですね。姫様のお父上であらせられるシューニッヒ国王様も、元は異世界人なのです」
「……ええっ!?」
真雪は思わず大声を張り上げた。セイラも真雪ほどではないが声を上げて口を開いたまま固まっている。
「国王様の身の内にも【英傑サターン】様の【英霊】を宿してらっしゃいます」
「そ、そうなの? は、初めて聞いたよ……」
「そうなのですか? かなり有名なお話ですが……」
「そうだ! 父上は有名だぞ! かつて一人で暴れる巨大獣の群れを一撃で屠った伝説も残っている!」
コーランは誇らしげに胸を張っている。形の良い胸がプルンと揺れ存在をアピールしてくる。
「それでですね、マユキ様たちが宿してらっしゃる英傑はどのようなお方なのですか!」
オルルはこういう話が好きなのかグイグイ来る。結構グイグイ行く派の真雪も圧倒されているほどだ。
「え、えっとね、私のは【ゼウス】って人だよ」
「や、やはりそうなのですね! マユキ様の行使なされた魔法を拝見してもしやと思いましたが、やはり【ゼウス】様の『樹の覇王』をお使いに!?」
「え、あ、うん、そうだよ」
証拠とばかりに真雪は地面に右手をつくと、小さく「召樹」と唱える。すると真雪の目の前から地面を突き破り一本の樹が出現する。
「うわ~何ともこうしてよく見ると、この樹一本から物凄い魔力が伝わってきます」
「うむ、さすがは【英霊器】だ。一度手合せを願いたいくらいだ」
真雪は内心でそれはちょっと……と思った。コーランの強さは、まだ少ししか戦うところを見ていないが、それだけでも十分自分と同等以上の力があると感じさせた。
それにセイラ曰く、彼女もまた魔法を使えるようで、あの剣捌きに魔法のコンボは正直相手にしたくないと思わせるには十分だった。
真雪は樹を地面に戻すと、オルルの視線が今度はセイラに向く。
「セイラ様のは……あの化人召喚系ですから……」
む~っと顎に手をやりオルルは思案顔を浮かべる。そしてポンと手を叩くと、キラキラした瞳をセイラに向けて、
「もしかしてセイラ様は【ウーラノス】様では?」
「えぅ……せ、正解です。ど、どうしてお分かりに?」
「かつて【ウーラノス】様は四人の化人を従い戦ったと文献には書かれておりました。その名も【四天王】! しかもその化人のお一人が、先程セイラ様が召喚なされた方と同じ風体をされておられたのです!」
「へぇ、オルルってば凄いね。よく勉強してるんだぁ」
「はい! 私こう見えても本を読むのが大好きで、特に歴史には目が無いのです。ですから過去の【英傑】や【勇者】と呼ばれる方々の伝記などは一通り目を通しています」
「私は歴史などには興味が無いがな! アハハハハ!」
するとそんなことを言い放ったコーランに、オルルが刺すような目つきを向けると、すぐににっこりと笑顔を浮かべる。
「姫様。王女ともあろうお方が、今の発言はいかがなものかと」
「え……あ、あのオルル……?」
「歴史は世界の遺産です。王族なら、先人たちの行いを鑑みて、より良い国を作り上げていくという強い想いが必要なのですよ? それなのに何です? 歴史には興味が無い? ああそうですか、それでは姫様がもっと王族としての自覚をされるように、今日からみっちり歴史についてお勉強しましょう! ええ、断っても構いませんよ。しかし断れば、今日から姫様のお食事は全てキノコ料理一食にしますがそれでも?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴと巨大な般若がオルルの背後に見えるのだがきっと気のせいだろうと真雪は目を擦る。…………だがやはり見えていた。
「するぅ! 勉強するからキノコは止めてくれぇぇぇぇっ!」
どれだけキノコが嫌なんだよとツッコミを入れたくなるが、最近何だかこのやり取りが面白くなってきている真雪だった。
【バルバルハ】の街を歩き続けて、情報屋がどこにいるのか聞いて回る真雪。人が物凄く多いので、尋ねる人を探す手間は無いのだが、聞けば誰もが決まって苦々しい顔を浮かべる。
中には「毟り取られるぜ?」や「ギャンブルに金を突っ込んだ方がまだ生産的だぜ?」などと、その情報屋の噂に良いものはほとんどなかった。
ただ聞く人皆が、その情報屋の腕だけはピカイチだと口を揃えて言う。そこについては期待大なのだが、やはり負の部分がかなり気になる。
とりあえずまずは情報屋と会うことが先決だということで、四人は教えてもらった通りに歩いて行くと、そこには一件の家が建っていた。
家に近づいて呼び鈴らしきものを鳴らす。すると中から「ハ~イ」と景気の良い声が響く。女性の声だった。
真雪は「失礼します」と言い、代表して扉を開けて中に入って行く。中にはカウンターがあり、その向こう側には女性が一人笑みを浮かべながら四人を見つめていた。
「へぇ~、女四人なんてめっずらシ~」
軽快な物言いで喋る女性はかなりの美人だった。そして若い。
(この人が……情報屋?)
今まで会って来たどの情報屋とも雰囲気からして違う。中には女性もいたが、年配な方が多かった。目の前にいるどこからどう見ても二十代程度の女性のような情報屋は男でもいなかった。
「おいお前! 私たちは客だぞ! 何だその間の抜けた物言いは!」
コーランがビシッと指を差して言及するのだが、
「アハハ、ゴッメ~ン。でもワタシのスタイルだから勘弁してネ~」
まるでどこ吹く風のようにさらりと受け流す女性。普通なら、客に対してする態度ではないが、妙な風格を漂わせているのも確かである。
「姫様は少しお静かになさっていて下さいませ」
「だ、だがオルル……」
「話は私がさせて頂きます。姫様にお任せすると、全く話が進まない上に、余計な火の粉がかかってきそうなので」
「う……」
ガックリと肩を落とすコーラン。これでも王女様なのだが、きっとこの状況を見て信じる人はいないだろうなと真雪は心の中で苦笑いする。
「初めまして。私はオルルと申します。失礼ですが、あなた様が情報屋で間違いございませんか?」
「うん、そだヨ~。あ、でも少し違うかナ?」
「え?」
「情報屋じゃなくテ~、凄腕の情報屋だネ!」
パチンとウィンクをする相手。それにどういう反応を返していいか分からない真雪とセイラは言葉を失っている。フレンドリー過ぎる対応に戸惑いを隠せない。
しかしオルルは表情を崩さず、微笑を浮かべながら口を動かす。
「それは助かります。私どもが求めている情報屋の方に、こうして会えたのですから、喜ぶべきことですね。ふふ」
オルルと女性がジッと笑顔を突き合わせている。何とも言葉を発しにくい空気の中、女性の方がクスリと息を出して笑う。
「ナ~ルホド、なかなか面白い人たちみたいだネ~。うん、じゃあ話を聞こうカ?」
どうやら二人の間で何かしらの抗争があったのか、その争いで女性はオルルのことを認めたような感じだった。
「あ、それよりまずは自己紹介だよネ! ワタシは情報屋ノビル、よろしくネ~」
ニッコリと人懐っこそうな笑顔で手を振るノビル。
「んじゃ、どんなネタをお望みかナ?」
その瞬間、ノビルの瞳の奥が怪しく光り輝いたのを真雪は見た。まるで獲物を狙うハンターのような光だった。