第四十話 それぞれの力
ソージがユーの魔法教育係として任命を受けて数日、真雪はセイラ、コーラン、オルルとともに《アンジャクス地方》から《グド地方》に入っていた。
長くて艶々とした黒髪を左右に揺らせながら歩く真雪は、これから向かう【バルバルハ】という街についてオルルに尋ねていた。
「そうですね~、簡単に言えば物騒な街だそうです」
「どんなふうに物騒なの?」
「私も聞いただけなので詳しいことは存じ上げていないのですが、弱肉強食を推奨する街だと」
「……? ど、どういうこと?」
真雪はそれほど賢くないのでオルルのその言葉だけでは意味を完全に理解できないのだ。
「ほほう! 弱肉強食の街か! それは腕が鳴るな!」
「コーラン様は今の説明で分かったんですか?」
「無論だ! つまり強い者が正義なのだろう! 簡単ではないか! アハハハハ!」
コーランは高らかに笑っているが、呆気にとられながらも今度はセイラに顔を向ける真雪。
「えっと……多分治安が悪くて、油断していると危険な街だということではないでしょうか?」
「おお~そうなのオルル?」
「さすがはセイラ様。見事な解釈、感心致します」
「え、えへへ」
セイラは褒められたのが嬉しいようで顔を赤くして照れている。
「しかし姫様も仰っていることは間違っていないのですが、何とも稚拙な捉え方というか、私は悲しいです」
「な、何故だオルル! どこか間違っていたのか!?」
「……まあ、姫様ですから。もう諦めてますから」
「オルルゥ~」
目を潤ませてコーランはオルルに縋りついている。そんな姿を見れば、とても彼女が一国の第三王女だとは思えない。
「だけど本当にそこの情報屋は頼りになるのかなぁ~」
真雪は愚痴にも似たトーンで呟くように言う。
「どうでしょうか。これまでにもいろいろ情報屋の方々にはお世話になっていますが、確かに望む結果は得られていませんしね……」
セイラもこれまでのことを思い出し小さく息を吐く。
「それなら恐らく大丈夫だと思われますよ?」
「そうなのオルル?」
「はい。そこの情報屋の腕は大陸一とも言われているようなので。ただ……」
「ただ、何かあるの?」
「はい……何でも情報料が目が飛び出るほど莫大だという噂を耳にしましたが」
「い、いくらなのかな? じゅ、十万くらい……とか?」
「分かりかねますね。そもそも私たちは旅を初めてまだ間もありませんもので」
聞けばまだ旅を初めて一か月も経っていないとのこと。
「そっかぁ、じゃあ相場とかこの前の情報屋の人に聞いておけば良かったかな?」
「そうですね。私もうっかりしていました」
オルルも反省と口に出して顔を俯かせている。
「オルル安心しろ! 金など、私がいくらでも稼いでやろう!」
コーランが腰に下げている剣を抜くと、ビシッと構える。オルルは半目を向けながらも尋ねるべきことを尋ねる。
「……どうやって稼がれるおつもりでしょうか?」
「フッ、私は一国の姫だぞ? 金貸しに口添えするだけで用立ててくれるに違いない! どうだオルル! 素晴らしい計画だろう!」
「……はぁ、そうですね。本当に姫様は思わず褒めてしまうほど楽な思考をされていますね」
「アハハハハ! 別に褒めてもよいのだぞ! アハハハハハ!」
実際問題、いくら金貸しでも何の担保も無しに高額を用立てることはしない。それがたとえ王族でも金銭問題はシビアなものなのだ。
さすがの真雪もそれには気づいているようで、頬を引き攣らせて空笑いを浮かべながら、
(この人がお姫様かぁ……)
何となくだが落胆する思いを胸に感じてしまった。
「すみませんお二人とも。姫様はあまり城から出たこともなく、信じられないくらい世間知らずなのです。ですから多々、疑問を浮かべてしまうような言動をされるかと思いますが、できるだけ寛容に受け止めて差し上げて下さいませ」
「う、うん。オルルも大変だね」
「いえいえ、こういう姫様だからこそ、私は実に面白……いえ、仕え甲斐があると思っております」
今明らかに気になるワードが聞こえた真雪だが、それについては追求しないことにした。
「おっ! 見えてきたぞ! アレが【バルバルハ】だな!」
コーランの指差す方向に、大きな街並みが見えてきた。そして彼女の言う通り、その街の名前は【バルバルハ】という。
「よし! 気合を入れて行くぞお前たち!」
肩で風を斬りながら揚々と進んでいくコーラン。
(情報……あるかな…………想くん)
真雪は懇願するように心の中で祈り、街へと歩を進めていった。
街に入った真雪たちは、先程オルルが言っていた言葉の意味を強制的に理解させられていた。何故なら
「へっへっへ。身ぐるみ剥がせてもらうぜ、ガキども」
突然建物の陰から現れた荒くれたちによって、囲まれてしまっていたのだから。
オルルはコーランの背後に陣取り、コーランはすでに剣を抜いて構えている。そして真雪も身構えながら周囲を警戒し、その隣にいるセイラも顔を引き締めている。
本来なら突然の追い剥ぎに真雪たちは戸惑うはずなのだが、これでも数か月この世界で過ごして、もっといかつい顔をした魔族とも戦っているのだ。
頑強そうな男たちに囲まれただけで尻込みするほど、ここでの経験は浅くは無かった。無論最初の頃は、臆病なセイラは言わずもがな、真雪も戦いには腰が引けていた。
しかし元の世界に還るため、必死で恐怖を克服し、戦い方も身につけていったのだ。自慢したくはないが、こういう状況も別段珍しくなかったりするのである。
(六人か……)
真雪は自分たちを囲っている男たちを見回し、
「セイラ、この中で魔法を使える人っている?」
「ちょっと待って下さい」
するとセイラの目にキュイィィィィンと魔力が集束する。セイラは顔を動かして一人一人を観察していく。
「あの人、頭にバンダナを巻いている人には《魔核》があります」
「オッケー、一人だね」
セイラが指差したのは、大柄な男で頭に黄色いバンダナを巻いている。
「驚きました。セイラ様は『鑑定』の魔法が使えるのですか?」
オルルが話を聞いていたようで感心するように言ってきた。
「ううん、セイラのは『深視』って言って、簡単に言えば透視ができる能力だよ」
「す、素晴らしいですセイラさん! そのようなお力をお持ちだとは!」
「え、えっと……えぅ」
オルルの絶賛に恥ずかしそうに顔を俯かせるセイラ。
「姫様、どうやらあのバンダナの方は魔法を使われる可能性があるようです」
「ほう、ならば私が相手をしようではないか!」
何とも楽しそうに笑みを浮かべると、コーランはビシッと剣先をバンダナの男に向けると、
「おいお前! よく覚えておけ! 我が名はむがむっ!?」
突然オルルに背後から口を押さえられ慌てるコーラン。そして彼女の手を払いのけると、
「な、何をするのだオルル!」
「姫様! このような場でご自身のお立場を明るみにされることは許容できかねます!」
「だ、だがオルル、戦う相手に名乗りを上げるのも礼儀として……」
「それは格式の高い武闘の時だとお習いになったではありませんか! そうでなくとも、このような劣悪でレベルの低い戦いで姫様が名乗る必要性はありません!」
「う……わ、分かった」
コーランは凄まじい威圧感をオルルから感じたようで渋々了承した。そして一つ、咳払いをすると、
「わ、私は下郎どもに名乗る名など持ち合わせてはおらん! 痛い目を見たくなければ即刻立ち去るが良い!」
「それです姫様! カッコ良いですよ!」
「フハハハハハ! 当然だオルルよ! フハハハハハ!」
簡単にオルルに乗せられて高笑いを響かせるコーランだが、彼女の言葉でバンダナの男の額に青筋が大量に浮かぶ。
「何だコラ嬢ちゃん、面白えこと言ってくれんじゃねえか。ならどっちが痛い目を見るか、俺らが試してやるよ! 野郎ども、やっちまえっ!」
男の言葉を皮切りに、周りの者たちも一斉に真雪たちに襲い掛かる。
「コーランさん、他の人たちは私とセイラで引き受けますから、あのバンダナの人をお願いします!」
「うむ、任されよう!」
真雪の提案に反論なく乗ってくれたので、真雪はセイラと互いに顔を見合わせると頷き合った。
そして互いに背中合わせになると、
「セイラ、そっちの三人は任せるよ!」
「了解です!」
真雪はサッと膝を折ると、地面に右手をつく。
「――――――――――召樹っ!」
真雪の身体から溢れ出た魔力が、右手を伝って地面へと流れる。
「行くよ! 樹厳っ!」
真雪の前方にある地面から横一線に亀裂が走り、そこから木彫りでできた巨大な三匹のジュゴンが現れ、目の前から迫って来ている男たちに突進を食らわせる。
「ま、魔法だとっ!?」
バンダナの男が真雪の魔法を見て驚愕に顔を歪めている。オルルは目を輝かせ、コーランは興味深そうに「ほう」と唸っていた。
そして木彫りのジュゴンに突進を受けた三人の男たちは呆気なく壁に激突し意識を失っていた。
「セイラ!」
真雪はすぐさまセイラの加勢をしようと振り向くが、
「大丈夫です!」
セイラは祈るように両手を組み、目を閉じて唱える。
「……出て来て下さい、右のジコクさん」
すると彼女の右側の地面に魔法陣が描かれ、そこから刀を背中に背負った、忍者のような風体の子供が出て来た。顔も頭巾で覆っているので目だけしか確認できないが、その眼光は小さいながらも鋭い。しかしお尻からニョロッと長い尻尾が出ている。
「主、せっちゃ……せっちゃ……せっちゃ……の相手はアレでござるかニャ?」
ふと真雪は「ああ、諦めたんだね」と言いそうになった。本当は拙者と言いたかったのだろうが、三回も噛んでしまい、もう言い直すのは止めたようだ。
「はい。頼みます!」
「承知!」
ジコクは刀を抜くと、目にも止まらない速さで三人の男の懐へ入り
バタバタッと次々と倒れる男たち。そしてジコクは刀を鞘に納めると、
「安心するニャ。みにぇうちにござす……ござる」
思わず吹き出しそうになるのを真雪は我慢する。「みねうち」はともかく、もう少しで、ござるのところが「ござんす」と聞けたのに惜しいと思ってしまった。またしれ~っと言い直すのも可愛いかった。
ちなみにジコクは女の子であり、今顔を覆っていて分からないが、頭巾を取ればそれはもう可愛らしい猫娘なのである。彼女の耳を触っていると幸せな気分になったのを真雪は覚えている。是非今度また触らせてもらおうと心に誓った。
「ありがとうございますジコクさん」
「いえ、礼にはおよばニャいでござる。ではこれにて」
再び魔法陣がジコクの足元に現れ沈んでいく。しかし真雪は見た。今度は噛まなかったことで、嬉しかったのか、彼女が小さくガッツポーズしていたのを。
「な、何だ……あのガキも魔法士だと!?」
残りはバンダナの男一人なのだが、一瞬で仲間がやられて愕然としている。
「さあ、残りはお前だ! 行くぞ!」
コーランが距離を詰めると、男は焦燥感に溢れた表情を浮かべたまま、
「く、くそっ! こ、こうなったら食らいやがれっ!」
男が地面に拳を突き立てると、土が棘状に盛り上がりコーランを襲う。危ないと真雪を叫ぼうとしたが、
ザクッ!
コーランが手に持っている剣で、いとも簡単に恐らく硬質化している地面を斬り裂いた。
「き、斬ったぁぁぁっ!?」
男は叫んだが、それは真雪たちも同じ驚きだった。どうやら真雪にとっては脅威に見える魔法も、コーランにとっては全く歯牙にかけるようなものではなかったらしい。
そのままコーランは男の懐へ素早く入り込むと、柄で腹に一撃を与えた。苦悶の呻き声を上げながら男は沈黙した。
真雪たちの圧勝に終わった。