第三十八話 魔法の存在
ソージとヨヨ、そしてユーは屋敷の裏手に来ていた。ここはソージも小さい頃、よく魔法の訓練をしていた場所でもある。
ここなら周りに誰もいないし、かなり広さもあるので魔法を試すには都合が良かったりしたのだ。
ヨヨはユーに自然体で立つように言った。しかしそうは言ったものの、やはり緊張しているのかガチガチさが窺えてしまい、思わず吹き出そうになるほどそれが可愛かった。
「大丈夫よユー、私はただあなたに触れるだけよ。ほら、リラックスして」
「わ、わかったの!」
だが固さはいまだに現れており、そんなユーを見たソージが、
「ユー、見てごらん」
「え?」
右腕を高く上げて、そしてまるで噴水のようにその腕からオレンジ色の炎が噴出する。それは水飛沫のように細かく、周囲に飛び散っていく。
また極端まで薄くした炎の欠片は、日に反射してキラキラと光り輝いている。
「ふぁ~キレイなの~」
その顔には先程まで感じられた固さが失われていた。どうやらリラックスすることに成功したようだ。
「よくやったわソージ。それじゃユー、ゆっくり目を閉じなさい」
「う、うんなの……」
まだ若干緊張は見えたが、これくらいなら大丈夫だろうと判断したようで、ヨヨがその細く白い手でそっとユーの額に触れた。ヨヨも目を閉じ、集中して何かを探っているような感じだ。
こうなったらしばらくかかると思い天を仰ぐソージ。様々な形に作られた雲が、気持ち良さそうに風に身を任せている。
遠くの方では鳥たちが空で戯れており、とても楽しそうだ。そうして自然の穏やかさを感じている時、
「あれ? お前さんたち、こんなトコで何してんだ?」
背後から聞こえた声に即座に反応し振り向くと、そこにはユーのように、今回屋敷の使用人として雇われた庭師のデミック・ランナウェイだ。
ソージはすぐにジェスチャーで静かにするようにと指示をすると、デミックもソージの背後にヨヨとユーの姿を発見し、目をパチクリしながらも静かにソージに近づいた。そして彼は小声で尋ねてくる。
「おいおい坊ちゃん、ありゃ一体何してんだ?」
「坊ちゃんは止めて下さい。オレのことはソージで構いません」
「オッケ~だ。そんでソージ、当主様たちは何を?」
「魔法の特訓ですよ」
「ほほう、あのちみっこいの魔法使えんのか?」
「ええ、ですがまだそれに気づいていないので、それを気づかせるためにああしてお嬢様が手伝っておられるんですよ。それよりもデミックさんはどうしてここに?」
「おいおい、俺は庭師だぜ? ここも立派な裏庭だ。確認に来ても不思議じゃねえだろぉ? この裏庭には果物の樹でも植えようかと思ってな」
なるほど、それは確かにそうだ。表には綺麗な花壇や菜園など豊かではあるが、裏庭は結構殺風景なので、彼の案は良いと思った。
「それは良いですね。ちなみにどのような果実を?」
「ん? 媚薬入りの精力増強する果実」
「却下です!」
つい大声で怒鳴ってしまい、ハッとなってヨヨの方へ視線を向かわせたが、気にしていないようでホッとする。
「ブハハ! 冗談に決まってんじゃねえかよ! それにそういう薬物を入れて栽培する時は、国に許可が必要だしな。そんなめんどくせえもんを作ったりはしねえよ。俺が作ろうと思ってんのは、季節によって成る実が違う《四季の実》だ」
ちなみにこの【オーブ】にも無論季節はある。日本に居た時と変わらず春夏秋冬である。
「まったく、冗談はほどほどにして下さいよ。突っ込むのもしんどいんですから」
「だったら突っ込まねえようにすればいいんじゃね?」
「あなたが突っ込まさせてるんでしょうが!」
「ブハハ! 違えねえやな! ブハハ!」
「もう少し静かに笑って下さい! お二人の邪魔になりますから!」
「おっと、こりゃすまねえ」
デミックは慌てて口元を押さえる。デミックは接してみると分かるが、悪い人物ではない。ただ他人(主にソージ)をからかって遊ぶ性質があるので付き合い難いとソージは感じてしまっている。
ただ庭師として優秀なのは確かのようで、今までソージとともに庭の管理をしていたメイドから話を聞いて、すぐに問題点を上げて、その改善策を申し出たという。
そしてソージもその話を聞いて、確かに彼の言う通りにすれば効率も良くなるので反論の余地は無かった。豪快な性格のようだが、それでも任された庭に関しては微細とも思えるほど気を遣ってくれていることがよく分かり、ヨヨも満足そうだった。
「終わったら声かけてくれよソージ。俺は表で仕事してっからよ」
「分かりましたデミックさん」
デミックはニカッと白い歯を見せると屋敷の玄関へと向かって行った。
するとちょうど良いタイミングでヨヨが目を開く。ソージもそれに気づき近づこうとするが、キッと睨みつけられて思わす足を止めてしまう。
「ソージ、こういう時は静かになさいといつも言ってるわよね?」
「う……は、はい」
ほとんどデミックのせいなんだと声高に叫びたいが、しょせんそれは言いわけであり、うるさくしたのはソージでもあるので認めて頭を下げる。
「はぁ、気を付けなさい。さあユー、もう目を開けていいわ。どんな感じだったかしら?」
「ん……なんか、あったかいみずのなかにいるみたいだったの」
それは湯と言うべきなのだが、ユーはその知識が無いようだ。
「お嬢様、ユーの魔法について何か分かりましたか?」
「ええ、彼女の魔法は、放電……と言っていいのかしら」
「放電?」
「ええ、だけどただの放電ではなく、生み出された電力には特別な効果を持っていて、それに触れたものを石化させることができるようよ」
「ユーも何か感じましたか?」
「う、うんなの。アタマのなかにいろんなモノがながれてきたの」
恐らくヨヨがユーの体内を調べて、魔法の情報をユーの頭に流れていくように調整したのだろう。
「そうね、ユーの魔法は『電攻石化』とでも呼ぼうかしら」
「で、でんこう……せっか? それがユーの魔法?」
「ええ、なかなかに素晴らしい命名だと思うのだけれど、どうかしら?」
ヨヨが若干ドヤ顔で聞いてくるが、確かにユーの能力を文字で表した良い命名だった。ユーも気に入ったのか、何度も噛み締めるように呟いている。
「さあユー、これであなたは魔法の存在を強く意識することができたわ。あとはその力を自分で上手くコントロールできるように訓練するだけよ。そうすれば、その力はきっとあなたを助けてくれるわ」
「で、でもどうするの? ……よくわからないの」
「訓練方法も頭の中に流れてはきませんでしたか?」
普通は魔法の発現を経験すると、自身の使う魔法の情報や、どうすれば向上できるかなどといった訓練法なども頭に自然と知識として流れてくるのだ。
ソージの場合も『創炎』がどういうものか知識として流れてきたから、どうすれば使いこなせるか自分に合った訓練法を編み出せたのだ。
とはいっても、ほとんどはやはり何度も魔法を使って訓練するというベタな感じにはなってしまうのだが。
ソージの質問にユーは困ったように眉をひそめている。もしかしたら流れてきた情報を上手く解釈できないのかもしれない。
「とりあえずユーは、まず自分の意志で魔法を使えるようにしなければね。ソージ、時間を作ってユーに《魔核》の存在から丁寧に教えて上げなさい。私もできるだけ気をかけるから」
「畏まりました」
「私はこれから書類整理があるから部屋に戻るけど、ソージはもう少しだけ教えて上げなさい」
そう言うとヨヨは髪を手でサッと払い、踵を返して屋敷に戻ろうとする。そこへユーが慌てた様子で声を上げる。
「あ、あの!」
ヨヨもまた足を止め、ユーに顔を向け「どうしたの?」と尋ねる。するとユーは恥ずかしそうにモジモジとしながらも、
「う、あ……その……ありがとうなの……お、おねえちゃん」
彼女のその照れた様子は破壊力抜群だった。恐らくここにカイナが居れば、間違いなく変態化して抱きついていただろうことは想像に難くない。
何故ならあのヨヨまでもが、目を見開き頬が若干緩んでいるのだから。しかし彼女はサッと顔をユーから背けると、
「し、しっかりやりなさい」
明らかに平常心を失った感じでヨヨはユーに言葉を送ると、そのまま去って行った。そんな後ろ姿見送ると、ソージはつい、
「あはは、お嬢様を動揺させるとは、ユーはやりますね」
「……?」
ユーはソージの言葉を理解できていないようだが、ソージは気にせず口を動かす。
「それじゃ、ちょっと訓練してみますか」
「が、がんばるの!」
それからヨヨの言った通り、仕事の合間にユーに魔法の使い方を教えていった。




