第三十七話 神様からの贈り物
ユーをヨヨの書斎へと呼びつけて、今近海で起こっていることを、彼女をあまり刺激しない程度のことだけ話した。一族の者が暗殺者を雇ったことなどは言ってはいない。
「ユー、あなたの力は種族特性の力ではなく、恐らく魔法に属するものよ」
「……マホウ? ユーのチカラが?」
ヨヨの言うことに呆気にとられながらも口を動かすユー。
「ええ、でも確信は残念ながら無いの。あくまでも推測。ユーは、自分の力の正体を知りたいとは思わないかしら?」
「ユーは……ユーの……チカラは……あぶないの」
「そうね。確かにユーの力は危ないわ。実際に被害も出ているしね」
少し辛辣な言葉に聞こえるかもしれないが、ユーにとって自覚しなければならないことでもあるので、ヨヨは言葉を止めない。
「いいかしらユー、この世界には魔法があるのは知ってるわね?」
「え……うん」
「魔法はね、使い方を誤れば、それは誰かを傷つける刃になってしまうの」
「…………」
鋭く光らせた瞳をヨヨがユーに向けているのでユーは小刻みに肩を震わせている。
「……しかしね」
ヨヨはフッと表情を緩めると優しく微笑む。
「使い方次第では、誰かを助ける救いにもなるのよ」
「……たすける……すくい?」
「そう、あなたのその小さな身体に秘められた力は、誰かを救うことだってできるのよ」
ユーは戸惑いがちな様子を見せて、その視線をソージへと向けてきたので、ソージもニッコリとして頷く。そして彼女の頭にそっと手を乗せると、ユーは小さく「あ……」と言うが、
「そうですよユー。魔法は素晴らしいものです。誰もが等しく持っているものではありません。魔法は……神様から与えられた才能なんですよ」
「ユーの……さいのう?」
「そうです。そしてその才能を活かすも殺すもユー次第です。簡単に言えば、ユーが頑張れば、君が怖がっているその力は、君を助けてくれる家族にもなるんですよ」
「か……ぞく? ……う……おにいちゃんやおねえちゃん……ニンテ……みたいに?」
「ええ、ですが、ユーがいつまでも怖がって、自分の力と向き合おうとしなければ、いつまで経っても家族にはなれません」
「それは……イヤなの」
ソージは優しく頭を撫でると、ユーは気持ち良さそうに目を細める。
「だったらまずは、その力とお友達になりましょう」
「おとも……だち?」
「はい。そしていつか、家族になるんです」
「…………」
ユーの視線が今度はソージからヨヨへと向かう。ヨヨもまた綺麗な笑みを浮かべてユーを見つめていた。
「私が、そのお手伝いをしてあげるわ」
ヨヨの言葉を受け、ユーはしばらく顔を俯かせていた。誰も何も喋らず、ただただユーの答えを待った。そして彼女は唇を噛み締めてバッと顔を上げる。
「や、やるの! ユー、いっぱいかぞくほしいの!」
本当に嬉しかった。ソージは彼女がもしかしたらそれでもやはり怖くて逃げだしてしまうかもしれないと心のどこかで思っていた。だがそんな思惑は嬉しいように外れ、彼女は強さを見せてくれた。それが何よりも嬉しかった。
ヨヨもどことなくホッとした様子で頬を緩めていた。彼女もまた少なからずソージと同じ思いを持っていたのかもしれない。
ソージとヨヨは互いに顔を見合わせ示し合わせたように頷き合った。そしてヨヨは椅子から立ち上がり言う。
「それではさっそく始めましょうか。最初はユーの友達作りからね」
その頃、ソージ探しを続けている真雪とセイラは、街で出会った【シューニッヒ王国】の第三王女であるコーラン・ハイアット・シューニッヒと、その侍女であるオルル・チェインとともに街の中を歩いていた。
「なるほど、じゃあコーラン様たちは、ここにいる情報屋に用事があったわけなんですね」
真雪は彼女たちがこの街に来た理由を、先程飯屋でオルルに聞かされたのだ。
「はい。もしかしたら姫様のお慕い申し上げている方の情報が入手できるかと思いまして」
「オ、オオオオオルルッ!」
「何です姫様? そのようにお慌てになられて?」
確かにコーランは何故か真っ赤な顔をしてあわあわとなっていた。
「か、勘違いするな! わ、私はただあ、あの時の礼をしたいだけであってだな……そ、その……れ、恋慕をしているというわけでは決してないっ!」
「あら、そうでしたか? ですが姫様、あの時、その方に頂いたブローチをいつも肌身離さず……」
「うわぁぁぁぁぁっ! な、なななな何故それを知っているのだ! わ、私はブローチのことなど誰にも言ってないぞっ!」
「そりゃもう、私は姫様の侍女ですから。姫様について知らないことはございません」
ニコニコと笑顔を浮かべているのだが、その笑顔の裏に隠された表面上では分からない主従関係。それは明らかにオルルが主の雰囲気を宿していた。
「うぅ~……オルルはいつもそうやって……」
プルプルと頬を膨らませて震えるコーランを見て、
(うわ、コーラン様可愛い……)
真雪は、それはもう即座に抱きしめたい衝動を起こさせるようなコーランに見惚れてしまっていた。
そこでオルルがパンと手を叩くと、
「まあ、そのようにいつまでも過去の男を引きずっている姫様の頼みで情報屋を探していたのです」
「そ、そうだったんだ……はは」
オルルの物言いに空笑いしか出ない真雪。セイラも頬を引き攣らせている。やはりこの侍女は最強なのかもしれない。
「そ、それで情報屋は見つかったのですか?」
セイラが尋ねるとオルルは「はい」と頷きを返す。しかしすぐにその表情に陰りを帯びさせる。
「実は、ここの情報屋はあまり質がよろしくないようでして、お尋ねした質問に満足のいく答えは頂けませんでした」
「そう言えば、お前たちも情報屋に用事があるとか言っていたな」
コーランが真雪とセイラに顔を向けてハキハキとした口調で言う。
「あ、はい。実は私たちも人探しをしているんです」
「ほう、それは奇遇だな。男か? 女か?」
「男の子です」
「ほほう、これまた奇遇だな。私たちが探している者も男だ! あれからずいぶん時間が経ったが、私を救ってくれたほどの男だ! さぞや立派な男になっているだろうな! アハハ!」
その思い出の中の男を美化しているのか、男が堕落していることなど考えてもいない様子だ。
「そう言えば、マユキ様たちがお探しになられてらっしゃる方はどのような方なのですか?」
オルルの疑問は極めて普通のことだが、返答に困る真雪。何故ならば今分かっているのは、外見だけなのだ。
その人物が本当にソージだとしたら、彼という人間性を知り尽くしている真雪は思う存分語れるが、間違いということもあるので軽々しくソージだと断定はできない。
「そ、そうだね……し、執事をしているかな……多分」
「執事……ですか?」
「真雪さん、ですから執事かどうかは分かりませんよ。あ、オルルさん、多分その方は、どこか富裕層の方にお仕えしている使用人ではないかと考えているのです」
真雪の中では執事と確定しているようだが、セイラは可能性の話を広げてしっかりと説明した。
「というと、マユキ様たちが探してらっしゃる方は、私のような使用人ということですね」
「なるほど、執事か。私にはいないぞオルル」
「必要無いじゃありませんか。それに執事は基本的には男性の方が務められます。いいのですか姫様? 思い出の殿方を探し出す前に、他の男を自らの傍に控えさせても。もしかしたら浮気ということで嫌われて……」
「な、何ィィィッ! そ、それはいかんぞオルル! す、すぐに執事制度を撤廃するのだ! わ、私は浮気者ではないぞ! 断じて違うのだぁぁぁっ!」
頭を抱えて悶えているコーランを楽しそうに微笑んでオルルは言う。
「ふふ、やっぱり姫様はお可愛いですね。浮気も何も、付き合っていないのですからそんな心配をされる必要もございませんのに。ねえマユキ様?」
「あ、う、うん、そうだね……」
やはりこの侍女だけは敵に回してはダメだと本能で悟った真雪だった。
それから真雪たちはオルルが案内していくれた情報屋に話を聞きに行ったが、コーランたち同様に自らの目標と直結する情報は得られなかった。
しかし情報屋には横の繋がりがあることを教えられ、少し遠いが新鮮で正確な情報を扱っている情報屋の居場所を教えてもらった。
「もしかしてマユキ様たちもその情報屋を頼りに行かれるのですか?」
「うん、行ってみようと思うんだ」
「では一緒に向かえばよろしいのではないですか?」
オルルが提案してくる。真雪とセイラは「え?」となって、コーランの顔を同時に見つめる。
「む? オルルが言うのだからそれでいいのではないか? それにマユキたちはなかなかに強そうだしな。足手纏いにはならんだろう!」
確かにコーランは王女とは思えぬほどの身体能力を有し、真雪とセイラは【ラスティア王国】では英傑とされている存在だ。そして弱そうな柄も妙な迫力を宿す最強の侍女もいる。
この四人なら、険しい道のりでも乗り越えて行けるような気がしてくる。
「セイラ……」
「はい、セイラは心強いお仲間ができるのでしたら歓迎です!」
セイラがその青々と澄み切っている碧眼を細めて嬉しそうに顔を綻ばせている。セイラが賛同してくれるならと、真雪はコーランとオルルに頭を下げる。
「それじゃこれからしばらく、よろしくお願いします!」
「お願いします!」
セイラも同じく挨拶をする。コーランとオルルも満足そうに返事を返してくれた。そして真雪は向かうべき場所を指し示し意気込みを言葉にした。
「よし! それじゃ行こう! 目指すは《グド地方》の【バルバルハ】だよっ!」
新たな仲間を得て、真雪たちは新たな目的地へと歩を進めていった。




