第三十四話 情報屋ノビル
ソージが住む屋敷は【ドルキア大陸】の《ノックルス地方》にある【モリアート】と呼ばれる街の中にある。この【ドルキア大陸】には三つの地方があり、今ソージとヨヨはその一つである《グド地方》に来ていた。
そこには幾つかの街や村があるのだが、【バルバルハ】という街まで馬車を飛ばしていた。ここの街の特徴として、かなり柄の悪い者たちが多いということだ。
元々小さな村だったのだが、荒くれたちが次々と移住してきて、次第に大きくなっていき街へと発展していったのだ。
特にギャンブルが盛んな街であり、そのギャンブルのお蔭で大きくなったといっても過言ではない。一日中、金が動き続ける街、あるいは眠らない街として有名である。
何故こんな場所へソージたちがやって来たのかというと、ここには優秀な情報屋がいることを知っていたからだ。
地方は違っても、ここ【バルバルハ】と【モリアート】とは、それほど距離が離れているわけではない。従って、星海月の一族が住む海にも近く、何かしらの情報が得られると考えやって来たのだ。
「しかし、いつ来ても賑やかな街ですね」
「ええ、だけど見なさい」
「え?」
ヨヨの促す先には、一人の男の後をつけている数人の男たち。かなり柄の悪そうな者たちだ。そしてその数人たちが一気に、一人の男性に襲い掛かり、男が持っていた手荷物を奪って逃走した。
「窃盗……いや、もうあれは強盗ですね」
奪う際に押し倒しているので立派な強盗である。
「ええ、ああいう行為が、ここでは日常茶飯事だもの。特に私たちのような身形を整えた者は気をつけなくてはすぐにターゲットにされてしまうわ」
「相も変わらずここは無法地帯さながらですね。そう言えば犯罪の街とも呼ばれてましたし」
この街のルールとして、弱肉強食というものがある。だからたとえ金品を無理矢理奪われても、奪われた者が弱かったのが悪いとされて問題にされないのだ。
二人は歩きながらそうやって口を動かしていると、
「……ソージ」
「はい。どうやら囲まれているようで」
ピタリと歩を止めた二人。ソージはヨヨをいつでも守れるように警戒態勢に入る。するとあちこちの路地から荒くれたちが現れる。全部で五人いる。
「いやいや~、ずいぶん景気良さそうな服着てんじゃねえか」
「どこぞの貴族さんかね~」
「となると、ここでは試しがあるのを知らないのかね」
男たちが口々に言うが、
「おや、あなた方は、私が誰かご存じないと?」
「はあ? おめえ、何言ってんだ? 知るわけねえだろうが」
ソージの問いにペッと唾を吐いて答える男。
「こう見えても、昔試しを受けたんですがね」
「はあ?」
「あ、そうですか。あなた方、最近この街にやって来た新参者ですか? それならば私のことを知らなくても無理はありませんね」
「何をゴチャゴチャと言ってんだ? おいてめえら、まずはこの赤髪の高価そうな服を頂くとしようぜ!」
男の言葉に他の者たちが賛同する。ソージはやれやれと言った感じで肩を竦める。すると一斉に五人がソージに向かってきた。
「お嬢様、少し失礼を」
「ええ」
ソージはヨヨをお姫様抱っこで持ち上げると、そのまま高くジャンプして建物の屋根に上る。そしてそこにヨヨを一旦下ろすと、
「おいてめえ! 下りてきやがれ!」
「はいはい。そう怒鳴らなくても今行きますよ」
ソージは屋根から飛び降り、五人が囲む中心に再び位置を戻した。
「大したジャンプ力だが、それだけじゃここじゃやってけねえんだよ!」
男たちが再び五人全員がソージに掴みかかろうとした時、ソージはその場から瞬時に動き、一人の男の腹に蹴りを与える。そのまま男は涎を吐きながら吹っ飛び、続いてソージは近くにいた二人の顔に裏拳と回し蹴りを食らわせる。盛大に地面を転がって建物の壁に激突する。
三人はその一撃だけで沈黙した。そしてすかさず残りの二人のうち、一人の懐へ入ると鳩尾に拳を突き刺し悶絶させる。
その光景を愕然とした表情を浮かべ見つめていた最後の男。その男に対してニッコリと微笑むと、
「さて、残りはあなただけですが?」
「あ……あ、ははは、な、なかなかやるじゃねえか兄ちゃん。み、認めてやるよ! 試しは合格だ! だからもう……」
「そんな都合の良いことは仰らないで下さい」
ソージは即座に彼の背後に回ると、後ろ首をそっと掴み力を込める。
「ここは弱肉強食なのでしょ? なら、何をされても文句は言えませんよね?」
男には見えないが冷笑を浮かべながら淡々を言葉を並べる。男の身体がガタガタ震え始め、顔からは血の気がなくなっていく。
「覚えておくといいでしょう。今度、私とお嬢様に手を出そうとするなら…………ぶち消しますよ?」
そのまま近くの壁に男を頭から突っ込ませた。バキィッと壁が壊れるほどの威力が込められていたが、ピクピクと男の身体が動いているので致命傷には至っていないようだ。
ソージは屋根から再びヨヨを地面に下ろすと、先を進んでいった。
「ソージはここの試しを受けたの、確かバルと一緒に旅をしていた時だったわね」
「ええ、その時に合格を頂きました」
バルというのは、正式名称はバルムンクと呼び、執事長であるソージの先代であり、ヨヨの父親に仕えている初老の男性だ。
ソージが執事として一人前になれるように、そして自分の後釜を見事に務め上げられるように、数年間、バルムンクはソージとともに旅をした。
ソージ曰く、あまりに激烈な旅だったため、自身で《地獄旅》と称したという。ソージにとってはためにはなったが、二度と経験したくない旅だったのだ。
その際に、この街にやって来て先程の試しを受けた。試しというのは、簡単に言えば腕試しだ。荒くれたちの攻撃から身を守ることができるかどうか試されるのである。
もちろん失敗したら身ぐるみを剥がされて外に放り出されたりする。見事撃退に成功すれば、そいつは強いということで街に噂があっという間に広まり、再び襲われることが極端に減る。
しかし今のように、新参者であれば、過去のソージを知らないので、試しと称し襲ってくるのだ。別に不思議なことではない。この街は結構人の出入りも激しいので、こういうことも結構ある。
古参な者たちには顔や名前を覚えられてはいるが、それでも面倒事は尽きないのだ。そしてヨヨもまた以前にソージとここへやって来て、ヨヨは戦ってはいないが、ソージとセットで顔を覚えられたりはしている。
「さあ、あそこの路地を曲がったところよソージ」
「ええ、彼女、元気にしていますかね?」
「どうかしら。どうせまた法外な値で情報を売っているだけだと思うわよ?」
「あはは、彼女らしいです」
二人は真っ直ぐ通路を進み、細くなっている路地を曲がる。すると一軒の建物が視界に入って来た。陽射しも当たらないジメジメした暗い場所である。
キノコやコケが生えていても不思議ではないその場所には、屋根が開いた本の形をしている家がポツンとある。
まずソージが家の扉に近づき、呼び鈴が天井から垂れ下がっていたので、それを何度か鳴らす。しかし返事が無い。耳を傾けるとウヒヒヒヒという愉悦がたっぷりと含まれたような笑い声が聞こえてくる。
「入りますよ~」
ソージはそう言うと、扉を開けて中に入る。するとカウンターがあり、その向こうには座敷の上に大きな宝箱があり、その中に入っている大量の金銀財宝から顔だけ出した人物が居た。
「ウヒヒヒヒ~おっか~ねおっか~ね~」
顔を蕩けさせながら壊れたように歌っている人物を見て、ヨヨは一言、
「……醜いわね」
同感です。とソージは心の中で呟いた。
「いや~ゴメンゴメン! ついいつもの日課である『ワタシは金に埋もれる女』を堪能していたところだったんだよネ~」
多分誰もが見ても一目で彼女のことが分かるだろう。そう、彼女は無類の金好きなのだ。特に高価な宝石や財宝などは、大量のお金に換金できるので大好物なのである。
そんな彼女の名前は、ノビル・フローゼ。超一流の情報屋でもあるが、その対価には莫大な報酬を要求するという守銭奴なのだ。ハッキリ言って金に汚い。
外見は、二十代の前半で、スタイルも良く切れ長の瞳にスッとした輪郭と、美女と断ずるに些かの迷いもない彼女だが、こう見えて男性嫌いという性質を持つ。
何でも昔に酷い裏切りを男から受けたとかで、そのトラウマでつい男性に対してはきつく当たってしまうという。だからこそ、男が情報を手に入れようとやって来たら、女の数倍、酷ければ十数倍の対価を要求するのだ。
ソージの場合も、最初の頃は酷かった。まるで汚物でも見るような目でソージを見てきて、少し話しかけただけで、舌打ちをされる始末。打ち解けるまでに結構な時間がかかった。
その時もヨヨがいたので、他の男性と比べても打ち解ける早さはかなりのものだった。今ではソージにも普通に接してくれるので、そこはソージも安心している。
「ヨヨちゃんもソージちゃんも久しぶりネ~」
人懐っこい笑顔を浮かべるノビルを見ると、この彼女が男性嫌いだとはとても思えない。
「ええ、久しぶりね」
「こちらこそ、お元気でしたか?」
「ウンウン、元気元気! まあ、心配してくれるのはソージちゃんだけだヨ~。お姉さん、嬉しいナ~」
「それは良かったです」
「えへへ~、それで、今日はどったノ~?」
「実はあなたに聞きたいことがあって来たのよ」
「ふぅん、ヨヨちゃんがわざわざ来るってことは……屋敷関係かナ?」
笑みは浮かべたままだが、目は細められ探るような感じに変化するノビル。
(金づるが来たとか思ってんだろうなぁ~)
ソージは心の中で嘆息するが、黙ってヨヨがどう対処するのか見守っている。
「あなたのことだから、近海の情報にも明るいわよね?」
「ん~まあ、手広くやってるからネ~。ヨヨちゃんも情報屋だけど、専門は商売関係だもんネ~」
そう、情報屋にもいろいろある。ヨヨの場合は、主に商売関係であり、どこぞの物価の値が高いや、有名貴族が欲しがっている物の情報などを専門に扱っている。
無論それだけではないが、情報屋として、他の情報屋をこうして訪ね、情報を買ったり、共有したりするのはそれほど珍しいことではない。
「今、近海で水棲族たちがもめているのは知ってる?」
「……ナ~ルホド。ヨヨちゃんが欲しいのは、彼らの情報だったカ~。あ、それじゃもしかして、水棲族の誰かを屋敷で雇ったとカ?」
ノビルは伊達に情報屋などをやってはいない。彼女の情報を得る手際も素晴らしいが、この推理能力が格段に高い。たった一言からでも、その言葉の持つ意味を正確に判断し、論理を組み立てることができるのが彼女の強みなのだ。
「ふふ、さすがね。その通りよ、そこで少し困ったことがあってね。海の情報があるのなら手に入れようとここへ来たのよ」
「ふ~ん、まあ、個人的なことは聞かないヨ~。情報屋は、情報を売るのが仕事。お客様のプライバシーには必要以上に乗っからないのが常套だからネ~」
「なら、情報はあるのね?」
しかしその時、キラリとノビルの目が光ったのをソージは見逃さなかった。
「あるヨ。でも…………高いヨ?」