第三十話 王女と侍女
真雪はトコトコと酔っ払いのところへ向かうと、
「こらおじさん! 女の子を背後から襲うなんてダメだよ! それに戦うんだったら、正々堂々としなさいっ! それでも海の男なんですかっ!」
ビシッと指差して言う。男も海の男というワードを聞いて、正気に戻ったように項垂れながら一言、
「す、すまねえ……ついカッとなっちまった」
「謝るんなら私じゃないでしょおじさん!」
「え、あ、そ、そうだな」
真雪は御苦労さまという感じで樹に触れると、樹は大地へと戻っていく。解放された男は、女性に対し、頭をボリボリかきながら確かに下げた。
「す、すまねえ! アンタを見縊ってた! さっき言った言葉は撤回するからよ!」
すると女性も微笑を浮かべて、
「なに、失敗は誰にでもあるものだ。分かってくれたのならそれでいい」
そうして二人は和解することができた。真雪は嬉しくなってパチパチと手を叩く。その隣にセイラもやって来て、
「良かったですね真雪さん」
「うん! やっぱり仲直りが一番だよ!」
どちらも取り返しのつかない大怪我がなくて本当に良かったと思う真雪。あの時、剣を手に取ろうとしていた女性を見て、さすがに冗談ではすまない状況になってしまうのではと危惧して、つい魔法を使ったが、結果的に上手くいったので良かった。
「お前たちにも礼を言おう。感謝する」
女性も軽く会釈するように言葉を吐く。
「しかし、わざわざ手を出さなくてもあの程度なら私でも……」
「姫様?」
明らかに怒気の混じった低い声がオルルから女性に飛ばされる。
「な、何だオルル?」
「助けて頂いた方には、感謝だけで良いのですよ? それともまさか、わざわざ火種になりそうなことを言うつもりではないですよね?」
にこやかに笑ってはいるが、背後に黒いオーラを身に纏った鬼が見えている。
「そ、そそそそんなわけがないだろう! う、うむ、ありがとう、感謝するぞ!」
「あ、いえいえ、ご無事ならそれだけで」
「あの、よろしければお礼をさせて頂きたいのですが」
オルルが恐縮するように言ってきた。
「え? いいですよお礼なんて! 大したことをしたわけじゃないので!」
「何だと! おいお前! オルルが礼をしたいと言っているのだから素直にって、オルルそこは抓ると痛いではないか!」
見ればオルルは黒い笑顔を浮かべたまま、女性の脇腹を抓っていた。
「まことに我が主の言動、かねがね申し訳ございません。私を助けると思い、是非ともお食事などを御一緒させては頂けないでしょうか?」
オルルの丁寧な対応に好感を抱く真雪。だがその後ろでは涙目で抓られたところを擦っている女性がいて思わず苦笑する。
真雪はセイラと顔を見合わせて、
「ちょうど食事したかったところだし、いいよね?」
「はい、セイラは構いませんよ」
「あは! それではよろしいので!」
オルルはとても嬉しそうに破顔する。だから真雪も同じように笑顔を返す。
「はい! お言葉に甘えさせて頂きます!」
「ええっ!? 【シューニッヒ国】の王女様ぁ!?」
真雪とセイラは、先程知り合ったオルルたちに連れられて飯屋に来ていた。そこで自己紹介を含めて改めてオルルから礼を言われたのだが、オルルが隣に座っている女性のことを紹介した時、真雪は耳を疑ってしまった。
「そうだ! 【シューニッヒ王国】の第三王女、コーラン・ハイアット・シューニッヒとは私のことだ!」
キリッと、店の中だというのに表情を決めるコーラン。だがそこで彼女の侍女であるオルル・チェインから注意が放たれる。
「恥ずかしいですからいきなり立ち上がり大声で名乗らないで下さいませ!」
「す、すまないオルル」
どうやらコーランはオルルに頭が上がらないようだ。先程のやり取りから擦るに、オルルが暴走しがちなコーランのストッパー役みたいである。
「で、でも本当なんですか? その……王女様って」
「何だお前! どうしても信じ……」
「姫様は黙っていて下さいませ!」
「う……わ、分かった」
渋々口を噤んでいるが、その仕草が物凄く子供っぽかった。
「お二人が信じられないのも無理はございません。突拍子な話ですから。ですが、姫様のお持ちになられている剣。これは由緒正しき【シューニッヒ国】の紋章が入った国剣なのです」
コーランの座っている近くの壁に立てかけられてある剣の柄と鞘には、確かに煌びやかな装飾と紋章が刻まれてあった。
【シューニッヒ王国】はここ東大陸【ドルキア大陸】の《アンジャクス地方》を治める王国であり、別名《花の王国》と言われるほど、年中美しい花が咲き乱れている国だ。
その国の紋章も、バラの花を模したような紋が使用されている。そして間違いなくその紋章がコーランの持つ剣にも刻まれていた。
「そ、それじゃ本当に王女様? わぁ~でも【ラスティア】の王女様とはまた違った印象だぁ」
「ちょ、真雪さん!」
真雪は思ったことを口にしただけだが、セイラが慌てて止めに入るも、すでにコーランの肩がプルプルと震えていた。
「そ、それは私が野蛮で……がさつで……お、王女らしくないということか?」
物凄い涙目で睨みつけてくるコーラン。
「ああ! いえいえ違いますよ! 王女様ってもっと幼い感じでイメージしてたので、コーラン様みたいに大人っぽくて綺麗な人もいるんだって思っただけです!」
「……え? き、綺麗……?」
「綺麗ですよ! 【ラスティア】の姫様はまだ幼くて可愛らしい感じでしたから、コーラン様みたいな凛々しい王女様に会えて感激です!」
「そ、そうか? よ、よし! お前を私の家来にしてやろうではないか!」
今度は物凄い上機嫌で笑い始めた。そんなコーランにオルルは溜め息を吐くと、
「何を仰っているのですか? 恩人さんに失礼ですよ」
「む? だ、だがオルルよ、優秀で忠実な部下は多いにこしたことはないぞ? それに私のことを綺麗と! 凛々しいと!」
「あ~はいはい。余程嬉しかったのですね」
目を輝かせて言うコーランに対し、冷め切った態度を維持するオルル。こういうやり取りには慣れているようで、もしかしたら前にもこういう勧誘があったのかもしれない。
話を聞けば、彼女、コーランはまだ十八歳とのこと。言動や行動はともかく、喋らなければ誰もが見惚れるほどの大人の美女である。あくまでも喋らなければだが。
そしてオルルは見た目通り十四歳ということ。二人は幼い頃からずっと一緒に育ってきた幼馴染でもあるという。
しかし彼女たちが王族だとしても、やはり気になるのは何故このようなところにいるのかということだ。しかも王女様が従者一人しか付けず、旅をしていることは普通では考えられない。
「いえ、私も一応反対はしたのですよ。ですが姫様がどうしてもと聞かなくてですね」
オルルはやれやれと肩を竦める。
「一体どんな理由で旅を?」
「まあ、簡単に言えばストーカーでしょうか?」
「ス、ススススストーカーッ!?」
その答えには真雪だけでなくセイラまで愕然としている。
「む? 私はスカート派ではないぞ? ああいうヒラヒラしたものは動き難くてだな……」
「違いますよ姫様。ストーカーです」
「何だそのすとーかーというのは?」
え? 知らないの? 的な感じで真雪とセイラは首を傾けてコーランを見つめる。
「まあ、姫様にも分かりやすく申しますと…………惚れた男を地獄の果てまで追いかけ回す変態でしょうか?」
「な、ななななななななななななななななっ!?」
瞬間、コーランの顔が一気に茹で上がったように真っ赤になる。
「ほ、ほほりゃほりゃほほほりゃれて!」
「言葉になっておりませんよ姫様」
「だ、誰がおちょこにほりゃれてるんだっ!」
バンッと机を叩きながら叫ぶコーラン。そして周りにいる客や店員からも注目を浴びる。
「あ、あの落ち着いて下さいコーラン様!」
「そ、そうです! べ、別に異性に惚れるのは悪いことではありませんよ!」
真雪とセイラが必死にフォローするが、
「うがぁぁぁぁぁっ! わ、私はしょしょ、しょんな軟弱な情を持ち合わしぇてはおりゃんわっ!」
「……噛み噛みですね姫様。忘れられたのですか? 七年ほど前、その男の子と再び会う約束したと仰ってきた姫様はそれはもう、真っ赤な顔でとっても嬉しそうでしたよ?」
「う、う…………ち、違うんだぁぁぁぁぁぁっ!」
突然剣を持つとコーランは店から走り去って行った。オルルはズズズ~と何事も無いようにお茶を喉に流し込んでいる。
「はふ~、やっぱりお茶は美味しいですね~」
「え、えっとオルルさん?」
「あ、私のことはオルルで結構です。どうぞ、気がねなくお呼び下さい。それと敬語も必要ございません」
「じゃ、じゃあオルル、コーラン様、放っておいていいの?」
「大丈夫です。しばらく走ったらすぐに戻って来られますから。ああやってからかうと面白いでしょ?」
「あ、そ、そうかな?」
「はい。あの姫様が思い出の男の子のことになるとああなってしまわれるのです。それがとっても初々しくて、止められません」
どうやら主従の関係は全く逆のようだ。彼女こそ、王族を手玉に取る魔性の女だ。
(まだ十四歳なのに……恐ろしい……)
ニヤニヤと微笑むオルルの背後に悪魔を見た真雪だった。




