第三話 魔法発現
四歳になった頃、自分が今後どのような生活を送るのか母親カイナから聞かされた。あの時、ヨヨから執事になれと言われたあの日、自分の道は形作られたようなものだが、改めて母から聞かされた。
母は屋敷のメイド長。そしてその息子であるソージは、ヨヨに仕える執事として生きていく道を示される。
本来なら誰かに敷かれたレールの上を走るのは嫌だとか言うのだろうが、ソージは執事という職業が自分の天職ではないかと日本に居た時に思ったことがある。
炊事、洗濯、掃除、幼い頃から両親が共働きのせいで、一人でずっとこなしていた。そのせいか、家事スキルが並みの主婦を凌駕するほどの高見に登りつめてしまっていた。
それはひとえに、ソージが元々凝り性であり、細かい作業も得意で要領が良いという非常に家事に向いた能力を宿していたことに既存するのかもしれない。
本人もそのお蔭か、家事をしていると心底安心するという主夫心を強く育てることができているようだった。それに料理にしろ掃除にしろ、自分の腕が見る見る向上していくのは楽しくもあった。だからこそ、将来的にこのスキルを活かした職業に就けないかと本気で悩んでいた時期もあったのだ。
だが執事という職業が簡単に募集されているはずもなく、世の中は上手くいかないことばかりなんだなと達観した思いで諦めつつあった。
そんな矢先に、まさか絶好のチャンスが訪れるとは、願ったり叶ったりだった。ヨヨからの要求を一言で返事した理由も、そんな理由が多分に含まれている。
ちなみにクロウテイルの屋敷は【モリアート】と呼ばれる街の中で一番大きな屋敷である。ヨヨの父親が手がけている仕事は簡単に言えば情報屋である。その情報は幅広く、平民から貴族まで多くの者たちがクロウテイルの持つ情報を求めてやって来る。また情報を売り買いするだけでなく、希少な鉱石や魔法具などの商売などにも手がけている。高質な情報を得て、それを元に手に入れた素材を売ったりしているのだ。その実績は国にも認められ、父親は成り上がり貴族として馳せたのだ。
ソージが五歳になった日、母親であるカイナからは、かねてから頼んでいた魔法関係の本をプレゼントしてもらった。
当主の娘であるヨヨに負けず、あれから必死で読み書きを覚えた。屋敷の者は五歳なのにもう読み書きができるとはと驚愕していたが、ヨヨは「わたしの執事なのだから当然よ」と言っていた。その顔は誇らしそうに緩んでいたのを見て、ソージも何だか嬉しかった。
五歳になってからは、本格的に執事としての心構えや仕事などについても教わることになった。というよりも教えてほしいとソージから申し出たのだが。
そこで白羽の矢が立てられたのはバルムンクである。執事長のバルムンクに、時間が空けば屋敷のことやヨヨのことなどを教えてもらっていた。
ヨヨはほぼ毎日礼装して父親とどこかへ出かけていたので、ほとんど触れ合う機会は無かったが、たまに時間が空くと足を延ばしては、「しっかり勉強なさい」と発破をかけてくる。
彼女もまたまだ六歳なのに、父親とともにお偉いさんなどとの会食などの社交で、慌ただしい日々を過ごしていると聞いた。嫌な顔一つもせずに、毅然とした態度を保っている。
しかしソージの前だと、意外にも子供らしい一面しか見せなかったりするのだ。父親や、その仕事先の者たちの愚痴や、新しい遊びの発明などを話し笑顔を振りまいている姿は、コッチの方が本当のヨヨなのだろうと思わせた。
以前、ヨヨと二人で算術の勉強をしている時、つい高校生で習う計算式を使って答えを導き出してしまい、それを見たヨヨとソージの間にえもいわれぬ空気が流れた。それはそうだろう。いくら優秀なヨヨでも、さすがに見たことも聞いたこともない計算式を、自分よりも一つ下のソージが編み出したと思ったら変な空気にもなる。
どう言い訳をしようかと思い、自分の浅はかさを後悔していたが、ヨヨはクスリと笑って「いいわね、その方法もっと詳しく教えなさい」と何故自分がそんな計算式を知っているのか追求してはこなかった。不思議に思ったが、ソージとしてはまさか転生してきたんですとは言えずホッとしていた。
だがヨヨが勉強を終えた時に一言、「いつか……ね」と意味深な言葉を投げかけたので、意味が分からず「え?」と呆然としていると、「その顔傑作よソージ」と言って破顔していた。その笑顔が見惚れるほど可愛かったと思ったのはソージだけの秘密だ。
そんな日々を過ごしていたある日、そろそろ魔法を使ってみようと思い、一人で屋敷の裏庭に足を踏み入れていた。
魔法の本を読んだり、カイナやバルムンク、そしてヨヨにもいろいろ教えてもらっていたソージは、まずは基本である魔力を感じることから始めた。
まず魔力というのは、魔法を使うために使用する力であり、体内の《魔核》から魔力を抽出するらしいのだ。
ちょうど心臓と隣り合わせに存在しているらしく、地球人だったソージ的には内臓が一個増えているという感覚なのだろう。この世界では普通の事であるようだが。
ちなみに魔法を扱う者のことを魔法士と呼ぶ。魔法は強力な力であり、使える者は様々な面で優遇されたりするという。
目を閉じてソージは右胸に存在しているはずの《魔核》に意識を集中させる。しかし何も感じられなかった。
(ん~おかしいなぁ~本には書いてあるのに……)
まずは自分の中にある《魔核》の存在を意識して、そこから絞り出すように魔力を捻出すると書いてあった。
(……とにかくもう一度してみよう)
何度か試したが、やはり何も感じなかった。そこである考えに行き渡り顔を青ざめさせてしまう。
(ま、まさかオレには魔法の才能が無い……とか?)
実は中にはそもそも《魔核》自体を持たない人もいるとのこと。また持っていても機能不全の者もいる。もしかして自分がその枠に当て嵌まっているのではと思いショックを受ける。
(い、いやいや! まだ分からないじゃないか!)
それからソージは毎日瞑想を繰り返していた。しかし何の進歩も感じず徐々に諦めムードが漂っていた。いきなり魔法を使って皆を驚かせようとサプライズで訓練しているのだが、それももしかしたら徒労に終わるのかもしれないと思うと、悔しさよりも情けなさが込み上げてくる。
「どうかしらソージ? 魔法の訓練は上手くいってるの?」
ある日、ヨヨにそう尋ねられ、咄嗟に「何のことでしょうか?」と聞き返した。すると彼女は見透かしたように笑うと、
「隠れて訓練するなら、もっと上手くやりなさい。あなたが裏庭でこっそりと訓練しているのを、主のわたしが知らないと思って?」
「う……」
どうやらご主人様には筒抜けだったようだ。仕方無く進捗状況を話すと、
「……なるほど、自分には才能が無いと思っているわけね?」
「は、はい……」
落ち込むソージを見たヨヨは、フッと笑みを溢すと、
「安心なさいソージ」
「え?」
「あなたはわたしが選んだ男よ。自信を持ちなさい」
「お嬢様……」
「あなたには才能があるわ。きっともうすぐ……だから諦めずに前だけ向いてなさい」
これが本当に六歳児かと思うほどの衝撃。彼女の背後に後光が見えていた。まるで彼女にはこの先のことが見えているような気さえしてくる。ソージは息を飲むと、彼女の言う通り、もう少し踏ん張ってみようかと思った。
訓練を初めて数か月、ようやく身体に変化を感じた。瞑想して右胸に意識を集中させていると、じんわりと熱がこもるようになった。
そしてそれを毎日続けることで、火傷まではいかないが、かなりの熱さを感じるようになった。それからだ。熱さを感じている間、自分の体内で何かが暴れているような感覚が生まれる。
これを体内から解き放ったらどうなるのだろうと好奇心に突き動かされるが、若干の不安もある。
実は魔法というものは、人それぞれによって異なる。よくライトノベルにあるように属性などがあるわけではない。
風を操ったりする魔法を持つ者がいれば、動物と話せるだけの魔法しか使えない者だっている。似た魔法は幾つも存在するが、それでも本当に千差万別なのだ。
だからソージの魔法がどんなものかは実際に発現してみないと分からないのだ。それを調べる方法は、王宮などには存在するらしいが、ここには無いと聞いた。
だからソージは願っていた。
どうか、変な魔法だけは勘弁を!
そして実用性も全く見出せない魔法だけは止めてくれと願い、体内に暴れる何かに意識を集束させる。
その何かを自分の意思で動かせる感覚を掴むと、ゆっくりと右手の平に感覚を宿していく。その最中に、お腹がぐ~っとなった。
(……昨日のシチュー、まだ残ってるとか言ってたっけ?)
昨日食べたシチューの味を思い出して、後で食べさせてもらおうと思った。だがその時、突然それは出現した。
「…………え?」
右手の平に現れたのは――――――――――――――――――真っ白な炎だった。