第二十四話 ヨヨだけの執事
これで第一章は終わりました。
一つの船が青い海の上を悠々と渡っていた。そして船の先には大きな大陸がその存在感を示している。この東大陸【ドルキア】は数多くの大陸の中でも二番目に広大な土地を持つ。
大きく三等分され、それぞれに地方としての名前がついており、今船が向かっていたのはその中の一つである《アンジャクス地方》である。
「あそこが【ドルキア大陸】なんだね!」
船から見える光景に感動を覚えて目をキラキラさせているのは天川真雪である。
「そうだ、あそこに見える山場に停泊するぞ」
そう言って視界の端にある山場に指を差しているのはこの船----------海賊船の船長であるユーラである。
ひょんなことから真雪たちは海賊船の世話になることになったが、初めて船に乗ってから十日ばかりが過ぎていた。
勢いで乗り込んでしまった真雪とその親友である星守セイラだったが、義賊と自称する彼女たちと接するうちに、彼女たちの人となりを知って、すっかり仲良くなったのだ。
この世界に英傑として召喚された立場としては、この関係はいかがなものかとも思うが、仲良くなったものは仕方が無いと真雪は割り切った。
この十日ばかりの間で、彼女たちが無闇に他の船を襲ったり、魚などの魚介類を乱獲などもしなかったことで、彼女たちにも少なからず自分たちの正義があるのだと真雪は思った。
でもいくら人を殺したりしないといっても、真雪たちが乗っていた船を襲ったのも事実。それにも私的な理由があったのだが、極力そういうことは控えてほしいと真雪が言うと、ユーラはそれはできないと意志が固かった。
彼女にも譲れないものがあるようで、そこだけは分かり合うことができなかった。そうして船旅をしていたが、それも終わりに近づいてきた。
真雪の目的は目の前に見えている【ドルキア】だ。そこに着くと、それでユーラたちとはお別れだ。
ほんの少しの間だったが、気の良い彼女たちと別れることにもやはり寂しいものを感じる。あの山場に着けば、世話になった海賊船生活も終わりを告げる。
「あれ? でも何で港じゃないの?」
「マユキ、お前はバカなのか? アタシらは海賊だぞ? 大手を振って港なんかに行ってみろ、即座に警備船を呼ばれて面倒だろうが」
「あ……それもそうだね」
あまりに居心地が良かったものだから海賊船ということがすっかり抜けてしまっていた。
「停泊は三日……だな。それ以上は見つかる恐れがあるしな」
ユーラがそう言うと、海賊仲間であるレイスが小さく顎を引く。
「ああ、そこで食糧を調達して、そっからはまた冒険再開だな」
「ああ、野郎ども! 役割を分担して動けよ!」
ユーラが大声を張り上げると海賊たちは「アイアイサー!」と口を揃えて言う。
しばらくして目的地である山場に到着する。ユーラの子分たちは、船を停留させるために準備をしている。
そして真雪とセイラは、ユーラ、レイス、ガジの三人と対面していた。
「ユーラ、ここまで本当にありがとう!」
「ありがとうございました、ユーラさん」
真雪とセイラが笑顔を浮かべ言うと、ユーラは照れたように頭をボリボリとかきながら、
「礼なんていい」
「無愛想だな頭は。あ、もしかして寂しいとか?」
「なっ! そ、そんなことあるわけないだろうが!」
「そっかぁ? その割には昨日なんて俺に『なあ、アイツら、ホントに船を下りるつもりなのかな?』って悲しそうな顔で……」
「うわぁぁぁぁっ! レ、レイス、そ、そそそその口を切り刻んでやろうか?」
ユーラは顔を真っ赤にしながらレイスに詰め寄る。レイスはそれでも面白そうにニヤニヤしている。
「まあ、嬢ちゃんたちも、人探しなんて止めて、海賊にならねえか?」
レイスの冗談ともとれる誘いに真雪は首を横に振る。
「ごめん。申し出はとっても嬉しいんだけど、私たちにはどうしても会いたい人がいるんだ」
真雪とセイラは同時に顔を見合わせ微笑み合う。
「クハハ、やれやれ、こりゃ振られちまったな頭?」
「ああもう、お前いい加減にしやがれっ!」
レイスの襟首を持ってガシガシと揺らすがレイスはまるで答えていない様子。
「う~ん、でもさ二人とも、短い期間だったけど、俺らはおめえたちのこと仲間だと思ってるんよ。アイツらもさ」
ガジが言うと、他の海賊たちも「おお!」と答えている。
「ガジの言う通りだ。だからもしその探し人とやらが、嬢ちゃんたちを泣かすようなことがあったら、俺らがぶん殴ってやっからよ」
真雪はとても心が温かくなる想いを感じていた。彼らの言葉が、本当に自分たちのことを想ってのことだということが分かるからだ。
「ありがとうレイスさん、ガジさん、それに皆さん。そして…………ユーラ」
ユーラは顔をそっぽ向けたままだ。
「本当にありがとうね」
「ありがとうございます」
真雪とセイラは再び礼を言い頭を下げる。ユーラは決して顔は向けてくれなかったが、
「…………気をつけろよマユキ、セイラ」
そう言った彼女の尻尾が動きトン、トンと、真雪とセイラの双方の頬を優しく撫でた。
そして二人は岩場に下りると、最大の笑顔を作り叫ぶようにして真雪は言った。
「またねみんなぁっ!」
こうして真雪とセイラは、新たにできた仲間との別れと、新大陸への第一歩を踏み出した。
真雪とセイラは寂しくも喜びと感謝が残る別れを経験し、【ドルキア大陸】に乗り込むことができた。
「これからどうしますか真雪さん?」
「そうだね、まずは街を探して、そこで情報収拾かな」
「この大陸におられるといいんですけどね」
「うん、でもどこにいたって必ず探し出してみせるよ!」
真雪は意気込みを表すように拳を強く突き出す。
「頑張りましょう!」
二人は真っ直ぐ歩いていると、ふとセイラがクスリと笑い、気になった真雪が問いかけた。
「どうしたのセイラ?」
「ふふ、いえ、ユーラさんたちのことを考えてたのです。本当に楽しい方たちだったなと」
「そうだね~、海賊なのにね?」
「義賊ですから」
「あはは! また会えるかな! ううん、また会いたい!」
「はい。いつかまた。そう言えば、お礼の言葉だけで、あの方たちに何もお返しできませんでしたね」
「あ、それならちょっとだけ返してきたよ」
「え? そうなのですか?」
セイラの綺麗な碧眼が開かれる。
「うん、昨日の夜にね、感謝の気持ちに鍋に料理を作っておいたんだよ!」
「…………はい?」
真雪は前日にユーラたちに感謝の気持ちとして何かをしてあげたいと思い立ち、考えた結果、自分の得意料理を作り置きしておこうと思ったのだ。
「えぅ……あ、あの……真雪さん? た、確か真雪さんはキッチン立ち入り禁止でしたよね?」
そう、真雪が起こした『カレーが死ぬほど辛ぇ事件』のせいで、真雪は料理禁止を言い渡されていた。
「うん、何でだろうね。だからバレないように夜にこっそりね」
どう? 凄いでしょ? 的な感じで舌をペロリと出す真雪。そしてそれを見て顔を青ざめさせるセイラ。
「ち、ちなみに何を作られたのですか?」
「えっとね、肉まんだよ!」
「……ふ、普通に作られました?」
「もっちろんだよ! ちゃんと私の舌も唸るほどにしておいたから! 味見もバッチリ!」
ブイブイとピースサインをセイラに向ける。しかしセイラは知っている。真雪の味覚は常人のそれではなく、激しくぶっ壊れていることを。
セイラは無意識に手を合わせて、まるで神に祈るように小さく呟く。
「どうか皆さん、次会う時までにご無事で…………えぅ」
セイラの声が聞こえたかは分からない。ただ数時間後、どこかの岩場から「ほんげぇぇぇぇぇっ!」や「ぴぎゃぁぁぁぁぁっ!」などの痛々しい悲鳴が聞こえたとか聞こえなかったとか……。
真雪たちが【ドルキア】に入った頃、彼女の探し人であるソージは、執事としての務めを果たしていた。
ソージはヨヨがいつも使用している書斎の掃除をしていた時、ふと一冊の本が目に入る。それはかつてソージもお世話になったことがある魔法を使うための方法を書かれてある本だった。
「へぇ、懐かしいなぁ」
「なにがなつかしいんですソージ様?」
「おや、ニンテ?」
いつの間にか部屋に入って来ていたニンテが興味津々な様子で見上げてきていた。
「コレですよ」
「なんです?」
「オレが魔法を覚えるために使っていた本です。母に買ってもらったのですが、もう使わないからとここに保管していたの忘れていました」
本は手垢でそこら中に変色がされていた。所々も折れ曲がっていたり、ずいぶん読まれたのだと一目で分かる。
「へぇ~これをソージ様が?」
「ええ、穴が開くほど読んで勉強しましたよ。最初は全然魔法が使えなくて本当に困りました」
「ええっ!? ソージ様にもそんなことがあったんです?」
「そうよ、ニンテ」
そこへまたも来訪者。屋敷の当主であり、ソージの仕えるヨヨ・八継・クロウテイルだ。長い黄金の髪を揺らしながら歩に気品を感じさせながらソージの傍までやって来る。
「懐かしいわね。あの時のソージは、半べそをかいてたっけね」
「うわぁ~ソージ様かわいいですぅ~」
「ちょ、お、お嬢様! 半べそなんて……」
「あら? 自分には魔法の才能が無いのではと心底落ち込んでいたのはどこの誰だったかしら?」
「う……」
間違いなくソージのことだった。ヨヨはからかうような視線を向けると、
「ふふ、でもソージは諦めなかった。だから、今のあなたがあるのよ」
「お嬢様……」
二人は見つめ合い、時間が止まった感覚がソージを包む。そしてヨヨがソージの右手にそっと触れ両手で持ち上げる。
「あの時よね、この手が、あなたが私の命を守ってくれた」
それは初めてソージが『創炎』の魔法を生み出した時のことだ。
ヨヨは優しげに微笑む。その笑みはまるで女神のようだとソージは思い頬に熱がこもるのを感じる。そしてゆっくりとヨヨの視線がソージの瞳を射抜く。ドキッと心臓が跳ねる。
「ふふ、今更緊張しているの? おかしな子ね」
「……か、からかわないで下さいお嬢様」
「そうね、ニンテも先程から唖然としてるしね」
ヨヨの言う通り、二人のやり取りをじ~っと見つめていたニンテ。そしてとんでもないことをニンテが言い出した。
「な~んかお二人ってお似合いです! まるで恋人同士みたいですぅ!」
何て事を言うんだとソージは思った。身分も明らかに違うし、主従の関係で結ばれているのに、そんなことを言えばヨヨが気を悪くすると判断したソージは、慌てて取り消そうとヨヨの顔を見ると、
「……っ!?」
そこにはビックリするほど顔を紅潮させたヨヨがいた。何かを我慢するように下唇まで噛み締めている。……何故?
「え……お、お嬢様?」
「な、な、何かしら?」
取り繕うに言っているつもりなのだろうが、声が完全に上ずっている。そもそもこんなヨヨを見るのは初めてでソージもどう対応したらいいか戸惑う。
「あ、あの、ニンテはその、まだ子供であり、何というか見たまんまを正直に言ってしまうので、無邪気な失言ということでどうかご容赦を……」
何とかそう説明したら、今度はヨヨは顔を俯かせて、ほんのささやき声で、
「……ソージのバカ」
と言った。何故ここで自分が罵倒されたのだろうと不思議に思ったソージだが、とりあえず機嫌を直してもらおうと思い謝るのを忘れない。謝った後、呆れたように溜め息を溢すヨヨに、どうしてそんな態度をしているのかまるで分からなく、頭の中は混乱状態だった。
「……いいわ、その代わり何か美味しいものを作りなさい」
先程とはうって変わって涼しげなヨヨの表情に安堵を覚える。
「か、畏まりました。ニンテも、手伝って下さいね」
「はいです!」
ニンテは嬉しそうに部屋から出て行き、その後を追うようにソージが向かおうとした時、
「ねえソージ」
背後から声が届き、その声の持ち主であるヨヨに真正面を向ける。
「何でしょうか?」
しばらく見つめ合う形になったが、いつものように微笑を浮かべたヨヨが静かに口を開く。
「命令よ。いつまでも私を支えなさい。私の―――――――私だけの執事」
ようやくいつもの調子に戻ってきたヨヨに対し、ソージも負けじと笑みを浮かべて腰を曲げる。
「もちろんです。オレはヨヨお嬢様の執事ですから」