第二十話 透明魔法と自動人形
テスタロッサはフェムの命令で、休むことなく銃を連射し続けていて、ソージはなかなか近づくことができなかった。そんな状況の中、
「ねえ、聞こえてるかしらソージ・アルカーサ!」
フェムの声が教会中に響き渡る。
「アタシが何故アナタに目をつけたと思う?」
そんなの知るわけがない。
「どこでアナタを知ったと思う?」
興味も無い。
「教えてあげるわ!」
頼んでもいないのに語り始めた。
「アタシはね、二年前、【クーヘンバー】に居たのよ」
ソージは心の中で(二年前? 【クーヘンバー】?)と反芻していた。
「それなりに大きな街だけど、そこである事件が起きたわ。覚えてるでしょ? 何と言っても結果的に解決に導いたのはアナタなんですからね!」
彼女の言葉で思い出していた。確かに二年前、南大陸の【クーヘンバー】という街で奇妙な事件が勃発した。
それはすぐ近くにある【ラヴァッハ聖国】で造られ、輸送されてきた自動人形が【クーヘンバー】で暴走し始めたのだ。
「その自動人形を造ったのは免許も持ち得ていない素人だった。人形は魔力細工を施す、極めて技術力のいる作業を要するわ。それを中途半端に行えば、魔力回路が暴走して人形は制御不可能になるの」
その無免許の人物は、名誉を得るために、こっそり輸送車に自分の造った人形を潜り込ませ、時期を見て、出回った人形の持ち主が実は自分だったと公にしようとしていたという。
免許など無くとも立派な人形は造れると証明したかったらしいが、結局はその人物の未熟さが災厄を招いただけだった。
「その男が潜り込ませた人形は三体いたわ。アタシはその情報を得た国から、即座に人形を回収する任務を任されたのよ。けど一足遅く、暴走した人形はすでに街中で暴れ回っていた。そして、そこでその三体に囲まれてる一人の男を発見したのよ」
どうやら見られていたのかとソージは当時のことを思い出しながら肩を竦める。そう、あの時はヨヨが南大陸でしか売っていないという果実を食べてみたいと言葉を漏らしていたので、もうすぐヨヨの誕生日だったため、ソージは一人でその果実がある【ラヴァッハ聖国】まで行く途中だった。
そこで通り道である【クーヘンバー】に立ち寄った時、その事件に遭遇した。ハッキリ言って拙い造りの人形が三体暴れていた。
その一体が子供を傷つけようとしていたので、思わず蹴り飛ばしたのだが、どうやらその行動で一気に敵視されてしまったようだった。
「いくら不格好な人形でも、その三体は一応兵器型として造られており、暴走した力はかなり厄介だったわ。一体でも面倒なのにそれが三体。しかもアナタは武器も何も持たないで囲まれていた。仕方無く助けようと思ったら……ホントに驚いたわよ」
「…………」
「突然アナタの右手から出現した白い炎が、瞬く間に三体の人形を消したんだからね」
そう、あの時は急いでたこともあって、瞬殺したことを思い出した。
「その時、あなたはローブを着てたけど、三体を倒した後、頭を覆っているフードが取れて顔が見えたわ」
なるほど、その時顔を見られたということだ。注意はしていたが、完全にソージの落ち度だった。
「アタシはアナタの顔よりも、アナタの生み出した炎に見入ったわ。見たこともない白い炎。とても美しかった」
恍惚そうに頬を上気させるフェム。
「だからもう一度見てみたいと思い、アナタを追ったわ。だけど、このアタシが追いつけないほどの速さで走って行くアナタを見て、炎もそうだけどアナタ自身にも興味が湧いた。一体どんな男なのだろうと、必死で調べたわ」
フェムが片手を上げると、テスタロッサが撃つのを止める。
「そしてついに見つけた。こんな東にいるとは思わなかったわ。いいえ、それよりも何故アナタのような強者が執事などやっているのかが分からなかった」
ソージは身を潜ませていた椅子から立ち上がり姿を見せる。
「アナタの強さは執事に甘んじていいものじゃないわ! その強さはアタシが使ってこそ価値が光るの! だからアタシは、アナタを解放してあげたいのよ」
狂気じみた瞳を向けられソージは溜め息を溢す。
「やれやれ、どうやら勘違いをなさっておられるようですね」
「……?」
「私が執事をやらされていると思われているようですが、それは違います。私は私の意思で執事をやっているのです」
「フフフ、冗談はよしなさい。それほどの力があれば、もっと上だって目指せるはずよ? この世は強い者が権力を手にできるのだから」
「権力ですか……別にいりませんね」
「なっ!? ……何を言ってるの?」
フェムは信じられないといった面持ちだ。
「あなたには分からないかもしれませんが、私は今幸せなのですから邪魔をしないで頂きたいですね」
「……嘘よ」
「嘘ではありませんよ」
「嘘よっ! アナタほどの力があれば、すぐにでもここにいる女くらい蹴落とせるはずよ! それなのに、弱い人間に仕えて、毎日掃除洗濯家事! それが満足だと思う者がいるの!」
「ここに居ますよ?」
ソージは自分を指差す。その答えにフェムは言葉を失って固まっている。だが本当にソージはそう思っているのだ。前世からなりたかった執事になれ、男の子なら一度は憧れるファンタジーな世界で魔法を使ってみたいという体験も、今まさに実行中。
これで何が不満なのか……まあ、欲を言えば、もう少し母親がしっかりしてくれればと思うが。それを差し引いても、十分満足のいく異世界生活を送っている。
ソージの言葉を聞いて、ショックを受けたようによろめいているフェム。そんな彼女に横たわっているヨヨが口を開く。
「諦めなさい。ソージは私のものだし、ソージもそれを了承しているわ」
「黙りなさいっ! じゃ、弱小貴族のくせに王侯貴族のアタシに上から物を言うなっ!」
ナイフを握っている手に力を込めて震わせるフェム。ヨヨはそんな彼女を見て呆れたように息を吐くと目を閉じる。
「ソージ、ここの寝心地も慣れてきたけど、早く帰りたいわ。仕事も溜まっているしね」
「畏まりました、ヨヨお嬢様」
ソージは右手を目の前にいるテスタロッサに向けてかざすと、
「燃え焦がせ、赤炎」
その右手から紅蓮の炎が現れる。そして真っ直ぐテスタロッサに波のように襲い掛かる。
「赤っ!? そんな! 彼の炎は白じゃ!?」
フェムは驚愕の色に顔を染め上げ、テスタロッサはその炎に向けて銃を放つが焼石に水の如く、小さい穴が開くだけで勢いは緩まない。そして彼女はそのまま炎に飲み込まれる。
「テスタッ!」
壁ごと破壊した炎は部屋の温度を急激に上げていく。
「そんな、こ、これじゃ普通の炎魔法……」
「さて、次はあなた……っ!?」
ソージが意識をフェムに向けた瞬間、燃え盛っている炎の中から一つの影が飛び出してきた。そのまま真っ直ぐソージの方へ向かって来るが、右足のつま先に力を込め大地を蹴り背後へと移動する。
しかしその影、テスタロッサは素早く方向転換すると手に持った銃を向けてきた。距離はほとんど無い。このままでは身体に穴を虫食いのように空けられてしまう。しかし身体を回転させてその回転力を活かして地面を蹴って、今度はテスタロッサとの距離を潰す。
回避一辺倒の行動をすると思っていたのか、テスタロッサも微かに眉をひそめるが、ソージは彼女が両手に持っている銃に直接蹴りを加えて飛ばした。これで武器攻撃がなくなったかと思ったが、今度は彼女の手の平から鎖分銅が放たれてきた。
(!? ……やはりか)
その鎖分銅が左腕に絡みつく。力比べが続くが、相手の膂力の方が大きいようで、ソージがかなりの力で引っ張っているというのに相手は涼しい顔だ。まあ、人形だからかもしれないが。
テスタロッサの目が鋭く細められ、鎖から彼女の異常な力が伝わってくる。グイッと引っ張られるが、そのまま逆らわずに彼女の頭上目掛けて跳ぶ。グルリと身体を一回転させると、見事に着地を決める。しかしテスタロッサが再び空いている左手の手の平を向けてくる。
何をしてくるのかと警戒していると、ガチャガチャと手の平の中心から銃口のような筒が伸び出てきた。
(……っ! いろいろやってくれる)
ソージはこのままだと蜂の巣にされると思いもう一度先程放った赤い炎を彼女に放つ。しかし彼女には効果がほとんど無いことは分かっている。狙いは少しでも彼女の視界を塞ぎ、鎖を緩めること。狙い通り炎が彼女に襲い掛かった瞬間、少し鎖から力が弱まる。その一瞬を利用して、自分の腕から鎖分銅を外した。
刹那、炎の中からテスタロッサが物凄い勢いで突進してきた。ソージはまた彼女を飛び越えるようにジャンプする。しかし着地する瞬間、彼女が地面に落ちた銃を拾う光景が視界に入った。
(まずい!)
咄嗟にそう思ったが、彼女の動きの方が速く、銃はすでに構えられ、このままだと地面に到着する前に攻撃を受けてしまうと判断した。だからこそ、ソージは次なる炎を創り出すことを決めた。
「……想いを像れ、橙炎」
左手を素早く前方に向けると、そこから瞬時にして橙色の壁が出現する。
「今度はオレンジ色っ!?」
フェムは更に愕然としている。それはそうだろう。彼女はソージが使用するのは白い炎だけと思っていたのだから。しかしソージは複数の炎を操れると理解したフェムはまた笑う。
「フフフフフフフ! 凄いわ! ホントに凄い! アナタがアタシのものになれば怖いものは何も無いわ! テスタ、こちらへ来なさい!」
フェムに呼ばれたテスタロッサは、ソージが生み出した壁を警戒しながらもフェムのもとへと向かった。
ソージは壁から顔を出して相手の姿をゆっくりと確認する。テスタロッサは炎に包まれていたため、服がボロボロだ。しかし気になることがあった。
それはあれほどの業火に包まれたのに、燃えたのは服だけということだ。手や足、顔、髪などほとんど変化が見られない。火傷が見当たらないのだ。
「ずいぶん、頑丈なお身体をなさっておられるのですね」
ソージが答えてくれるか分からないが、質問ともとれる言葉を発する。するとそれに答えたのはヨヨだ。
「気をつけなさい。この女性は…………自動人形よ」
「……やはりそうでしたか」
そこで全てに答えを出せた。確かに自動人形は人に似せているが、材質は無論人肉というわけではない。特に兵器型の身体は、戦闘で簡単に傷つかないように頑丈な素材でできている。恐らく彼女もそうなのだろう。
戦場では炎に出会うことも少なくは無いだろう。だからこそ耐熱などの処理が施されてあっても不思議ではない。
しかしああも見事に無傷ということは、
(かなり精巧度の高い人形のようだな)
ソージが今まで出会った人形程度なら先程の炎でも十分行動不能にできたはず。それが無傷だということは、彼女が別格の存在だということだ。
「驚いたかしら? そうよ、この子は自動人形よ。アタシの優秀な手駒」
フェムが自慢げに胸を張っている。
「でも、一つ聞きたいことがあるの」
フェムは視線をソージではなく、ヨヨに向けた。
「どうしてこの子が自動人形だと分かったの? そんな素振りは一切見せなかったつもりだけど?」
確かにテスタロッサの見た目は、少し取っつきにくそうな物静かな女性ってところだ。動きも人と同じように滑らかだし、人形だと言われてもそちらの方が信用できないほどだ。
「あら、あまり私を甘く見ないことね。こう見えても人を見る目はあるわ」
「……ならアンタは見ただけで見抜いたって言うの?」
「ええ、人形師ならどれだけ見た目を人と似せても完全に似せられない部分があるのを知っているでしょ?」
「…………」
「それは…………瞳よ。どれだけ感情を造り上げようが、生きているように見せようが、瞳を見れば、その輝きを見れば人かそうでないかは判断できるわ」
ヨヨの解答にその場は静寂が包む。
(まあ、お嬢様の見抜く目は別格だけどな)
ヨヨは観察力、洞察力、視力、ともにずば抜けている。その上、幼い頃から父親とともに多くの人と接してきたことで培われた眼力もあるのだ。さらにそれに加え、彼女の魔法にも起因する領分にも入る。
「……アンタ……ホントにただの貴族……?」
「あら? 弱小貴族と言ったのはどこの誰だったかしら?」
不敵に笑うヨヨは、まるで自由を拘束されて今にも殺される立場にあるとは思えない態度だった。
「それにソージだって、私に言われるまでもなく感づいてはいたでしょ?」
「ええ」
ソージは懐から一枚の紙を出す。
「そ、それって……」
「はい。あなたがお出しになられた脅迫状ですね。ずいぶん綺麗な字で書かれてありますが、これを書かれたのはそちらの自動人形さんのようですね」
「な、何でそんなこと分かるのよ!」
「いえいえ、残念ながら私には分かるのです。そしてこの脅迫状を作成している時、あなたは彼女のことを『さすがはアタシの自動人形ね』と仰っておられますよ」
「だ、だから何でそんなことが……」
そう、ここに来る間、記憶を探る青炎を使って脅迫状が見た映像をソージは確認していた。その時に、ちょうどこの脅迫状をテスタロッサが作成している映像が映し出されたが、フェムが紙に書かれた字を見て『うん、美しい字だわ。さすがはアタシの自動人形ね。万能とはこのことを言うのかしら』と言って笑っていたのだ。
「あまりソージを舐めないことね。彼は私の執事なのよ」
ヨヨの物言いにフェムは彼女を忌々しそうに睨み付ける。しばらく二人は睨み合っていると、フェムが先に視線を切る。
「テスタ、もう終わらせるわよ。さっさとソージ・アルカーサを連れ帰るわ」
「……理解しました」
ソージも、突然雰囲気が変わったフェムの様子に警戒度を高める。するとフェムをテスタロッサが抱えた。すると徐々に二人の身体が消失していく。
(これは……っ!?)
完全にこの教会から消え失せた二人を探すために視線を動かす。
(透明魔法……? なるほど、厄介だな)
気配すらも全く感じない。恐らくフェムの魔法であり、彼女が触れた者も一緒に魔法効果を与えることができるようだが、これはハッキリ言って反則気味だった。
するとバキィッと突然頬に衝撃とともに激痛が走る。椅子を破壊しながら転倒するソージは、すぐさま起き上がり周囲を確認するが、何も知らなければソージが一人で吹き飛んだだけに見えるだろう。
しかし間違いなく今のは、姿を消したテスタロッサによる攻撃だろう。
「どう? 降参した方が良いと思うわよ?」
教会にフェムの声が反響する。
(ふぅ、いやはや、この能力は暗殺や潜入などにもってこいだな)
この魔法があれば音もなく相手に近づき事を成すことができる。それこそ殺すことも、ヨヨのように誘拐することもだ。
「フフフフフ! どうクロウテイル! アタシとテスタが本気を出せばいつでもどこでもアンタの大切な者を殺すこともできるわ! そこで見ておきなさい! 大切な執事が奪われるところをね!」
フェムはまるで勝利を確信しているかのような声音だ。しかし次に教会に響いたのは、いつも通り動揺を一切感じさせないヨヨの声だった。
「ソージ、早く帰らないと夕ご飯が遅くなるわ」
「なっ!?」
全く恐怖の欠片も感じていないヨヨの言動にフェムの吃驚が轟く。そしてソージはパンパンと服を叩きながら立ち上がり、
「そうですね、早く帰ってニンテを安心させてあげましょう。すごく不安がっていましたから」
「あら、それは急がなくてはね」
「ええ」
瞬間、ソージは冷笑を浮かべると、ソージの右手から白い炎が溢れ出てきた。
「アレはッ!?」
少し感動めいたフェムの声が聞こえる。
「さて……」
白い炎はソージの上空に浮遊し始め、次のソージの一言が戦慄を生む。
「オレとお嬢様以外、喰らい尽くせ、白炎」
それは瞬きすれば見逃すほどの一瞬だった。白炎はまるで大口を開けたような形態に変化したと思ったら、風のような動きで―――――――――――文字通り、ソージとヨヨ以外の全てを消滅させていった。




