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創炎のヒストリア ~転生執事の日常~  作者: 十本スイ
第一章 転生執事編
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第二話 ヨヨとの邂逅

 どうやら朝倉想二は赤ん坊になってしまったようだ。



 うん、その見解は間違いないだろう。この歳? になって母乳を飲むという恥ずかし体験をしてから数日。ようやく想二は自分の身に何が起こったのか理解していた。



 だが何故このような事態に陥ったのか、もう一度、こうなる前のことを思い出してみた。朝起きて弁当を作って家族の食事も作った後、学園に向かった。

 そして午後まで平穏と過ごして、弁当を屋上で食べようと思い階段を上がっている時、見知らぬ女生徒が壊れたフェンスのせいで外に身が投げ出されてしまい、それを身を庇って助けた結果…………こうなった。



 夢だ夢だと言い聞かせても、時間はゆっくり進み、いつまで経っても元の世界に戻ることは無かった。

 何よりも食事や排泄などを他人の手にかかってされるという恥辱を受け続け、ようやく現実を受け入れることにした。



 そう、朝倉想二は、あそこで死に、ここで生まれ変わったのだ。



 簡単に言えばそういうことだ。ならジタバタしても仕方が無い。元の世界にも未練はあるが、死んでしまった以上、考えても何が変わるわけでもない。

 ならばせっかく生まれ変わった命を全うする方が建設的である。ただ一つ思うことがあるなら、家族や真雪に謝りたいということと、自分が庇った女生徒が無事ならいいと願うことだった。



 そんなことを考えたところで、自己満足で終わる気がしたので、もう考えるのは止めた。生まれ変わりには驚いたが、新しい命を生きることを決めた。しかしそう決めたが、どうやらこの世界はもっと驚くべき事実があるようだった。

 何故ならこの前、母親であろう赤髪の女性が、部屋の壁に現れたゴキブリのような昆虫を見た瞬間、耳が割れるほどの叫び声を上げて、その虫を殺したのだ。



 ただ殺しただけなら何も言わない。想二、いや、どうやらこの世界ではソージのようだからそう呼ぶ。そのソージでもゴキブリくらい殺した経験はある。



 しかしその殺し方が焼殺だとしたらどうだろう?



 何を言っているのか分からないと思うが、突然母親が片手を虫に向けた瞬間、その手の平から火の玉が出現し、僅か三センチほどの虫とともに壁が焼失したのだ。

 その時の衝撃は突然目の前に痴女が現れた以上のものがあった。



 どうやらこの世界は魔法というファンタジーに包まれた世界のようだった。



 それからというもの、ソージはワクワクが止まらないものを感じていた。簡単に言えば、早く自分も魔法を使いたいのだ。

 しかし魔法の使い方、この世界の知識の何もかもを知らないソージにとっては今の状態では使うことができない。



 何度か赤ん坊なりに息を止めて踏ん張ったり、「ちゃあ!」と気合を入れて叫んでみたりしたが、虚しい結果を得ただけだった。

 やはり自分の足で歩けるようになるまで成長するのを待つしかなさそうだった。なまじしっかりした意識があるので、何とももどかしい時間を過ごすことになった。










 二歳になると、言葉もある程度話せるようになっていた。

 ソージ・アルカーサ。それがソージの名前だった。母親カイナと同じ赤髪だった。コスプレみたいだなと思ったソージだったが、案外似合っているかもと思ったのはソージだけの秘密だ。



 顔立ちはどことなく前の想二と似通っているものがあった。中性的な顔立ちは受け継がれている感じだった。欲を言えばもっとイケメンで男らしい顔が良かったが。

 それでも十六年付き合っていたあの顔と同じような作りなので、やはり愛着が一番かなと思って納得した。



 三歳になると、まずこの世界の知識がほしいと強く思い、カイナからいろんなことを尋ねて答えを得た。

 無論あまり突拍子もないことを言うと、明らかに子供らしくなく不自然に思われるので、子供が聞いても不思議ではない程度の質問ばかり連ねた。



 その結果、まずカイナの職業がメイドであることが分かった。父親はいないとのこと。聞いた時に「う~ん、どこ行ったんだろうね~」とはぐらかすようなことを言ったので、敢えて追及はしなかった。



 そしてカイナの仕事現場である大きな屋敷。そこにソージも一緒に住んでいる。何でもカイナはメイド長らしく、結構自由な発言や行動を許可されているようだ。

 他のメイドたちからも信頼が厚く、頼られる女性として働いている。今はソージの子育てで、仕事を減らしているようだが、メイドからは普段は働き過ぎと言われるほど働いているようなので、逆にメイドたちはホッとしているようだ。



 本人は「あらそう?」と皆にいい、言葉に甘えて暇をもらってはいるのだが、「こんなにのんびりするのも久しぶり~癖になりそ~」と満喫しているようだった。本当に癖にならなければいいがと若干不安も覚えた。後にこの不安が現実になって頭を抱えるようになるのだが、この時のソージには知る由もなかった。



 この世界は【オーブ】と呼ばれていて、先にも言った通り、普通に魔法が存在する世界のようだ。

 カイナから、大きくなったらソージにも魔法を覚えてもらうと言われている。どうせなら今から覚えたいのだが、無理を言って怪しまれても嫌なので、他の方法を考えることにした。



 ソージがある日、大きな庭でカイナと日向ぼっこをしていると、そこへ同じくらいの女の子を連れた初老の男性が現れた。

 初老の男性の方は屋敷の中で何度か見かけたことがある顔だった。しかし女の子の方は初めて見る子である。



 カイナはすぐさま立ち上がり頭を下げていたので、相手はとても偉い人なのだということを理解できた。もしかして男性はこの屋敷の主なのではと推測した。

 しかしその推測は若干外れる。男性の方は、屋敷に仕えている執事長のバルムンク・ディザートで通称バルさんと呼ばれている。確かによくよく見れば、燕尾服を着用している。



 そして女の子の方は、屋敷の主人の娘であるヨヨ・八継(やつぎ)・クロウテイルと言った。



 そこで一つ疑問に思ったこと。何故『八継』という漢字が使われているのか。それはこの世界には【日ノ国(ひのくに)】という文化や習慣が非常に日本に似た国があるようで、ヨヨの母親は、その【日ノ国】の出身だということ。だから名前に漢字が入っているのだ。



 その話を聞いた時、物凄く行ってみたい衝動にかられたのは元日本男児として当然だろう。



 彼女たちの紹介を聞いて、ソージは自己紹介で下手をうたないようにしなければならないと決意する。ここで無礼なことをしてしまえば、メイド長であるカイナの面目を汚してしまうことにも繋がるからだ。

 ピンと背筋を伸ばして、行儀良くすることを意識して腰を曲げた。



「は、はじめまして! ぼ、わ、わたしはソージ・アルカーサともうしましゅ!」



 くそ! 最後の最後で失敗した! 



 しかししっかり頭を下げたし、礼を欠くようなことはしてはいないと思い、顔をゆっくり上げてヨヨを見ると、



「…………」



 じ~っと穴が開くほど見られていた。やはり何か気に障るようなことでもしてしまったのかと焦りを覚える。



 何でもヨヨは一つ上の四歳だが、すでに言葉も明朗に話し、魔法も(たしな)むエリートなのだそうだ。綺麗な金色の髪に、吸い込まれるような真っ黒な瞳を宿していた。

 金髪に黒目は珍しい組み合わせだなと思いつつも、四歳児なのに眼力は大人なみに育っていると感じた。



 そんな彼女の機嫌を、先程の挨拶で損ねてしまったのかと背中に冷や汗を流してしまうが、



「……バル、このこがわたしの?」

「左様でございます」

「ふぅん」



 ヨヨが観察するようにソージの全身をくまなく見つめている。そして何を思ったのか、ヨヨは近づいて来てサッと額に触れてきた。何だか分からずつい身体を石のように固めてしまった。



「うん、さすがカイナのこどもね。このこがわたしの……なるのね」



 今の言葉は何だろうか? この子がわたしの? 最後の部分が聞き取れなかったが、明らかに彼女の意識は間違いなくソージを指していた。

 どういうことか分からず、助けを求めるようにカイナに顔を向ける。すると何故か親指を立ててグッジョブサインを出していた。



(意味が分からんっ!?)



 母親の仕草を見て、何か自分が良いことでもしたのかと思い首を傾けるソージ。すると突然手に温もりが伝わる。見るとヨヨが手を繋いでいたのだ。



「いくわよ、ついてきなさい」

「……へ?」



 腕を引かれ抵抗する間もなくどこかへと連れて行かれる。その後ろからはバルムンクがついてきているが、カイナは……



(もうグッジョブはいいって!)



 いまだ同じ姿勢を保っていた。何だか少し腹が立った。



 しかしここで力任せに腕を振ったとしても、確実に機嫌を損ねさせてしまうだろう。相手は屋敷の主の娘、丁重に振る舞わなければならない。嫌われたら終わりだ。

 前世から数えて十八年の経験を総動員して、どうすればヨヨに気に入られることができるか考察した。



 そうして考えながら歩いていると、ふとヨヨの歩が止まる。



「みなさい」

「へ?」



 言われた通り、彼女の指し示すところに顔を向けると、大きな屋敷が視界いっぱいに広がっている。



「もうすぐこれが全てわたしのものになるわ」



 何を言っているんだろうとソージは理解に苦しんだ。この屋敷は現当主である彼女の父親のもののはずだ。しかし彼女は続ける。



「パパはママをおってヒノクニへいくの」

「……とうしゅさまがでていかれるんでしゅか?」



 くそが! また噛んだ! しっかりしろオレ!



 思わず恥ずかしくなって耳を赤くするソージだが、ヨヨは全く気にしていない様子で、ただただ四歳児には分不相応な笑みを浮かべて、



「そうよ。わたしがトウシュになるの。だから……」



 ヨヨが真っ直ぐソージの目を見つめてくる。



「わたしだけのシツジになりなさい、ソージ。ちからを……貸して」



 どうしてだろうか、その時、身体の中に電流が走ったような感覚を覚えた。不遜な態度を醸し出す彼女のその姿に、とても心が震えた。

 そして彼女の目の奥に潜む寂しさにも気づき、その寂しさを埋めて上げたいという思いも湧いた。彼女の小さな身体もどこか震えているようだった。



 だからソージは、その時、無意識の中で頭を下げてこう呟いていた。



「かしこまりました、ヨヨおじょうさま」




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