第百六十八話 一年半後
―――――――――――――――――一年半後。
世界からは皇帝の意に反する逆賊である《金滅賊》という集団は消失していた。民たちは暴虐の限りを尽くす存在がいなくなったことで大いに喜びを得た。
各地では《混沌一族》の噂がまるでヒーローのように広まっていた。しかしながら民の考えはすぐに覆されることとなる。
その始まりは【ラヴァッハ聖国】の聖王リードックが何者かに暗殺されたことがきっかけだった。最初は《金滅賊》の生き残りが起こした事件だと推察されたが、警備が厳重である城の中においそれと入ることなどできないはずであり、その考えは唾棄された。
そして次に推測されたのはネオスという天才人形師のことだ。彼の異常な気質を知っている多くの者は賛同する。
ネオスを本格的に指名手配をしてその消息を追うことになった。【ラヴァッハ聖国】の者たちがこぞって彼を追っている間、他の国でも同様のことが起き始める。
国、街、村、そこに存在する立場が上の者や純粋に強い力を持っている者が次々と暗殺されていく。しかもその殺された方はリードックの時と同様だった。
当初、これもネオスの仕業だとされていたが、その殺された方が《金滅賊》の殺され方と類似していたことで各国のトップたちは困惑する。
浮き上がってきた事実。これらの仕業は、鳴りをひそめている《鬼》の仕業だと考える者が増え始めた。だがその尻尾を掴むことができずに、まるで影のように動き人が殺されていく。
皇帝の耳にもその情報は届き、再び《鬼》が動き出したとされ警戒態勢が敷かれることとなる。《鬼》が最終的に狙うのは間違いなく皇帝であることは分かっているので、皇帝の直近である《五臣》は常に三人以上が皇帝の傍にいることにした。
皇帝は《鬼》が動かなくなったことで先延ばしになっていた【英霊器】集結を確実に行うために各大陸へ触れを出した。
そこで勅命を受けた【英霊器】たちが【オウゴン大陸】の《皇宮》へ集まった。そこで最近起こっている事件が《鬼》仕業だということを教え、今後の対策について話した。
だがその最中、不気味な影が、深い海の底で蠢いていた。
目視できた者は愕然とした。何故なら海から巨大な島が浮き上がってきたと思ったら、そのまま空へと昇っていくのだから。
ちょうど【南大陸・ダダネオ大陸】の西側。突如として浮かび上がった島―――――それは間違いなく一年半ほど前に姿を消したはずの【鬼灯島】だった。
そしてゆっくりと空を進み、その進行先には【オウゴン大陸】がある。大陸の遥か上空に姿を現した【鬼灯島】。その島から九つの影が跳び下りた。
皇帝を守る《裁軍》は無論、上空からの侵入者に対して攻撃を開始する。無数の矢が射られ、島に向かって侵入者を拒むがごとく殲滅を始める。
しかし地上からの攻撃を九つの影の一つが下方部分に巨大な膜を作り上げ、それが盾の役割をして攻撃を弾き飛ばしていく。
その場に【英霊器】や《五臣》の一人であるグロウズ・G・ソーズマンが駆けつける。ちょうど《皇宮》の大庭と呼ばれる広場に降り立つ九つの存在。
全員が虎柄の衣を着用していることから、間違いなく相手が《混沌一族》だと判断。
「お前たちは……!」
代表してグロウズが険しい表情で問いかける。
するとその中で中央に立つ一人の人物が静かに口を開いた。
「我が名は《九鬼衆》が一人―――――阿弥夜。今、この時をもってこの世界を貰い受ける」
同時に弾かれるように残りの八人が周囲を取り囲んでいる《裁軍》に襲い掛かる。
「【英霊器】たちよ! 奴らを仕留めるぞっ!」
グロウズの言葉で、その場に集まっている【英霊器】たちが頷きを返して《鬼》一人に対して【英霊器】一人が対峙する。
「ほう、かつての再現だな」
阿弥夜が懐かしげに言葉を吐くと、その前に袴姿の女性が立つ。
「違うわよ。かつての十傑たちは、あなたたちを封印することしかできなかったけど、今回は……潰すわ」
そう言い放つのは【日ノ国】の姫であるヨヨの実母の希姫である。不敵に笑みを浮かべて楽しそうに目を光らせている。
「……その気迫、そうか、お前が《猛る姫》だな?」
「知られてて光栄ね。あなたが《九鬼衆》のリーダーってとこだけど、まさか空から現れるとは思ってなかったわね」
「フッ、お前らが集まるのを待っていたのだ。こうして一気に殲滅できる機会を窺ってな」
「へぇ、つまり私よりあなたたちの方が強いってことかしら?」
「そう聞こえなかったか? 存外理解力に乏しいのだな《猛る姫》よ」
「面白いことを言うわね」
空気が一瞬で張りつめ迂闊に動けないと思わされるような空間が生まれる。周囲にいる《裁軍》も二人の睨み合いにゴクリと喉を鳴らしている。
そして他の【英霊器】と《鬼》たちも互いに距離を取りつつ睨みを利かせている。その中にはソージの幼馴染である真雪と、その親友のセイラの姿も見える。
かつて十傑と相対した《混沌一族》との戦いが、時を越えて再び甦ることになった。
その頃、報せを聞いたヨヨはすでに【サフィール国】の魔王ノウェムとともに彼女が繰るドラゴンの背に乗って《皇宮》へと向かっていた。
「ところでヨヨ、ソージはまだなのか?」
「はい、まだ修業の最終段階が終わっていないと報せがありました」
「まったく、この緊急事態にまだ修業が終わっとらんとは……」
「プッコロからは何か?」
「いいや、奴は今ソージが修業を終わるのをただ待っているとだけじゃ」
「そうですか。なら先に向かいましょう! マユキたちも戦っているはずです!」
「うむ、《鬼》に世界を渡すわけにはいかん!」
「まずはこのまま皇帝がおられる《金子の間》へと向かいましょう。訪問の許可はすでにグロウズ殿を通してもらってありますので」
「よし! 飛ばすからしっかり捕まっておれよ!」
「はい!」
二人は大空を突き進み《皇宮》へと急いだ。
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