第百六十一話 ゴミ屋敷の中の少女
フェムがテスタロッサとともに城の敷地内にある儀式の塔と呼ばれる場所に到着して、その中に入った時、フェムがムッとする鼻をつくニオイに顔をしかめる。
「な、何なのこのニオイ?」
「…………強烈」
「そうよね……何か汗とかゴミとかいろんなもんが混じってない?」
儀式の塔には螺旋階段があり、用事があるのは地下室である。そして地下に向かう度にニオイはさらに強くなっていく。
強くなるニオイに顔をしかめながらフェムは一つの扉へと辿り着いた。
「明らかにニオイの原因ってこの中よね? 何か行きたくなくなってきたんだけど……」
「…………同意」
この扉は開けてはいけないパンドラの箱のように思えてくる異質な雰囲気を漂わせる。しかしここで引き下がれば、ブラッシュとの約束も無効になってしまい、品評会に参加することができなくなってしまう。
それだけは決して妥協できないと思ったフェムは鼻を抓みながらもトントンとノックをする。しかし中からは返事は聞こえない。
フェムとテスタロッサは互いに顔を見合わせながら、もう一度ノックをして返事を待つ。やはりない。
「入ってもいいかしら?」
今度は声をかけてみる。だがそれでも反応なし。今度はさらに大きめの声で入室の許可を求める。するとようやく怠そうな声が聞こえてきた。
「だ~れぇ~?」
間延びしたような女性の声がフェムの耳に入る。
「入るわよ」
そう言いながらそっと扉を開けた瞬間、隙間からムオゥッと吐き気を誘うようなニオイが鼻腔を攻撃してくる。
軽く鼻を抓んでいたので、さらにシャットダウンするために強く抓み直す。ギィーッと扉を全開して中の光景を見たフェムは息を呑んだ。
入口だというのにまるで侵入を拒むかのように山のように積み込まれたゴミ袋。その先には足の踏み場もなさそうな散らかり具合。本やら服やらゴミやらがそこかしこに置かれている。
「な、何なの……?」
思わず呟いてしまうほど室内の汚さに愕然とする。こんなところに人間が住めるものなのだろうかと思えるほどの異臭が蔓延している。
すると部屋の奥に敷かれてある布団の上にぐで~っと寝そべりながらピコピコと手の中で小さな機械を一心不乱に操作している少女がいた。
「え、えっと……ちょ、ちょっといいかしら?」
「…………」
「ね、ねえ聞いてる?」
「…………」
「無視しないでよねっ!」
「んあ~?」
ようやくフェムに気づいた少女は面倒そうに頭を傾けてフェムを視界に捉える。
「あ、そこのゴミ袋、持ってっていいよ~」
「はあ? ゴ、ゴミ袋ぉ?」
フェムにとっては何が何だか分からなかった。何故いきなりゴミ袋を渡そうとするのか理解ができない。戸惑っているフェムを不思議に思ったのか、少女はパチクリと目を動かす。
「あれぇ? 掃除しにきた人じゃないのぉ?」
「違うわよっ! アタシはアナタ個人に用があってきたの!」
「あたしに用事? ん~めんど~だからパ~ス」
そう言うと、また機械に意識を集中しだした。
「め、面倒って……あ、あのね、アナタ信じられないけど一応【英霊器】なんでしょ?」
「ん~」
「というかアナタ一応女よね? そんなボサボサな頭にヨレヨレの服。それにこの部屋……ちょっとは身だしなみを整えたらどうなのよ?」
「ん~あ、レベル上がった」
「ちょっと聞いてるの!? というかアナタさっきから何してるのよ!」
少しもフェムの話を聞いておらず、機械に集中している彼女に怒鳴ると、彼女は目だけをフェムへと動かす。
「……携帯ゲームだけど?」
「け、携帯ゲーム? な、何それ?」
「この世界にはない玩具だねぇ」
「そ、そうなの? それってどういうの?」
フェムもこの世界にないと聞いて少し興味が湧く。そしてフェムが興味を持ったことに興味を持ったのか、少女はゆっくりと上半身を起こすと、立ち上がって入口へと歩いてくる。
そして入口に積まれているゴミ袋を無造作にかき分けると、
「入って~」
それだけ言うと、また彼女は布団の上へと戻っていく。
「えっと……」
この中に入るの? 的な感じでフェムは困惑顔を浮かべる。確かに入室許可をもらったのは喜ぶべきことだが、乙女としてこの中に入るのは心が拒否するのだ。
しかしせっかくの機会を断ると、機嫌を悪くさせてしまうかもしれないと考えると……
(はぁ……しょうがないわね)
覚悟を決めて、ゴミ屋敷の中へと足を踏み入れていく。その後にテスタロッサもついていく。
「ど、どこに座ったらいいのかしら?」
「あ~まあ、適当にでいいよぉ。ほらほら、こうやってスペースつくってさぁ」
バシバシと足で物を蹴飛ばして無理矢理空間を作成していく。適当過ぎる。正直に言ってこの部屋に腰を落ち着かせるのは嫌だが、諦めて正座をする。
そして再び機械を操作しだした彼女を観察する。
伸びに伸びきった黒髪が顔を覆い、上下同じ赤色のジャージを着込んでいる。その服には食べ物であろうシミや食べかすなどがついている。
ボサボサの黒髪は何日も洗っていないのか、ベトベト感が一目で分かる。これが女性だというのだからフェムは呆れてものが言えなくなってしまう。
「あ、あの……」
「あ、コレが何か知りたかったんだよねぇ」
「え? あ、そ、そうだけど……」
彼女が携帯ゲームを見せつけてくる。
「で、でもまずは自己紹介をさせてもらうわ。アタシはフェム・D・ドレスオージェよ。この国の王国貴族の一人」
「ん~そっかぁ、偉いさんってことだねぇ。すっげえすっげぇ」
少しも凄いと感じていない物言いで喋るので、フェムは頬を引き攣らせてしまう。
「こ、こっちは私が作った《自動人形》のテスタロッサよ」
するとその時、ピクリと眉を動かした少女。その黒髪の隙間からジッとテスタロッサを観察している。
「ふ~ん、《兵器型の第四造形》だねぇ」
「っ!? ア、アナタ一目見ただけで分かるの!?」
これは驚愕すべきことだった。《兵器型自動人形》には初期から数えて、そのタイプが五つある。それぞれのタイプには、それぞれ特化事項が違い、身体能力に特化した《第一造形》やスピード重視の《第二造形》など各特性が違うのである。
それは見た目だけでは普通は分からない。それこそ人形師や造形師でもないと判断はつかないはずだ。だがそれを一目見て見ぬいたことが信じられなかった。
「分かるよぉ。だって《第四》と《第五》の原案出したのボクだしぃ~」
「あ、そうだったの。それなら分かっても……ってええぇぇぇぇぇっ!?」
「…………驚愕事実」
テスタロッサも無表情の顔を驚きに変えていた。
「ま、まさかアナタ…………アナタがあの天才造形師・Mだったの?」
「そうだよぉ。まあ、今は仕事なんかめんどーだからニート人生豪遊してるけどぉ」
何とも衝撃的事実が発覚してしまった瞬間だった。




