第百六十話 フェム動く
「何でよっ! 何で品評会に参加したらダメなのっ!?」
ドレスオージェの屋敷で怒気混じりの声を張り上げているのはフェム・D・ドレスオージェである。彼女はその大きな目を吊り上げて、目の前にいる父親のブラッシュを睨みつけている。
「そうは言っても、先程も言ったが、これは聖王様のご意志でもあるのだ」
「それは聖王様ご自身のお考えでしょ! 別に中止するわけじゃないんだから、アタシが参加してもいいじゃない!」
「お前だって今の情勢は理解しているだろう? 《金滅賊》が何者かに次々と殺されていっているのを」
「それが何よ?」
「その何者かは多くの人が集まっているところを襲う可能性が高い。つまり大会を狙ってくるかもしれないのだ」
「何でよ? それって《金滅賊》を狙ってるんでしょ? 今まで国や街が襲われたって話は聞かないわよ?」
「確かにな。だが今後はどうなるかは分からん。だからこそ、聖王様は参加を止められたのだ」
「…………でも大会は中止にならないんでしょ?」
「【シューニッヒ王国】も現状を理解しているし、もしかしたら中止になることだってあり得る。お前だって大会が延期したのは知っているだろう?」
そう、本来ならもうすぐ開かれる《自動人形品評会》だが、《金滅賊》壊滅を期に、大会開催を延期することになったのだ。中止にするのはまだ時期尚早だと言われており、とりあえずは現況を見て延期を決定したのだ。
「これからさらに何か動きがあれば中止になる可能性は十分に高くなるだろう」
「…………」
「確かに毎年開かれるこの品評会は格式のあるもので、皇帝様にも献上する《自動人形》を決めるとして誇りある大会だが、別段お前が参加する必要はないのだ。お前だって例年は気乗りじゃなく、いつも渋っていたではないか。それなのにどうして今年はそれほど乗り気なのだ?」
「う……そ、それはその……べ、別にいいじゃない! アタシだって人形師なんだから気にはなるもの! そうよねテスタ!」
フェムが静かに隣に控えている《自動人形》のテスタロッサに問う。彼女は無機質な表情のまま口を開く。
「…………フェムはソージさんと一緒に出店などを回ることを楽しみに――――」
「ああああああああっ!?」
フェムが突如として大声で叫び始めながらテスタロッサの口元を手で覆い始めたので、ブラッシュは眉間にしわを寄せながら耳を塞いでいた。
「テ、テスタァッ! ア、アナタ一体何を言ってるのよぉっ!」
「…………むぐむぐほほむ」
「何言ってるか分からないわよっ!」
それはフェムが彼女の口を塞いでいるからなのだが、明らかに動揺しまくっているフェムには現況を正確に把握できずにいるようだ。
「フェムよ……一体何をしておるのだ? それにソージというのは一体……」
「な、なななななな何でもないわよっ! ソージなんて執事知らないんだからぁっ!」
「し、執事? 一体何のことだ?」
ボフッと頭から湯気を出して、しまったという表情をするフェム。我を忘れて不必要な情報を漏らしてしまったことにフェムは慌てている。
「と、とにかくアタシはもう一人前なのよ! ドレスオージェの者として参加するわ! 聖王様がご参加なさらないのであればなおさら《自動人形》発祥の地代表として出る必要があるでしょ!」
「む、むぅ……」
フェムの言うことも正論なのか、ブラッシュは言葉に詰まり唸る。そして小声でフェムはテスタロッサに囁くように注意する。
「いいテスタ! ソージのことは内緒よ! いいわね!」
コクコクと了承をするように首肯するテスタロッサ。フェムは彼女の口元から手を放すと、ふ~っと大きく安堵の溜め息を漏らす。
「……分かった。なら条件がある」
「じょ、条件? 何よそれ?」
「実はな、皇帝様が世界各地にいる【英霊器】を集結する旨を発表した」
「っ!?」
【英霊器】と聞いてフェムの目を大きく見開かれる。彼女の脳裏に過ぎっているのは、恐らく真雪やセイラの顔だろう。しかしそれを口にはしない。
「へ、へえ……それが何?」
「この世界には今【英霊器】は九人いるのだが……実はこの【ラヴァッハ聖国】にもな……一人いるのだ」
「…………はあっ!? な、何それ? は、初めて聞いたわよ!?」
「ま、まあそうだろうな。目立つことが嫌いな子でな、召喚には成功したが、どうも扱いづらいものがあって……」
何とも要領を得ない言い方をするブラッシュにフェムは苛立ちを覚えているようで顔をしかめている。
「何が言いたいのよ?」
「うむ……その子をな、連れ出してほしいのだ」
「はあ? そんなの聖王様のお言葉で何とでもなるでしょ?」
「う、うむ……それがな、聖王様はあの通り優しいお方だ。強くは言えんのだ。まあ、勝手に親元から離してしまった手前な」
確かに異世界人からしたら、召喚主は誘拐者と何ら変わりはないだろう。それまでの生活を一方的に奪われたのだから、異世界人として憤りを感じるのは当然。
聖王リードックは元来穏やかな人柄であり、人の上に存在する立場ではあるが、あまり人を強制的に動かすことを良しとしない人物である。無論事情が事情なら心を鬼にもするが、自身も家族を失っていることから、その異世界人の寂しさを理解しているのかきつく言えないでいた。
「ふ~ん、もしかして、その人をアタシが無理矢理連れ出せっていうの? 聖王様ができないから?」
「そうなるな」
「できれば品評会に参加してもいいのよね?」
「あくまでも優先事項は皇帝様の案件が。もしそれを成すことができるのであれば、お前の言い分も理解するとしよう」
「理解するのはいいけど、ちゃ~んと許可をくれるわよね?」
理解するという言葉で煙に撒こうとしているブラッシュの企みに気づいたのか、フェムは追い打ちをかける。するとブラッシュは諦めたように大きく溜め息を吐く。
「……分かった。もしお前があの子を連れ出すことができたら許可を出そう」
「嘘じゃないわね?」
「ああ、約束しよう」
「分かったわ。ならさっそく向かうわ。どこにいるの?」
「城の敷地内にある儀式の塔の地下に部屋がある。そこにおる」
「了解。行くわよテスタ」
「…………了承」
その場から去ろうとフェムが歩を進めたが、思い出したかのように足を止めるとブラッシュに尋ねる。
「そういえばそいつの名前は何て言うの?」
「ああ、教えてなかったな。名前はミハネ・アイカワだ。よろしく頼むぞ」
「はいはい。アタシのためにも必ず連れ出すわよ」
ヒラヒラと手を動かしながらフェムは城へと向かうことになった。