第十六話 ヨヨの音楽
次回、ヨヨの身に……物語が動きます。
貯蔵庫の中にある食物の量に不安を覚えたソージは、ニンテとともに街へ買い出しに来ていた。
「でもおかしいですよね。まだ十分に備えがあると思っていたのですが」
確かに近々食料を補給しようとは考えていたが、見積もりしていた以上に食料の減るスピードが尋常ではなかった。
特に果物や菓子類など、子供が好む傾向にあるものの減りが異常だった。しかしニンテに聞いたところ、彼女は勝手に屋敷の食べ物には手をつけていないと言う。
それにソージも彼女がそんなことをするとは思えない。いつもお腹が減った時はソージに許可を得て料理を作ったり菓子類などに手を伸ばしている。
「あ、そういえばこの前、チュウボウでウロウロなさっていましたです!」
「え? 厨房? 誰がですか?」
「カイナ様です!」
急遽目頭を押さえてしまったソージ。全て謎が解けた。最近カイナが「お腹へったから何か作ってぇ」と自分に言ってこないと思っていたが、どうやら隠れて食料を食い潰していたのは実の母親のようだった。
思わず溜め息が漏れ出し、一気に重荷を背負った感覚が全身に感じる。
「……最近太ったかしらぁとか言ってましたが、そりゃ太るでしょうに」
「でもいつもお元気ですよねカイナ様は!」
ニンテはにんまりと嬉しそうに微笑んでいる。本当に穢れの知らない少女である。
「ニンテ、確かに母さんの元気はみんなにもその影響を与えてくれますが、いいですか、母さんみたいな大人にはなってはダメですよ?」
「え? どうしてです? み~んなカイナ様はすごいっておっしゃってますです!」
「ええ、それは過去の栄光ですから」
「……かこ?」
「そうです。今では暇があれば働いている者にちょっかいをかけ、食べ物があればつまみ食いをする楽を覚えてしまった元働きアリですから」
「ん~よくわかりませんです」
「分からなくても構いません。ですがニンテには立派な女性になってほしいんです」
「そ、その方がソージ様もうれしいです!?」
「え? それは、はい、もちろんですよ。ニンテはきっと働き者で素晴らしい大人の女性になると思われますから」
ニンテは少し頬を上気させて照れたように顔を綻ばせている。
「それにその笑顔も素敵ですしね」
「えへへ! うれしいですぅ!」
そうして二人はほんわかムードで買い物をしていった。そして買い出しが終わり屋敷へと戻った。敷地内に入った時、
「……あれ? なにか聞こえますです」
ニンテが耳を澄ますような仕草をする。ソージは「……ああ」と聞こえてくる音に心当たりがあるので頷いた。
「これは……音楽です?」
そう、目の前にいる屋敷からニンテが言ったように音楽が聞こえてくるのだ。不思議そうなニンテの顔を見てソージは答える。
「そう言えば、ニンテは知らなかったんですね。これはお嬢様の演奏ですよ」
「ええっ!? ヨヨ様が演奏してるんです!?」
「ええ、お嬢様は楽器演奏がとても上手なんですよ」
「へぇ~」
「小さい頃は、お父上とともに参加した様々なパーティでその腕前を披露なさっておられましたよ」
今頃は自室で音を奏でているのだと言うと、ニンテは目を輝かせて一目見たいという雰囲気を醸し出していたので、ならば行ってみようかと尋ねるとニンテはコクコクと凄まじい速さで頭を縦に振っていた。
ヨヨの自室に近づく度に楽器の音は高まっていく。そしてニンテのワクワク度もドンドン増していっているのが分かる。
トントンとノックをすると、音が止まり、中から聡明そうな声で「ソージかしら?」と声が聞こえる。入室の許可をもらって部屋へと入る。
そこにはヴァイオリンのような楽器を持ったヨヨが窓際で佇んでいた。
「よくオレが来たことが分かりましたねお嬢様」
「ええ、窓からあなたたちが買い出しから戻って来たのを見ていたもの。それにあなたたち、こちらを見ていたでしょ? 恐らくニンテが私の演奏を聞きたいとか言っていたのではなくて?」
「さすがはお嬢様、見事な推察です」
ヨヨの観察力は大したものだと改めてソージは感心した。
「ヨ、ヨヨ様! き、聞かせてもらってもいいです?」
「ええ、いいわよ。立っているのもなんだから、そこのソファにでも腰かけて楽になさい」
「はいです!」
「ではオレもお言葉に甘えて」
ソージもソファに近づこうとすると、ヨヨは悪戯をする子供のような笑みを浮かべる。
「あら? あなたも演奏に参加したらどう?」
「…………お嬢様、それは冗談でも酷いですよ?」
「ふふ、でもやらなければ一向に上達はしないわよ」
二人のやり取りに首を傾けたニンテが、
「ソージ様も演奏できるんです?」
「え? あ、いや……それはですね……」
「さすがはソージ様です! なんでもできるんですね! シツジチョーはダテじゃないです!」
「あ……うぅ」
ソージは困惑気味に声を漏らすと額から汗が流れ出てきた。
「ふふ、ニンテ、勘違いしては駄目よ?」
「へ? かんちがい……です?」
「ええ、確かに何でもできそうなソージだけど、彼にも苦手なものがあるのよ」
「そ、そうなんです?」
ニンテの無邪気な目がソージを貫いてくる。
「そうよ。ソージはね、芸術センスがいまいちなのよ。中でも音楽センスは壊滅的ね」
「…………はぁ」
そう、反論できずに溜め息しか出てこない。ヨヨの言う通りだからだ。前世から芸術センスはいまいちだった。絵や工作などは一般人と比べてもそれほど遜色があるわけではないが、音楽的な部分はヨヨの言う通り嘆いてしまうほどセンス0だった。
家族皆がそうなので、恐らく遺伝なのだろうと言いわけしてきたのだが、この前、ヨヨに楽器で演奏してみろと言われてやってみた時、ヨヨの頬を引き攣らせてしまう出来栄えだった。
特に歌は絶望的であり、何故同じ歌でこうも違うのかというほど、ヨヨとソージの歌は、月とスッポンと例えるのが可愛く言えるほどの差があったのだ。
「ニンテは歌はどうかしら?」
「好きです!」
「そう、なら今度屋敷で音楽会でも開こうかしら」
「……オレはその時は裏方で……」
「もちろんソージにも出てもらうわよ」
「…………ニンテが地獄を見ることになりますよ?」
自分の歌の酷さは理解している。何故なら前世で幼馴染とカラオケ行った時、一曲歌っただけなのに、幼馴染が顔を青ざめさせ、まるで可哀相な人を見るような目をして小さな声で「帰ろっか」と優しく言ってきたのだから。
後に彼女は言った。もう二度と私以外の人の前で歌わないでねと、被害者は私だけでいいからと言っていた。
それは家族がソージの目の前で歌った時に、ソージ自身が感じて彼らに言った時と同じ言葉だったので、アレと同じものを自分が発するのだと理解して歌は歌わずにおこうと心に決めたのだ。
ただ何故幼馴染がそんな怪音波のような歌なのに、自分の前だけなら良いといった意味が分からない。もしかしたら癖にでもなったのかなと思ったが、別に歌うことはそれほど好きではなかったので、深く考えることはしなかった。
「ふふ、そうね。でも努力すれば0が1になるかもしれないわよ?」
「……善処します」
「よろしい。それじゃ今は、この場を楽しませられるように努めるわ」
ヨヨは楽器を構える。陽射しに反射する彼女の金髪がキラキラ輝き、その整った顔で楽器を構えるその姿はまるで天使のようだった。
ニンテも見惚れているようで口をポカンと開けてしまっている。
演奏が始まるとニンテの感動がさらに高まっているのが分かる。ヨヨの音楽は人の心を簡単に掴む。中にはお金を払ってでも是非演奏してほしいという依頼も少なくは無い。
ヨヨが楽器を奏でているのではなく、まるで楽器がヨヨを喜ばせるように想いに応えているようだ。
素晴らしい演奏。一言で言えばそれだが、一目見れば、それ以上のものを感じさせてくれるのは実際に目の当たりすれば誰でも感じることだ。
ヨヨの音だけが周囲を支配し、ソージたちの耳を、心を心地好い気分にさせる。そして静かに音が静まっていき、ヨヨは楽器を下ろし頭を下げる。
パチパチパチパチと無意識にソージとニンテは手を叩いていた。しかもスタンディングオベーションだ。
「ふふ、ありがとう」
「す、す、すっごいですぅ! ぶらぼーですぅ!」
「ええ、さすがはお嬢様です。これほど人の心を掴まれる音を奏でられるのはお嬢様だけですね」
「あら、それは言い過ぎよソージ。ふふ、でも嬉しいわ。二人ともありがとう」
少し照れているのかヨヨの頬が若干染め上がっている。
「楽器にも心があるわ。それを感じてともに音を奏でるのよ」
「ほぇ~、ニ、ニンテにもできるでしょうか!」
「ええ、練習すればきっとできるわ」
「よ~し! 音楽会までに私も頑張りますです!」
ニンテは鼻息を荒くし、意気込みを見せている。そんな彼女が微笑ましく思わず頬が緩む。
「ではオレもニンテを見習って、音楽会では歌でも……」
「いえ、ソージ、あなたは楽器になさい」
「……え? でもさっきは……」
「歌えとは言ってないわ」
ええ~って心の中で不満気に言うが、確かにヨヨには歌を歌えとは言われていない。どうやら楽器演奏はともかくソージの歌だけは駄目なようだ。
つい肩を落とす気分になったが、こうなったら楽器演奏でヨヨを見返そうと心に決めたソージだった。




