第百五十五話 ソージの失態
「くっ!?」
空へ飛び上がっても爆風の余波は強烈なものであり咄嗟に橙炎で身体を防御していなかったら、少なからずダメージを負っていただろう。
爆風が治まると、ソージは橙炎を空に浮かべて、その上に乗りながら眼下を見下ろした。そして目に映ってきた光景に息を呑む。
そこには確かに小さいながらも【ジンバ山】という山が聳え立っていたはずだ。だが今、その面影は消え、まるで大きなスプーンで山を削り取ったかのような悲惨な状況を生んでいた。
「な、何て出鱈目な……」
そしてその中心にはそれを成した人物である不動我が悠然と立っており、その周りにいたはずのジムたち傭兵の姿は見えなかった。いや、それ以前にあれほどあった死体の群れもどこにいったかのか確認できない。
(全部消し飛んだってのか……?)
信じられないことだったが、あれほどの破壊力だと考えられるのはそれだった。もしくは爆風に吹き飛ばされたのかもしれないが……。それでも周りにはその痕跡が見当たらないことから、先程の爆発にも似た攻撃により、全員が身体ごと塵と化したのかもしれない。
もし少しでも逃げ遅れていたら、ソージもただではすまなかっただろう。するとソージの目にある人物が映る。それは巨大クレーターの端の方にポツンと横たわっている。
それはジムだった。しかし服が弾け飛び、体中の表皮が溶けたように真っ赤になって四肢も見事に吹き飛んでいて虫の息だった。
不動我も彼の存在に気づき傍に近づく。
「ほほう、今のでも死なねえとは、なかなか頑丈だったな。十点くれえはやろう」
「あ……が……」
「ああ? 何言ってんのか分かんねえぞ? ちゃんと喋れコラァッ!」
ドガッとトドメを刺すかのごとくその剛腕を彼に突き刺した。無論彼は身体ごと潰されてしまい、今度こそ絶命してしまった。
「あ、つい殺しちまった」
まるで虫を弄んでいて殺してしまったかのような感覚で言葉を吐く不動我に、ソージはゾッとするものを感じた。
「しかもせっかく殺した連中がどっかいっちまったな。まあいっか、一人分でももらっておくとするか」
そうして再び懐から例のヒョウタンを取り出し栓を抜く。またもジムから青白い物体が浮き上がりヒョウタンに吸い込まれていった。
「グハハ、大分集まっただろ。これで王子は復活できっかもなぁ!」
独り言なのに声が大きい不動我のお蔭で、空にいるソージにも聞こえた。
(これで王子を復活? ……そうか、確かグロウズさんの話じゃ、少年は魂のようなものを吸い込んでいたって言ってた。まさか不動我が吸い込んでいるのもそれなのか?)
彼の言動から、少年がまだ本調子ではないことが分かる。少年――――恐らく千手童子のことだろうが、グロウズの話ではまだ生まれたばかりで善も悪も感じさせない獣のような存在だったと聞いた。
(もし千手童子が不完全で、その力を取り戻すためにあの魂のようなものが必要だと言うんなら彼らの行動にも全部説明がつく)
つまり彼らにとって今最優先させるべきことは千手童子が力を取り戻すことなのだ。そのためにも数多くの魂が必要になる。だからこそその部下である不動我たちは、集団で行動している《金滅賊》たちに目をつけて、彼らを殺し魂を奪うことに決めた。
「ほえほえ~これは大変なことになったプニよ~」
突然ソージの背後から声が聞こえて、ソージは敵かと思い身構えてしまうが、その存在を見てホッと安堵の息を吐く。
「な、何ですか……驚かさないで下さいよ……プニマルさん」
「ほえ? さっきからここにいたプニよ~」
「あ、それは気がつかなくてすみませんでした。ところであなたも情報収集ですか?」
「まったく、ノビルちゃんも人使いが荒いプニよ」
このブタに翼が生えた奇妙な生物はプニマルと言って、情報屋ノビルの魔法で創り出したた魔法生物であり、モフスケやフワキチと同じ存在である。
鑑定役のモフスケ、収納役のフワキチ、収集役のプニマル。彼らがノビルの仕事を充実化させている張本人たちだ。
「ところでそろそろここから離れた方が良いプニよ」
「そのようですね」
ここで見つかってしまえば逃げられるとは限らない。いや、たとえ逃げられても、地形を変えるほどの戦闘がアチコチで起こってしまう可能性が高い。ここは大人しく今仕入れた情報をヨヨに伝えるべきなのだ。
ソージとプニマルはその場から去っていき、かなり離れた木陰に降りた。
「さて、ずいぶんお久しぶりですねプニマルさん?」
「そうプニね~、あっしも情報収集役として忙しかったプニよ」
「どうやらノビルさんもあまり彼らについての情報は得られていないみたいですね。彼女はどこまで掴めているのですか?」
「それは企業秘密プニよ~」
「それは残念です。ですが一つご忠告を」
「ほえ?」
「もしこれからも《鬼》に関わるのでしたら十分にご注意を。プニマルさんも見た通り、彼らの実力は超上級です。生半可に関わって目をつけられたりすると、さすがのノビルさんでも荷が重いかと思います」
「……もし《鬼》と戦うことになったら、ソージちゃんは勝てるプニ?」
「いいえ、今の私では恐らく殺されるでしょう。力任せに戦う先程の不動我相手なら、あるいは戦い方次第では勝てるかもしれませんが、それでも命がけでしょうね」
深刻な物言いにプニマルもジッと考え込むように目を伏せる。そして静かに目を上げる。
「……ではあっしも一つだけ教えておくプニ」
「え?」
「《鬼》が集めているのは人の魂プニ。そしてそれは千手童子復活だけじゃなく《九鬼衆》復活にも使われるようプニ」
「《九鬼衆》復活?」
「どうやら封印を完全に解くには人の魂が必要になるようプニよ」
「……何故そのことを私に?」
するとプニマルはクルリと背中を向ける。
「ノビルのことを案じてくれたお礼だプニよ」
それだけを言うとプニマルはそのまま空へと帰っていった。小さくなっていくプニマルの姿を見ながらソージは頭を下げる。
(感謝します、プニマルさん)
ソージが屋敷へと帰るとカイナたちにこれからヨヨが向かった【サフィール国】へと向かうことを告げる。
そしてそのまますぐに情報を伝えるために黄炎を行使し転移した。だがそれが間違いだった。完全に間違いだった。何故なら今、ソージの間の前にいるのは――――――
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
一糸纏わぬ淑女たちが汗を流している入浴場だったのだから……。ちなみ声を上げたのは同じように【サフィール国】へとやって来ていた【トパージョ国】の魔王であるキュレアだった。
思いがけないハプニングで身体が硬直してしまっており動揺しているソージ。そのソージの背後から肩に手をかける人物がいた。
ビクッとソージは身体を震わせると、ギギギと油の切れたロボットのごとくゆっくりと顔を後ろへと向ける。そこには全身にタオルを巻いたヨヨが、怒りの表情とオーラを見せつけていた。
「ヨ、ヨヨお嬢様……」
「ソージ、覚悟はできてるわね?」
声音は酷く優しげだが、ソージは全身が冷えるものを感じた。
「ワハハハハハ! 何じゃソージ! お主も風呂に入りたいのか? よいぞ、余の背中を流させてやろう!」
どうやらもう一人の魔王であるノウェムは、羞恥心とはかけ離れた存在のようで、丸見えなのに胸を張って高笑いしている。ヨヨのように身体をタオルで巻いたユリンが、彼女の身体にササッとタオルを巻く。
「ソージ、しばらく反省していなさい!」
熱気のせいか頬を染め上げたヨヨから膨大な魔力が注がれた瞬間、ソージの腹に凶悪な激痛が走る。
「ぬおぉっ!?」
キリキリギュルルルルゥゥゥッと不気味な音が腹から鳴り響き蹲る。そしてソージは歯を食い縛りその場から出口を求めて床を這っていく。
「およ? 何じゃどこか行くのかソージよ?」
「うぐ……ず、ずびばせんが……そごを……どいで頂ぎ……だいのでずが……」
進行方向に膝を曲げながら尋ねてくるノウェム。できれば一刻も早くトイレへと駆け込みたいが、あまり激しい動きをしたり言葉を発したりすると…………出ちゃう。
「んん? ずいぶん顔色が悪いが……風邪かの?」
「……そ、そごをどいで……あうっ!?」
再び大波が押し寄せてくる。膝を抱えるようにしてとりあえずその波を乗り切ることに集中した。
「む~どうしたのじゃ? ホントに辛そうじゃのう?」
「放っておいて構いませんよノウェム王、不埒な行為をした者に躾を施しているだけですから」
氷のように冷たく尖ったヨヨの声音が突き刺さる。ソージもあまりにも軽率過ぎた行動に後悔していた。
しかしながら謝罪をする余裕は今はない。とりあえず波を乗り切ったようなので、右手から橙炎を創り出して、それで身体を覆って浮き上がらせそのままトイレへと迅速に向かった。
「おお? 便利じゃのう」
ノウェムはソージの魔法に興味津々のようで感心して笑っていた。ヨヨはその後にキュレアたちに謝罪した。無論ソージも土下座をしたのだが、それは数時間経った後のことだった。