第百五十四話 鬼の力
各大陸で《金滅賊》の壊滅が成されている事実を知り、ソージはその詳しい情報を得るために近くの街で聞き込みを行っていた時、少し離れた山の中に《金滅賊》が潜んでいるという噂を聞いた。
一応確認のために向かってみることにして、彼らが潜むと言われている【ジンバ山】に向かった。小さな山であり、そこには幾つもの洞窟があることで知られている。
その山に近づいてみると、すぐに不快なニオイが鼻をついた。それは血のニオイだった。ソージは警戒を高めて山を登っていく。傾斜も低くすぐに頂上まで辿り着くと、そこには地獄のような光景が広がっていた。
一人の巨大な大男が、何人もの《金滅賊》らしき男たちをまるで紙粘土でも引き千切って遊ぶかのように殺していた。ソージは草むらの陰からそっと見守る。
周囲は血の海が広がり、殺しの現場に慣れているソージすらも思わず顔をしかめてしまうほどの凄惨な状況だった。
ここにいる《金滅賊》は、恐らく【ドルキア大陸】の《金滅賊》を束ねていた長である先日ソージが打ち倒したマリヲンの部下たちだろう。
長を倒しても解散していなかったところを見ると、誰かがマリヲンの代わりを務めて纏めていたのかもしれない。そしてまた力を溜めて皇帝に牙をむくつもりだったのだろう。
しかしそんな彼らは今、一人の大男によって無残にも虐殺されてしまっている。
男たちは悲鳴を上げながら逃げ惑っているが、大男はまるで快感を感じているかのような不気味な笑顔を浮かべている。
「グハァ―――――――ハッハッハァッ! 誰も逃がさねえよっ! テメエらはここで死ぬんだぁっ!」
まさに大熊相手に立ち向かっている蟻のような感じだ。まあ立ち向かってはいないが。それほどの差が、両者の間にはハッキリとある。だが油断しているのか、背後から近づく《金滅賊》に大男は気づいていない。
そして彼が持っている槍が大男の背後を突く。しかし貫いたのは虎柄の衣だけで、一切の血液は出てこなかった。
(ちょっと待て! 虎柄? それにあの……角!?)
ソージの視界に映る大男の姿。それは聞いていた《鬼》の風体と同一だった。
(力、風格、存在感、そのどれもが桁外れに密度が濃い。これほどの威圧感はバルさん級だぞ!?)
信じられないことだった。ソージの中でいまだに勝てた試しのない男であるバルムンク。彼から感じる存在感と、類似したものをあの大男から感じて思わずゴクリと喉が鳴る。
(あれが……《鬼》か……)
今までソージは、《鬼》の話を聞いてもピンとこず、半ば作り話のような感覚でいた。それはバルムンクから話を聞いても現実感はあまりなかった。もし目の前に現れても自分なら何とかできるだろうとも思っていた。しかし
『鬼一人に一災厄』
その言葉の意味が理解できた瞬間だった。圧倒的な力を以て、人間の命を羽虫を相手にするかのごとく消していく。しかもその実力はまだ底が見えない。何故なら彼はただ単に力任せに猛威を振るっているだけ。まだ異能と呼ばれる力の片鱗すら見せていない。
そして背後からの槍も貫くことができない鋼の身体。そう、彼は油断していたのではない。警戒する必要性がないから背後に注意を向けていなかっただけだ。
いくら鋭い刃物で攻撃しても切り傷一つ追わないのであれば、それは警戒する必要などないだろう。
そして大男が鬱陶しそうに背後にいる《金滅賊》に向けてハエを払うように手を動かす。それだけで十メートルほど吹き飛び絶命する《金滅賊》。
(《鬼》が《金滅賊》を滅ぼしていた。これはもう間違いない。だけど……何のために?)
死体の状況から、これまで情報で聞いていた死体と類似することで、少なくとも彼が最近になって《金滅賊》を壊滅させている人物の一人だと言うことを知る。
だが何故そのようなことをしているのかが説明つかない。ソージは息を潜めてジッと見守っていると、数分もしないうちに全ての《金滅賊》は大地に臥していた。
「ちっ、物足りねえ」
これだけ暴れてもまだ足りないようで不機嫌そうに首を回していた。死体は目算で二百ほどはある。
(災厄か……彼らにとってはそうだっただろうな)
絶命している彼らをソージは見回しながら思った。災厄、あるいは災害、しかも防ぐことのできないほどの破壊力を備えたもの。運がなかった。そう言えるのかもしれない。
大男が懐を探りヒョウタンを取り出す。中に酒でも入っていて、死体を肴にでもして一杯やるような変人なのかと思ったが、栓をポンと抜くと、驚くことに死体から何か魂のようなものが浮き出てきてヒョウタンに吸い込まれていった。
(何だあれは?)
凡そ二百体分ほどの青白い物体をヒョウタンに吸い込んだ後、そのまま栓をして懐へと収めた。そして大男がその場から離れようとした時、
「動くなっ!」
突然草陰から軽鎧を身に纏った傭兵のような男たちが現れた。
「ああ?」
大男は眉間にしわを寄せながら男たちを睨みつける。男たちは手に武器を構えて顔をしかめながら周りを見回している。さすがの傭兵たちもこの状況には吐き気を感じるのかもしれない。
「最近《金滅賊》が殺されていると聞いてはいたが、お前の仕業だったらしいな!」
傭兵の中でリーダー格のような人物が一歩前に出て声を張り上げる。ガタイもよくて精悍な顔つきをした三十代後半の男で、見るからに強者の雰囲気を漂わせている。
「ほう、ちっとは面白そうな奴が来たな」
大男は面白そうに口端をニッと上げる。
「我々は《金滅賊》壊滅の調査を任された傭兵部隊だ。私はジム・スクレンター。お前は誰だ!」
すると大男はボリボリと頭をかきながらめんどくさそうに口を動かす。
「言ってもいいけどよぉ……どうせ知ってもムダだぜ?」
「どういう意味だ?」
「テメエらはここで全員死ぬからだ」
「なっ!? お、お前は《金滅賊》だけを狙っているんじゃないのか!?」
「んなもんコイツらが纏まって動いてるから都合が良いだけだ。それに阿弥夜の奴がまだ国には手を出すなって言うしよぉ」
アミヤ……? ソージは彼から発せられた言葉にひっかかる。
(誰かの名前か? つまり他の《鬼》……)
気にはなったが、ここで問い返すわけにはいかない。今は黙って情報を得ることが先決。
「まあ、教えてやらぁ。俺様は不動我。《九鬼衆》が一人――――――――《護怒鬼》の不動我様だぁっ!」
刹那、不動我は凶悪な表情を浮かべながら傭兵部隊に突っ込んだ。
「散開っ!」
ジムが言った瞬間、傭兵たちは見事な動きを見せてその場から離れて不動我の突進をかわす。そしてすぐさま彼を取り囲む。さすがは統制がとれている傭兵部隊だった。
「ほほう、良い動きじゃねえか」
「いいか不動我! お前のやったことは確かに庶民にとって喜ばしいものかもしれないが、これだけの惨状は見て見ぬフリはできない! 大人しく同行しろ!」
「グハハ! いいぜ! テメエらが俺様を倒せたらなっ!」
「くっ! 仕方ない! お前たち、多少は痛めつけてもいい。奴を拘束するぞ!」
ジムの言葉で男たちが返事をして同時に威圧感を増す。
思わぬ事態になったが、ソージはそれでも不安を覚えている。確かに傭兵部隊の統率は見事だ。そしてその実力も一人一人高いものだろう。
しかしそれでも不動我から伝わってくる暗黒で不気味な波動がソージから冷や汗を噴き出させる。そして感じてしまう。恐らく自分が戦っても勝てないだろうと。
ここで傭兵たちとともに戦うという選択もあるにはあるが、そうなれば自分もただではすまない。ここは気がつかれない方が得策だと判断してソージは静かに見守ることに徹した。
「グハハ! さあ来いっ! 俺様を楽しませろっ!」
「稀に見る戦闘狂か! お前たち、一気に片をつけるぞ!」
ジムの言葉で、不動我を取り囲んでいた傭兵たちが一斉に突っ込む。その手に持った剣で彼の足を斬りつけ身動きを奪う作戦のようだ。だがカキィィィィンッと、まるで刃同士が打ちあったような音が不動我の足から響く。
(おいおい、まるで体中が鋼みたいな奴だな)
槍の時もそうだったが、やはり剣でも傷つけることができないようだ。
「グハハ! おいテメエら、少しは耐えてみろよ?」
不動我のその言葉に誰もが眉をひそめる。そして瞬時にして彼の全身から噴き出た膨大なオーラを見て全員が息を呑む。
そしてそのオーラが両手に集束し赤黒く変色していく。そして不動我がニヤリと口角を上げた。
(これはヤバイッ!?)
全身に寒気を感じたソージは、咄嗟に橙炎で身体を覆い急いで空中へと跳び上がった。
不動我は両拳を思いっきり天から地へと振り下ろした。拳が大地に触れた瞬間、周囲は超爆発に包まれてしまった。




