第百五十二話 ソージの想像
ソージとヨヨは会議の後、とりあえず一度屋敷に戻ることになった。《五臣》のグロウズも皇帝に【ルヴィーノ国】崩壊を報せるために【オウゴン大陸】へと戻った。
戦争に向かったはずのソージがすぐに帰ってきたことに誰もが驚いていたが、何があったのかを説明すると皆は納得してくれた。
「ですが《混沌一族》……ですか」
話をするために皆でテーブルを囲んでいると、説明を受けたバルムンクが険しい表情を浮かべたまま口を開いた。
「何か知っているのかしらバル?」
ヨヨが尋ねるとバルムンクは目を閉じながら彼が知っていることを教えてくれた。
「《混沌一族》が十傑たちによって滅ぼされたことはご存知ですか?」
「十傑……今で言う【英霊】と化した者たちのことね?」
「その通りです。かつて十傑はこの世界にいた十人の王のことです。《混沌一族》によって世界が闇に覆われた時、十傑たちは立ち上がり、その力を以て打ち倒すことに成功しました……とされています」
「されている? どういうことなの?」
バルムンクが気になる言葉を言ったのでヨヨだけでなくその場にいた者全員が彼に注視する。ちなみに話を聞いているのはソージとヨヨの他、カイナとシー、そしてシャイニーである。
「あくまでもそれは物語上での話だということでございます」
「確かに、私たちの知識は絵本の内容だけだけれど……」
「真実は少し違います」
「真実?」
「はい。十傑がそれぞれ相殺するかたちで十人の《鬼》を打ち倒したとされていますが、実際は封印することに成功しただけなのです」
「封印? ちょ、ちょっと待ってバル、では《鬼》というのは本当に実在しているということ?」
ヨヨの言う通りそれは気になることだった。彼の喋り方だと、真実は隠されており、それが実在しているという意味にも捉えられるのだ。
「残念ながら私も実際にお会いしたことはありませんが、私の曽祖父からお聞きした話なのです」
「あなたの曽祖父が?」
「はい。曽祖父はかつての十傑の血を引く者でした。まあ、その血はかなり薄められていますが、私にも流れております」
「は、初耳だわ」
「え、ええ」
ヨヨとソージは初めて聞く彼の告白に唖然としてしまう。だがもしそうならバルムンクの強さの理由も何となく説明がつくとソージは思った。
《鬼》に匹敵するほどの十傑の血族。それがバルムンクだとすれば、確かにその内包する潜在能力も凄まじいものだろう。
「別段話す必要は感じられませんでしたので今までお話はしませんでした。それにこのことを御存知なのもジャスティン様と希姫様だけですから」
ヨヨの父親と母親のことだ。
「曽祖父からお聞きしたのは、十傑たちが命をかけて《混沌一族》を封印したということです。その封印場所が件の【鬼灯島】なのでございます」
そこから例の少年のミイラが発見されている。
「ただ《鬼の王子》と呼ばれる《混沌一族》を束ねる長だけは、《騎士王》の手で滅ぼされたはずでした」
もしガナンジュが見つけた少年のミイラがその《鬼の王子》だとしたら、《騎士王》に殺されてあの山で朽ちるはずだったはずだ。しかし完全に消滅することなくミイラ化したまま氷漬けにされていたということだ。あの場の環境が少年を救ったということなのか……。
「しかしもし本当に《鬼の王子》――――千手童子が目覚めたとしたら大変なことになるでしょう。彼らの目的は世界を束ねること。今、この世界の支配者は皇帝でございます。故に彼らは近いうち、必ず皇帝を殺そうとするはずでございます」
「ねえバルさん、でも他の仲間が封印されてるんならその王子だけを倒せばいいんじゃないの?」
ソージの母であるカイナが人差し指を顎に置いて疑問を述べる。
「それはどうでしょうか」
「え?」
「ヨヨ様、その少年を迎えに来た者がいたという話でしたね?」
「ええそうよ」
「そして虎柄のローブを見に纏い、頭の上には角があったと?」
「ええ」
「では、何らかの原因で封印が解けたとみるべきでしょう」
「ええ!? ま、まさか十傑の人たちが封印した《鬼》が全部?」
カイナの驚きも当然だ。せっかくかつての英雄が命をかけて封印したのに、それが破られたとするなら一大事どころではない。
「全員かどうかは判断しかねますが、少なくとも少年――――恐らく千手童子を迎えに来た者は封印から解放された《九鬼衆》の一人でしょう」
「く、くきしゅう? なにそれ?」
カイナの問いにバルムンクが答える。
「千手童子を守る九人の《鬼》たちです」
「つ、強いのよね?」
「昔から『鬼一人に一災厄』とされています。その実力の一端は、今回の【ルヴィーノ国】崩壊で理解できるかと思いますが」
確かに生まれたばかりの少年の成せる所業ではない。まさに異質、異常、異端。一つの国が数時間も経たずに滅ぼされたのだ。まさに災厄である。
「もしその《九鬼衆》がまだ全員が復活していないのであれば、今すぐにでも【鬼灯島】へと部隊を引き連れて討伐した方が良いのではないのかしら?」
シーの眉がひそめられ透き通るような声音に不安色が見える。
「シーの言う通り、恐らくだけどグロウズ殿が皇帝に進言した後、部隊が向かうと思うわ。何としてもそんな災厄を復活させるわけにはいかないもの」
ヨヨもまた事態の重さは承知しているはずだ。国を軽く潰せる悪意を持った者が十人も生まれれば他人の振りなどできない。
「真雪……真雪も恐らく【英霊器】として動くのでしょうね」
「ソージ……ええ、恐らくね。そんな義務なんてないのだけれど、あの子の性格上、世界の混乱を見て見ぬフリなんてできないでしょうから」
「…………ヨヨお嬢様、今世界には【英霊器】は何人いるんでしょうか?」
「この前の召喚で三つが埋まったわね」
真雪たちのことだ。
「そしてそれ以前にも召喚された者は六人いるわ。この世界のどこかにね。恐らく皇帝の命で集結させられると思うけれど」
「ということは今【オーブ】にいる【英霊器】は九人ということですね?」
「そうよ」
「では皇帝は、もう一人召喚するのでは?」
「かもしれないわね」
「……でも前々から一つ気になっていたことがあるんですが」
「何かしら?」
「皇帝は何故、少し前のイエシン討伐にわざわざ新たな【英霊器】を召喚したんでしょうか?」
「……?」
「この世界にもう六人もいたのなら、その方たちに命令すれば事足りたはずです」
そう、あのイエシンくらいならかつての十傑ほどでなくとも【英霊器】が六人もいれば簡単に討伐できたはず。それなのに何故皇帝が新たに【英霊器】を増やしたのかが不可思議なのだ。
「もしかして皇帝は……こうなることを見越していたから【英霊器】を集めたのではないでしょうか?」
「考えすぎではないかしらソージ? さすがに《鬼》が事前に復活することを知っていたのならその前に【ルヴィーノ国】を滅ぼしていたはず」
「皇帝も確証はなかった……ということでは?」
「ん? どういうこと?」
「分かりません。何となくそんな感じがしただけです。確かにお嬢様の仰る通り、《鬼》の復活を事前に知っていればオレでもすぐに動いてミイラを潰します。ですが確証がなかったら動くことはできません。ただ確証はなくとも不安があったからこそ、【英霊器】を集結させてこういう事態に備えていた……とは考えれませんか?」
「ん……飛躍的過ぎると思うわ。それに何故皇帝がこういう事態が起きるかもと考えられたのかも説明がつかないわ」
「た、確かに……」
ヨヨの言葉は正論だ。あくまでもソージの考察は、皇帝が《鬼》の復活を知っているということを前提としたものだ。《鬼》でなくとも、世界が混乱に陥るかもしれないという強い予感がなければならないものだ。
(でももし、皇帝がこうなることを考えていたとしたら辻褄が合うんだよなぁ)
だが確かな矛盾も存在してしまい、ソージはやはり自分の考えは突拍子もないことだと思って頭を振った。