第百五十一話 鬼と英霊器の繋がり
【ゾーアン大陸】の北部に存在する島―――――【鬼灯島】。
一年中氷に覆われている島であり、生命の気配を一切感じさせない。島の中心には大きな氷山がありシンボルとなっている。また環境も厳しく、マイナス五十度の気温の中では人間もおいそれと足を運び調査などできない。
何度も調査団が乗り込んだことがあるが、ほとんど調査もできずに中止になる場合ばかりだった。ここ数百年の間では、【ルヴィーノ国】のガナンジュが組んだ調査団くらいだろう。
彼らもたった数日ほどしか滞在することができなかったが、それでも何の偶然かある洞窟の中で氷漬けにされた子供のミイラを見つけることができた。
それも偶然であり、足場が突然崩れてその先にたまたま見つけた洞窟の奥にそれはあった。そしてガナンジュはそのミイラを持ち帰って、さらに島を調べようとしたが、もう洞窟は見つからず、まるで何者かに隠されていたかのように二度と洞窟は見つからなかった。
ただ洞窟は確かに存在したのだ。それは地下洞窟。その島の地中にはまるで蟻の巣のように穴が掘られて居住区が作られていた。
そしてその穴の中の一つ。土と岩で造られた玉座に一人の少年が座っている。少年は【ルヴィーノ国】の魔王ガナンジュによって蘇生させられた少年である。そしてその玉座から階段が伸びており、伸びた先には九つの台座が存在し、その上に九つの物体が立っている。
その幾つかは石像であり、台座にはそれぞれ文字が書かれてある。中には石像ではなく生きた人物が立っている。
台座には『裂』と書かれており、虎柄のローブを見に纏った人物が跪いている。その人物は、【ルヴィーノ国】へ少年を迎えにきた男だった。
頭の上には大きな角が生えており、細面の顔立ちであり、白髪を持っている美男子。
「ご記憶はお戻りになられましたでしょうか?」
その人物が少年に向けて丁寧な物言いで尋ねる。しかし少年はキョロキョロと周囲を見回した後、首をコクンと傾げる。
「どうやら王子様はしばし時間がかかるようですね」
そう話すのは『皆』と書かれてある台座の上で物静かに立っている人物である。両手を下腹部のところで握りながら高い声音を響かせる。
海色の髪の毛を後ろで三つに束ねられてある。目を閉じているその顔立ちは二十代後半ほどに見える落ち着いた女性の風格を漂わせている。ただその彼女の頭の上にも一本の角が生えている。
「おい阿弥夜、テメエが王子復活を奴らに任せたはずだろ? このまんま王子が元に戻らなきゃどう責任とるんだ、ああ?」
白髪の男である阿弥夜に向けて怒気混じりに発言するのは紺色の短髪を逆立てた三本の角を持つ男である。いかつい顔が眉間にしわを寄せていることでさらに増している。
「不動我、ではあなたならミイラ化された王子を復活させる手立てがあったというのですか?」
阿弥夜の肩を持つように海色の髪を持つ女性が話すと、不動我と呼ばれた男が舌打ちをしてさらに追及する。
「ならこれからどうするってんだ愛染? 阿弥夜を擁護するっつうことは、何かしら考えがあるってことだよな?」
女性の名前が愛染だということが判明した。その愛染が他の台座に視線を向ける。
「まずは他の者たちの復活を待ちましょう」
「けっ、気長なこったな」
すると阿弥夜が静かに立ち上がり二人に身体を向ける。
「まだ我らの宿願は始まったばかりだ。王子もそのうち必ずご自身を思い出される。それまでに我ら《九鬼衆》を完全に甦らせるのだ」
「どうやってだよ?」
「それには多くの魂が必要。そのために奴らのクーデターに手を貸してやったのだからな」
「ああ? どういうこった?」
「【ルヴィーノ国】のガナンジュが野心の強い人物だと分かっていた。だからこそ、奴を利用して多くの人材を集めることを企てた。王子のミイラを奴らに託すことで、《混沌一族》の戦力を手に入れたと奴は喜ぶだろう。そして復活の暁には、皇帝を倒し自らが世に君臨しようと考える」
阿弥夜の話にその場にいる者が皆耳を傾けている。
「そして奴はさらに皇帝に反する者を集めようとするだろう。計画通り、奴は《金滅賊》と呼ばれるゴミどもを集めた。今もそれぞれの大陸のある場所に駐屯地のようなところで息を潜めている。その場所もすでに調べ上げている」
「……テメエ、ここまでは全部テメエの手の中だったってのか?」
「俺の計画は完璧だ。あとはそのゴミどもから多くの魂を集めるだけだ。王子にもまだ必要になるだろうしな」
阿弥夜が玉座に座っていつの間にか眠っている少年に目を向ける。
「んじゃ、俺らはそいつらの魂を取りに行きゃいいってんだな?」
「そうだ。俺と愛染はここでやることがある。お前と……多面童は回収に行け」
「ちっ、命令かよ……」
不動我は不愉快気に発言するが、阿弥夜は気にせずに『兵』と書かれた台座に視線を向ける。そこには両手を合わせながら身動き一つせずに胡坐をかいている人物がいる。
「お前もそれでいいな、多面童?」
「……委細承知」
淡々とした口調で多面童は了承した。彼の坊主頭には一つの角が生えており、額には白毫のような石が嵌められてある。何かを祈るようにジッと目を閉じたままだ。
「よし、なら回収は任せたぞ。王子と《九鬼衆》復活のために急げ」
阿弥夜の言葉を受け、不動我と多面童がその場から転移したように姿を消した。そして阿弥夜は再び身体ごと少年の方に向ける。
「ようやくここまで来た。我ら《混沌一族》が、再び世を司るためにも、必ずやあの時の恨みを思い出して頂きますぞ――――――――――――――――千手童子様」
「千手童子?」
グロウズが物語内で出てくる十人の《鬼》の中でも、とても強く王子と称されていた者の名前を口にすると、キュレアが繰り返しながら首を傾げる。
ソージもその物語を読んだことはあるので名前は知っていたが、キュレアはどうやら読んだ経験がないようだ。
「はい。まあ、物語の中の《鬼》の名前がそのまま実在するのかは分かりませんが、その千手童子はとてつもない力を持っています。人の切り札だった《騎士王》すらほぼ相討ちでしか倒せなかったのですから」
ソージはそこで一つ気になったことがあったので手を上げる。
「一つ疑問なのですがよろしいでしょうか?」
「うむ、よいぞソージ」
発言の許可をノウェムからもらうと、ソージは軽く頭を下げてから答える。
「仮に本当に《混沌一族》が実在するとして、ならばその相手だった十人はどうなのでしょうか?」
「む? ソージよ、お主知らんのか?」
「はい? 何がです?」
「この場におるではないか。かつての《騎士王》とともに戦った存在の力を受け継ぐ者が」
一瞬、ノウェムの言っていることが理解できなかったが、ハッとなって真雪の顔を見つめる。
「ま、まさか……!」
「そうじゃよ。《混沌一族》を滅ぼした十人の英傑。それは今では【英霊】と呼ばれる者たちじゃよ」
正直に驚きだった。だが確かに符合するものはある。【英霊器】は全部で十人。そして【英霊】になる前は、この世界で英雄や勇者と呼ばれた者たちだった。
何を成したのかあまり興味のなかったソージは調べたことはなかったが、もし世界を混沌に陥れる存在を倒したのであれば、それはまさしく平和を掴んだ英雄として名を馳せたことだろう。
「真雪がその方たちの力を継ぐ者……」
「え? あ、そ、そうなんですか?」
真雪も信じられないようで目をパチクリとさせて困惑しているようだ。無理もないだろう。いきなりそんな話を聞いて全てを呑み込めるほど真雪は賢くはない。
「それじゃ今度の《鬼》も、もし世界を牛耳ろうと暴れたりすれば……」
「うむ、必ず皇帝の命令で【英霊器】は呼ばれるじゃろうな」
ソージは思わず頭を抱える。確かにこの世が暗黒に包まれるのは勘弁願いたいが、まさかその渦中に真雪が飛びこまなければならないとは思わなかった。正直に言えば大切な幼馴染にそんなことをしてほしくないのだ。
(本当に面倒なことになってきたな……)




